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2020年映画ベスト10

 例の感染症のせいで、公開が延期になった映画も多かった2020年。例年、鑑賞した新作映画の中から見て良かった作品を、その1年間のベストとして年末に選んでいますが、今年も10本の映画を選びました。選んだ10作品について自分なりに感じたことを10位から順番に書いていきます。

10位 僕の好きな女の子 2020年10月3日鑑賞。
 又吉直樹の同名エッセイを玉田真也監督が映画化。テレビドラマの脚本を書いている加藤(渡辺大知)は美帆(奈緒)と「友達以上、恋人未満」の煮え切らない関係を続けている。
 冒頭、駅前で待ち合わせて合流し、キャイキャイふざけ合っている二人の姿を見て、「ははん、この二人は付き合っているのだな…」と思ったのですが、実はどうやらそうではない様子。加藤は構築してきた友情関係が崩れることを恐れて、本心を言い出せないているし、美帆も加藤の本心を知ってか知らずか無邪気に明るく振舞う。人間関係が崩れる可能性があるなら、現状維持に甘んじるのは、よくある話というか、なんなら自分にも身に覚えのある話なので、すごく刺さりました。
 玉田真也監督の前作『あの日々の話』もそうだったんですが、若者達による本音と建前が見え隠れする会話がすごくリアル。それぞれのスタンスや、欲や悪意がうっすら見える。美帆は加藤のことを「ちゃんかと」「アポロ」など、愛称をコロコロ変えて呼ぶんですが、加藤のほうは美帆のことを名前では呼ばなかったんですよね、確か。ここに二人のコミュニケーションの差、相手への向き合い方が如実に表れているように見えました。
 そんな二人を演じている渡辺大知と奈緒の二人がすごく良かったんですよね。受け身な加藤と、ケタケタ笑う美帆。この二人のやり取りをナチュラルに好演していて、煮えきらない関係性に胸をえぐられます。マジで勘弁してほしいぜ。


9位 ロマンスドール 2020年1月26日鑑賞。
 タナダユキ監督が2009年に刊行した自身の同名小説を自ら映画化。ラブドール工場で働くことになった哲雄(高橋一生)は、工場を訪れた美術モデルの園子(蒼井優)に一目惚れをし、自身の職業を隠したまま結婚する。
 『空気人形』『ラースと、その彼女』など、ラブドールとその使用者についての映画はありましたが、この映画がちょっと違うのはラブドールを作る人の話であり、夫婦の話でもあること。高橋一生が演じる哲雄も、最初はラブドールについては「これ、なんだし?」状態だったのに、次第に制作にのめり込んでいくように。そして、夫婦の10年間の変遷も描かれるんですが、二人が初めて出会った日のシーンが印象的で。人形の型取りのため、美術モデルの園子の胸を初対面の哲雄が触ることに。その際の哲雄の独白も面白いのですが、その後、工場を去った園子の忘れ物を渡すため哲雄が走り出すと、never young beachの楽曲『ららら』が流れる…。この一連の場面が緊張感を含みつつも、瑞々しく撮られていたのが特に記憶に残っています。
 哲雄は自身がラブドールを作っていることを園子に言えないまま、夫婦生活を続けますが、やはりすれ違いが生じ、園子も園子で夫に隠し事をしている。その秘密が明るみになって以降の展開こそ、この作品の真骨頂だと思っています。見る人によっては、「この映画、ドン引き…」となるのも分かるんですが、特に後半以降の展開について、「夫婦間のことはその夫婦にしか分かりえない」という、当たり前といえば当たり前だが大切なことを表現しているように見えました。客観視すれば異様かもしれないが、やはり二人にしか分からないことがある。それでも「夫婦」であろうとすることを選ぶ二人に対して、ある種の美しさを感じ、見入ってしまいました。


