落語・大発明

「甚平はんこんにちは」

「おまはんかい、な、て、えらい早いやないか、さっき確か西宮やゆうてたのに、まだほんの15分くらいしか経ってへんがな。いくらバイクや言うても早過ぎるんやないか?」

「最近ちょっと極めましてん」

「何を?」

「信号のアルゴリズムゆう奴ですわ」

「また何や難しいこと言い出したで」

「つまりね、あの信号ゆうやつ。あら、青は進めですわな」

「そらそうや」

「赤は止まれですわ」

「そんなもん誰でも知ってるがな。大阪のおばちゃんでも十人に二人は知ってるわ」

「少なっ! いや、その辺りは流しまひょ。どこに刺さるかわからへんネタは。ほんで、黄色。問題はこいつだ」

「何が?」

「黄色は注意、とか言いますやろ。これ、進んでええのか止まらなあかんのかよおわかりませんがな。注意して進んでええのか、注意に越したことはないから止まるんがええのか」

「ああ、そらまあ、そう言われてみればそうやわな」

「ほんでね、どうもそのややこしさとゆうか、交差点ごとにやってくる微妙な葛藤が心の迷いに繋がってるんやないかと思いましてね」

「ほうほう」

「とにかく『黄色は進め!』とゆう事にね、自分の中で、そう決めたんですわ」

「ほほぉ、こらえらいこと決めたなあ」

「そしたらね、迷いが吹っ切れて、目的地に着くのんがもぉ早い早い」

「そらまあ早いやろ。よお捕まれへんなあしかし」

「せやけどね、ここでひとつまた新しい問題が出てきたんですわ」

「ほぉ?」

「今までね、黄色で迷てる間があったから、それからすぐに赤になったら止まれたんですけどね、黄色は進めにしたら、信号のいけず、急に赤になってびっくりさしよるんですわ」

