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おじさん小学生の読書メモ19回目

やっと本を読める感じになってきた。

「シリーズ哲学のエッセンス ベルクソン」読んだことがあるような気がする瞬間が何度もあったので、たぶん読んだことがあるのだろう。西田幾多郎や現象学の本を読んだあとだと、フック(意識に引っかかる部分)が増えていた気がする。同じ本を何度でも読んでもいいという気持ちになってきたのは、最近のことかもしれない。

帯広図書館のおすすめコーナーにあった「熊楠原論」かなり良さそうだ。熊楠の話に入る前に鶴見和子の柳田國男研究の内容にインスピレーションを受けたが、俺のインスピレーションの何がアテになるのだろう。何か言いたいことがあれば、通読し切ってから言えや。という気持ちになる。

本を一冊読みきれない自分への怒りは、英語の歌詞の意味がただちに分からない自分への怒りと同種である気がする。

最後に何度も借りては読みきれずに返している「シリーズ世界の思想 資本論」をちょっと読んだ。仲間内で勉強会をしていたこともあり、すこしずつだが読めるようになってきた気がする。でも「資本論」自体の難しさはこの参考書の比ではなく、さらには原書(ドイツ語)を読めてナンボなんじゃないか。という強迫観念が出てきてしんどい。まあ…語学をやるモチベーションにでもなれば御の字だろう。

語学も何の意味に立つのか全然わからんが、断続的にできているのでヨシとする。「ナバホ語がわかったから命が助かりました!」みたいな場面が人生にあるんだろうか?

毎日読書メモを投稿できる程度には、毎日読書できれば理想である。面白い本は眠かろうが体の調子が悪かろうが読める。とはいえ、ある種の訓練も必要なのだろう。

今日はひさびさに楽器の練習がてら、自分の演奏を録音して聴いてみたら、どうしようもなく下手になっていた。読書についても同じような劣化があるりそうだ。元の水準というものがあるのであれば、まずそこまで戻すことを漠然とした目標にする。

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