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唐辛子のストラップ

「可愛くないストラップはかれこれ7年つけてるよ。

アナタとお揃いのストラップ。

中3の夏、中華街で買った唐辛子がいくつか付いたストラップ。

憂き目に遭いそうなときは唐辛子が身代わりになってストラップから取れていくらしくて。

「アンタ、ドジなんだから買ってあげるわ」

そう言って買ってあげた笑いの種だったけど、店を出たらアナタも私のためのストラップをこっそり持っていて、お互い笑いながら交換したね。

私からは青い唐辛子を渡して、アナタからは緑の唐辛子を貰った。

なんでふたりともベーシックな赤い唐辛子を買ってないんだって店先でまた笑い合った。箸が転んでもおかしい中学生の頃だったから、私たちも転がるように笑ったね。

可愛くない緑の唐辛子は心の支えだった。

高校受験も、アナタのいない高校も、一人で過ごした休み時間も、大学受験も、アナタのいる入学式に遅刻しそうな電車の中でも、

可愛くない緑の唐辛子はひとつも欠けることなく私を落ち着かせてくれた。

ドジなアナタの青い唐辛子は案の定最後の一つを残して、アナタのリュックに一生懸命しがみついていたね。

久しぶりに会えた大学の入学式でお互いのカバンについた唐辛子を見たときはあの日みたいにふたりで笑ったね。

まだつけてるんだって、減り過ぎだって、こんなに減らないことあるんだって。

大学で再会してからは高校時代の穴を埋めるように色んなところに行ったよね。

鶴岡八幡宮で転んで初めて私が唐辛子をひとつ失くした時のこと、覚えてるかな。
階段で転んだのに大した怪我じゃなかった時は本当にご利益あるんだって驚いたな。

何故かアナタもご利益あるんだってびっくりしてた。

当たり前のようにドジだからちょっとしたけがくらい当たり前だったんだろうね。唐辛子がなかったら、本当はもっと大きいけがになってたのかも。

私のあげた青い唐辛子はアナタを何度も守っていたのかな。
私が緑の唐辛子に支えられていたように。
青い唐辛子がアナタのためにひとつずつ減っていったのなら、お揃いで買ってよかった。

そう思いたかったのにどうして、
青い唐辛子をひとつ残して、
こんなことになっちゃったんだろうね。」

女はそう言うと病室の椅子を立ち上がった。

ベットに横になって動かなくなった、チューブだらけの親友をじっと見つめる。

「私の唐辛子は今回の事故でちゃんとひとつ減ったのに」

右手で緑の唐辛子が3つ付いたストラップを病室の電灯にかざす。

「アナタの唐辛子はこんなにしっかりとひとつ残ってる」

ギプスで固めた左手でベット横の机から青い唐辛子のストラップを持ち上げて、緑の唐辛子のストラップと一緒に電灯にかざす。

「これじゃあアナタが唐辛子の身代わりになったみたいじゃない」

その時ふと、女は親友の言葉を思い出した。


「これって私の唐辛子がなくなっちゃったらもうお揃いじゃなくなっちゃうね!なくさないようにドジしないようにしないと!」


女は親友の言葉を噛み締めるように両手で持ったストラップを全て右手に移して強く握りしめた。

「…私が沢山危ない目に遭っちゃえばよかったのに!こんなものがひとつだけ大事そうに残っちゃったから!!こんなもののせいで!!ただのストラップのくせに!!!」

握りしめたストラップを地面に叩きつける。
ガラス製のストラップは粉々に砕け散った。

砕けたガラスがリノリウムの床に不規則に散らばっていく。

ガラス片が自分の居場所を見つけたように各方面に散らばりきると病室はしばらく時間が止まったように静まり返った。

静かな病室に二人。
動かない者と動けない者、二人。

ふと、小さな小さな声が静寂を優しく千切った。

はじめに声をあげたのは女ではなかった。

女ではなかったから、女は動けなかった。

小さな声で女に声をかけるチューブだらけの親友は弱々しく笑った。

女は動けないまま、頬に涙を伝わせた。
返事もできないまま、涙は床に溢れていく。

安堵の涙の溢れた床には
お揃いの何もついていない青と緑の紐が落ちていた。


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