8位 本気のしるし 劇場版 2020年11月1日鑑賞。
 星里もちるの同名漫画を深田晃司監督が実写化。2019年10月〜12月にテレビドラマとして放送されたものを、約4時間の劇場版として再編集して制作。商社に勤め、社内で2人の女性と交際している辻(森崎ウィン)は、ある夜、謎の女・浮世(土村芳)と出会ったことによって、様々な出来事に巻き込まれていく。
 『本気のしるし』については、今年11月に別の記事でも書いたんですが、一言でまとめると、「結局、人って何考えているのか、分からんよね…」という気持ちにさせられたんですよね。浮世をはじめ、この映画の人間模様を見ていると、共感こそできないものの、すごく胸がザワつくんですよ。気持ち悪いのに、気持ちよいというか、すごく変な感じ。暗さが際立つ映像表現は、まるで人間という生き物の掴みどころのなさを暗示しているようで、分からないなりにも分かろうとしていく人間達のもがきに、心を打たれました。
 1年前にテレビドラマ版を視聴していたので、二人が最終的にどうなっていくのかは知っている状態で劇場版を鑑賞したのですが、やっぱり面白い! 30分弱×10話のドラマ版が、4時間弱の1本の映画として再編集されたことによって、テレビドラマ版は各駅停車で、劇場版は急行列車に乗っているような、感覚の違いが生まれました。


7位 はちどり 2020年7月18日鑑賞。
 キム・ボラ監督の長編デビュー作。1994年の韓国・ソウル、団地で暮らす14歳の少女・ウニ(パク・ジフ)は孤独な思いを抱えていた。そんなウニが通う漢文塾に女性講師のヨンジ(キム・セビョク)がやってくる。
 家族、友達、彼氏、先生…。主人公ウニを取り巻く様々な環境や人物に対して、ウニはバタつきながらも、彼女の視点から彼女なりにこの世界を見つめます。彼女から見える世界は息苦しいようで、時折美しくもあります。そんなウニにとって重要な存在となる、ヨンジ先生。先生のバックボーンは想像が膨らむところですが、生きづらさを抱えるウニにとって、ヨンジ先生と交流を深めることで自己肯定に繋がる。それって10代の子にとっては、すごく大事なことじゃないですか。ウニは他者との反発や相互理解を積み重ね、自分という者の存在を少しずつ形成していきます。劇中でウニが指を一本一本動かす場面があるんですが、まるでこの世界で寄る辺ない自分の存在を確かめるかのように、自分の目には映りました。
 今作が長編デビューとなる、キム・ボラ監督の手腕には驚きました。監督自身の少女時代の経験が映画に反映されているようなのですが、急速な経済成長を遂げる当時の韓国社会の変化と、一人の少女の不安定な心理描写を重ねていて、視座が既に達観しています。監督の次回作(SFとのこと。SF…!?)が今からもう楽しみです。


6位 ドロステのはてで僕ら 2020年6月6日鑑賞。
 劇団・ヨーロッパ企画の初長編映画。京都のとあるカフェの店長・カトウ(土佐和成)は、1階のカフェのモニターと2階の自室のモニターが「2分の時差」で繋がっていることに気づく。やがて店員や常連客、カトウが密かに思いを寄せる女性アヤ(朝倉あき)を巻き込んだ騒動に発展していく。
 ヨーロッパ企画の舞台は、ここ7年くらい毎年、舞台を見に行っているんですが、ユニークな仕掛けや構造を演劇に取り入れていて、毎回「なぜこんなことを思いつくんだろう?」と、発想と実行力にもれなく感心させられるんですよね。そんなヨーロッパ企画が今回制作した長編映画は、2階の部屋と1階のカフェが、2分の時差で繋がっている…という不思議な現象を描いたコメディ。
 この2分のタイムタグの現象については、自分でも上手く言葉で説明できる自信がないため、どういうことなのかは予告編を見ていただくとして、「これ一体どうやって撮ってるの?」という映像の連続で、めちゃくちゃ楽しかったですね。複雑に見えるんですが、実は基本ルールはシンプルなので、色んなパターンを試すことで上手くいったり、そうでもなかったりするのが、すごく面白いんですよね。
 「モニター間の時差がたった2分」というギミックについて、3分でもなく1分でもない「2分」という絶妙な時間設定が、この作品の好きなところで。長過ぎず、短くもない。2分後の状況が知らされている状態で、2分間かけてどうやってその状態まで持っていくのか?という逆算の妙が楽しくてたまりませんでした。
 本作は劇場ではなく、オンライン配信で鑑賞したのですが、本編鑑賞後に試しにいくつかの場面を計測してみたら、しっかり2分ズレていました。お疲れ様でした…。


