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まだ見えない世界は、日常の延長にしかない/谷保玲奈個展「まだ見えない世界」

はじまりは2018年の太田市美術館・図書館で行われた「現代日本画へようこそ」展。その担当学芸員だった小金沢智さんと共に、展覧会に展示される日本画の、画家のアトリエを撮影で回った。その中の一人に、すでに栄えある賞を受賞はしつつも新進気鋭とも言うべき、谷保玲奈さんがいた。絵の隅から隅までに色鮮やかな海の生物や花々が描かれ、それらの命が生まれる果てしない年月も思わせるような奥行きを感じさせる日本画。絵の圧倒的な存在感と対象に、当の谷保さん自身は慎ましく謙虚で、そのコントラストも面白いと思った(のちに、めっちゃ芯のある人だという事がわかるのだが)。

その後、2020年に谷保さんが横浜の三溪園で個展を行うことになり、「絵だけではなく映像での表現もしたい」ということで、小金沢さんと僕に召集がかかった。これが、現在まで続く「チーム谷保」(!)の結成となる。この時の撮影はとても大変で、まだ真っ暗な深夜の浜に僕等や作品設置のプロが待機し、夜明けを前にして砂浜にたたみ3畳はありそうな大きな絵2枚を設置。波の音だけが聞こえる暗い浜で、日が昇るにつれて徐々に色を取り戻していく作品の様を記録した。その映像は三渓園の旧燈明寺本堂にて実際の絵と共に展示され、場所の力とも相まってとても印象深い展示となった。

そして「チーム谷保」の活動は、3/15(火)~20(日)の横浜市民ギャラリー・谷保玲奈個展「まだ見えない世界」に続く。谷保さん自身は、結婚・出産を経て、さらに2021年の「東山魁夷記念 日経日本画大賞」大賞受賞を経てはじめて望む個展となる。

日本画家である谷保さんが映像に何を求めているのか。三渓園と今回の横浜と、その並走をしてわかってきたことは、谷保さん自身が身の回りにある景色や生き物から絵を成り立たせている、むしろ、身の回りにあるものでしか成り立たせない、という作家性があることで、その「身の回りも含めた日本画の在り方」を映像で表現したいのだろうという事が一つ。もう一つには長い歴史をもつ日本画において、まだギャラリーも電気もない時代には自然光で絵を見るしかなかったわけで、それを連想させるような「自然の中に日本画を置いた時に、その絵や景色が見える様、感じる印象」をリアルタイムで記録しておきたい、という思いがある事のではないか、という事である。特に今回は「映像として記録しなければ、その記録がなくなってしまえば、その時の事実は心の中にしか存在しない」という出来事もあったので、なおさらに、今の彼女と彼女の絵と彼女の身の回りを記録できたことには意味があると思っている。

展覧会のタイトルかつ作品名でもある「まだ見えない世界」は、結婚・出産と生活が激変した谷保さんが考え出した、秀逸なタイトルだと思う。その、まだ見えない世界は、言葉だけでとると何か抽象的な、高尚な、天から降りてくるような世界を連想させそうでもあるが、彼女はその世界が「日常の延長」にしかないことを知っている。だから今日も彼女は、絵筆を手に取る。

谷保玲奈個展「まだ見えない世界」
https://ycag.yafjp.org/exhibition/62035/?fbclid=IwAR29ASiWMhHi2CYQ4w8QTpFvFxaCtNmNr43_Ft0MP8ydppWd0bGgB5XmpMg

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