「ほぼほぼ」は「ほぼ」わかったけれど
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「ほぼほぼ」は「ほぼ」わかったけれど

ojinseye東風堂

5,6年前のこと、今の部署に変わっての違和感は、仕事のやり方とか内容じゃなく、言葉づかいでした。会議のやりとりなどで

「売り上げの見込みはどうなの?
「ほぼほぼ、大丈夫です」
「ほぼほぼ?大丈夫なの?確かなの?」
「ほぼほぼです」

課長さんまで「ほぼほぼ」と言う始末。

糸井さんの「ほぼ日」は、「ほぼ」だからわかりましたが、「ほぼほぼ」ねえ。「ほぼ」より確度が高いのでしょうか。以後、何度も聞いていると、ただ重ねているだけで、特に意味はないと感じました。

今わからないのが「わかりみ」です。
家族のLINE、娘たちで飛び交う短いことばのなかに
「わかりみ」
「かなしみ」
「やばみ」

意味はとれるが、「み」のニュアンスがいまひとつ。深く考えてもしょうがないので放っておいたら、昨日の毎日新聞に「若者言葉」の特集があった。引用すると、

語尾に「み」を付けて名詞っぽくしているのは、言葉というより絵文字やLINEスタンプのような感覚。「にっこりマーク」の要領で「うれしみ」、泣いた顔のスタンプの代わりに「つらみ」

「それな」

「明鏡国語辞典」の「み」の項目に「やばみ」「わかりみ」があり、「三省堂国語辞典」には「ほぼほぼ」もあるようです。辞書は時の言葉をおりこみますから、これに載れば一丁前です。

でもトシヨリが使うのは、ちょっと、「つらみ」です。


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オジンの視点で、東風、春風、どこ吹く風