5位 佐々木、イン、マイマイン 2020年12月19日鑑賞。
 内山拓也監督による青春映画。役者としてなかなか芽が出ない悠二(藤原季節)はバイト先で高校の同級生と再会したことを機に、高校時代の友人・佐々木(細川岳)と過ごしたかつての日々を回顧する。
 佐々木という友人の存在を軸として、過去と現在を行き来しながらエピソードが語られます。佐々木が作るカップ麺、部屋に立ち込める煙草の煙、郊外のカラオケボックスの部屋、冬の寒い朝の匂い。それらすべての「匂い」がスクリーンを越えて伝わってくるかのようでした。それほどリアルに撮られていて、この映画を見る者の経験や記憶に訴えかけるような映画でした。
 佐々木は基本的にふざけたりはしゃいだりしている男ですが、それだけではない表情を見せる場面もあり、その時その時で佐々木は何を思っているのか…どういう人物なのか…。映画を見た者なりの佐々木像が膨らんでいく。そして、映画を見る者がかつて出会った誰かとの思い出を、劇中の佐々木の姿に代入してしまうような、そんな力がこの映画にはあります。現に、自分も「佐々木」に相当するような自分の友人のことを思い出しました。
 かつて過ごした青春の思い出を懐かしんで終わり…というわけではなく、役者としてうまくいっていておらず、別れたはずの彼女ともズルズルと同棲を続けている主人公・悠二がどう変わっていくのか。佐々木との青春の思い出を映画の中心に据えつつも、悠二自身のこの先の未来へ繋ぐ物語になっていて、荒々しく見えるようで、実はとても真摯な映画でした。


4位 パラサイト 半地下の家族 2020年1月11日鑑賞。
 ポン・ジュノ監督のオリジナル映画。韓国の半地下住宅で生活するキム一家。長男ギヴ(チェ・ウシク)は友人の紹介で、裕福なパク一家の娘の家庭教師を務めることに。それを機に、キム家は自分たちの素性を隠しながら、一人ずつ裕福なパク家に入り込んでいく。
 ポン・ジュノ監督は『スノーピアサー』でも銀世界を走行する列車を通して社会の格差を表現していましたが、今作では現代の韓国の格差をストレートに映し出していました。双方の家の内部や生活様式、光の差し方の違いも象徴的。裕福な一家と半地下家族の対比として、上下の高低差を嫌ほど印象づける画面設計や、食事描写が記憶に残っています。
 半地下家族がひとりずつ豪邸に潜入していき、自分たちの正体がバレないように上手く立ち回ります。「バレるか…?…っしゃ、セーフ…!」という緊張感が楽しいところですが、映画があるポイントに差し掛かると、予想だにしない事態へ転がります。半地下のキム一家が、裕福な家族を侵食すればするほど、後戻りできない状況へ踏み込んでいる。映画の構成としてめちゃくちゃ面白いですし、つい笑ってしまうような場面も多いのですが、次第に笑えない事態に陥っていく様にゾッとしました。本作は韓国の家族たちの物語ですが、分断が進む先行きが見えない世界を体現しているようで、描かれている内容は決して他人事には思えませんでした。


3位 37セカンズ 2020年2月22日鑑賞。
 HIKARI監督のオリジナルの初長編映画。出生時に37秒間息ができなかったことが原因で、脳性麻痺になった23歳の女性ユマ(住山明)。友人の漫画家のゴーストライターとして漫画を描いているユマは、自身が描いた成人向け漫画を出版社に持ち込むが、編集長(板谷由夏)に一蹴されてしまう。
 今作では、障害福祉、家族、性、創作…。様々な切り口で彼女の生活や内面、他者との出会いによる変化が描かれています。主人公ユマは過保護な母親のもとで育っており、親離れ(あるいは子離れ)についてフォーカスされています。ユマは入浴時には母親の介助、移動時には電動車椅子が欠かせない。母と子の関係性が見ていてしんどいところではあるんですが、その現状を変えようと、自分の殻をぶち壊そうとするユマの姿がすっごく良かったですね。ドキュメンタリーにも見える生々しい場面もあれば、ポップでキラキラした瞬間も散りばめられていて、ガッチリと心を掴まれました。劇中でも流れるCHAIの楽曲も最高。
 主人公ユマを演じる佳山明自身も実際に脳性麻痺で車椅子ユーザーなんですよね。佳山明の映画出演は今作が初めてですが、彼女の演技が繊細で丁寧でした。ユマを夜の街を案内する娼婦の舞(渡辺真紀子)やヘルパーの俊哉(大東駿介)など、優し過ぎず厳し過ぎない、適度な距離感でユマに接している姿も良かったですね。HIKARI監督自身もインタビューで、「『障害者』って言葉でくくるって考えは、やっぱりわたしのなかには存在してなかったです」と語っており、それがこの映画の豊かな人物描写に繋がっているのかな、なんて思ったり。


2位 星の子 2020年10月18日鑑賞。
 大森立嗣監督が今村夏子の同名小説を実写化。中学生ちひろ(芦田愛菜)の両親は、ちひろが生まれた頃から新興宗教に傾倒していた。
 冒頭では、いかにしてちひろの両親が宗教を信仰するようになったかが示されます。一戸建てに一家は住んでいたんですが、現在のパートでは、住居を引っ越したのか、明らかに狭く古い家で暮らしている。水をはじめとする宗教の品を購入し続けていることで、家族の生活自体が貧しいものになっていることがわかります。
 劇中で登場する宗教団体の是非については、映画を見る者の見方に委ねていて、明確な回答をこの映画では提示していません。確かに「宗教」はこの作品のテーマの一つなんですが、宗教の本質に切り込むことが目的ではなく、中学3年生の主人公の揺れ動く心を捉えることに徹していて、その繊細なタッチが心に響きました。3位に選んだ映画『37セカンズ』とも通底するんですが、親と子は同じ家族とでも、結局は個々の人間なわけで。人は相手のことを完全に理解することはできないけど、完全にわからなくてもいいし、最悪ばらばらになっても、それでも私はあなた達のことを尊重するよ、っていうのが、この映画の本質なんだと受け取りました。
 本作のポスタービジュアルにもなっている、ちひろが両親(永瀬正敏、原田知世)と夜空を見上げるシーンは、この映画を象徴する名場面でした。「もうこの世には、この家族しかいないんじゃないか?」とさえ思える静寂の中で、家族同士の会話をしながら、流れ星を見つけようとしている。この家族の今後の行く末と在り方を暗示しているような場面で、本当に素晴らしく、独特の余韻が残りました。
 公開前にバズっていた芦田愛菜の「信じること」に対する見解も、この作品の一つの解釈としてもたいへん興味深くて、すごく核心を突いていたんですね。その後にコメントを振られた永瀬正敏が気の毒になるほどでした。


1位 のぼる小寺さん 2020年7月4日鑑賞。
 珈琲の同名漫画を古厩智之監督が映画化。卓球部に所属する高校生・近藤(伊藤健太郎)は、学校の体育館でボルダリングに励む小寺さん(工藤遥)を見て、彼女の姿に興味を抱く。
 ボルダリング部の小寺さんがひたむきに壁をのぼり続ける姿がまぶしくて、近藤のみならず、他のクラスメイトの視線が寄せられる。「劇中に映ってないだけで、もしやあの学校のうち、半数近い生徒が近藤みたいに小寺さんを見つめているのでは…?」と思えるほど、ボルダリングに一直線に取り組む小寺さんが魅力的でした。演じている工藤遥が実際に壁をグングン登っていて、その身体表現がすごく印象的でした。
 この映画では、少し頑張ってみることや、自分自身の角度をちょっと変えてみることの大切さが込められていて、こうしたメッセージの提示も説教臭くなく、むしろサラッとしているのが本作の好きなところです。小寺さんの姿を見つめる者の内面で、何かが自然と育っていくような。おそらく小寺さん自身も、周囲のクラスメイトらに影響を与えている自覚すらなさそう。
 小寺さんは黙々と壁にのぼり続けるし、近藤は近藤で小寺さんを静かにじっと見つめるので、映画の前半は割と台詞の量が少ない。全体的に落ち着いたトーンで、静かなぶん、音へのこだわりが感じられる。体育館に響くピンポン球の音やマットレスに落ちたときのバフっとした音、セミの鳴き声…。そして、ラストシーンで吹く風…。今年は『アルプススタンドのはしの方』『ブックスマート』など、青春映画の当たり年なんて言われていますが、この映画はドンズバで大好きです。もっと見つめていたいと思わせる魅力がある、そんな素晴らしい青春映画の傑作でした。

さいごに
 ということで、2020年ベストを振り返ることができました。特に今年は映画館で映画を見ることの価値を再認識した1年でした。2021年はそもそもどれだけの数の映画が公開されるのか…先行きは不透明ですが、1年後にまた「2021年映画ベスト10」が書けるほど、映画が穏やかに見られることを祈っています。

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