「そらまあ、黄色はすぐ赤になるわな」

「卑怯にも」

「卑怯なことあらへんがな、それが信号や」

「せやからね、僕ちょっと考えてね、発明したんだ」

「発明?何を?」

「黄色と赤の間にね、オレンジ色をこしらえるんですわ」

「はぁ?」

「せやからね、黄色からね、もうじき赤になりますよ、ゆうて一旦オレンジ色に・・・」

「あのな、それ、もともと青から赤になる前に黄色があったやろ」

「せや、もうじき赤になりますよ、ゆうて黄色が・・・ あ、」

「あ、やあらへんがな」

「ああ、そうかぁ〜、大発明や思てんけどなあ」

「お前、考えるのん禁止や。あかんあかん、発明やなんておまはんらアホには無理無理」

「そうかてなぁ、発明家、儲かるらしいやん。なんか発明して儲けたいやん、ほんで金掴んで酒池肉林の日々をエンジョイしたい」

「おまはん、ストレートやな。あんまり落語の登場人物向けやないな」

「ほたら、シリアスなドキュメンタリーに」

「無理無理無理無理ぃ〜。あ、せや、おまはん、ほないっぺんホンモノの発明家ゆうのん見てみるか?」

「へ?」

「いや、思い出したんやけどな、この町内にちょっと有名な発明家の先生が居てはるんや」

「この町内に?」

「せや。変わった人でな、あんまり近所づきあいしてはらへんのやけどな」

「気むずかしいん?」

「いや、至って気散じな人なんやけどな・・・行くと話が長いんや」

「ははぁ、何か全てが一言で理解できた気がします」

「せやけどほんま有名らしいで、ドクター赤松ゆうて」

「ぱちもん臭っ!」

「選挙にも出てはるらしいで」

「ますますぱちもん臭っ!」

「たまに表通らはるで、びよーんびよーんて、何やけったいな跳ねる靴履いて」

「てゆうか、ほんまにぱちもん?」

「まあええがな、これも何かの縁や、ちょっと行ってみよ」

「こんにちは」

「はいはい、どなたじゃな」

「町内のもんですねんけど、ちょっと先生の研究所を見学させてもらわれへんやろかと思いまして」

「ほほぉ、研究所を」

「ええ、そうですねん、先生の素晴らしい発明品を見せていただきたいと」

「ほうほう、そら良い心がけじゃ」

「分かりゃそんでええ」

「おまはん黙ってえ」

「どうぞ上がんなはれ」

「おおきにありがとうさんです。ほら、おまはんも上がらしてもらい」

「お邪魔しまんにゃわ。うわっ、ほんま発明家みたいな感じの人やな」

「あのな、あんまり抽象的な感想を漏らしてるんやあらへんがな」

「そうかて甚平はんあの先生、髪ぼさぼさで眼ぇむいて」

「発明は、爆発だ!」

「岡本太郎先生みたいなこと言うてはるし」

「爆発だー! 気合いだー!」

「ほんに、何か混ざってはるなあ」

「まあ、ゆっくり見ていきなされ」

「先生、こら何ですのん?」

「それか、そら、据え置き型携帯電話じゃ」

「へ?」

「ほら、最近流行の携帯電話。あら顔の長さより短いさかい、どおもフィット感がいまいちじゃろ」

「ははぁ、そうですか、ね」

「そこでほれ、持ちやすい受話器を付けたのじゃ。これでなんぼ長電話をしても大丈夫」

「そう、ですなあ」

「それから、ボタンも小さあて押しにくかろう。これは何と、指を突っ込んで回すという新機軸・・・」

「・・・携帯電話を黒電話に戻してしまわはったで、この人」

「ほんに、だいぶ変わったはるなあ」

「あの、これは何ですか?」

「ああ、そらタイムマシンじゃ」

「え、た、タイムマシン?」

「そう、タイムマシン」

「過去やら未来へいける、あのタイムマシンですか?」

「いや、そういうのんでは無いねんけどな。その、上に付いてるボタンを押してみ」

「これですか、これをこう、押すんですね、ぽちっとな」

「ゴゴ、ニジ、サンジュウハップンデス」

「はぁ」

「な、今が何時かわかる機械じゃ」

「あの、それって、ただの時計と違いますのん?」

「まあ、そうじゃ。タイム、マシン」

「・・・やかましわ」

「いや、過去へいけるて、そんな機械は無理じゃろ。第一、過去なんてもう分かってるとこ行っても仕方ない。行く意味がないから興味もない。行くんやったら、未来じゃろ。未来はまだまだ未知の世界、限りないフロンティアじゃ」

「え、ほな、未来へは」

「ああ、それは行けるぞ。未来へ行く機械やったら昔作った奴があるぞ」

「ええ?おますのん?」

「あるある、これじゃ。『未来行き機』じゃ」

「えー、何やもっちゃりした名前でんなあ。せやけどこれほんま、未来行けますのん?」

「行ける。それは実験済みじゃ」

「実験。一体いつの時代へ行かはりました?二十三世紀とか・・・」

「おまはん、あほじゃな。これは過去へは行けんのじゃぞ。そんな先まで行ったら戻ってこれんじゃろが」

「あ」

「甚平はん、あほやゆわれた」

「やかまし。おまはんと一緒にしな。え、ほんで、一体いつ頃の未来へ行かはったんですか」

「五分後じゃ」

「はあ?」

「五分後へな、時間旅行じゃ。たった三十分で行けたぞ」

「はぁ?」

「いや、所要時間たった三十分で、五分後へ行けたのじゃ。すごいじゃろ」

「へ、へえ?何や意味がよおわかりませんけど。せやけど五分後て、そんなんやなしに、せめて明日へ行くとかでけまへんのか」

「明日か。そら、一週間くらいかかるぞ」

「あの・・・」

「一週間はあかん、電池が持たん」

「電池?」

「単一乾電池5本で動いておる」

「・・・それ、プラスマイナス逆に入れたら過去へも行けるんちゃいますのん」

「ん!そ、それは・・・今まで考えたことも無かった、新しい発想じゃ。よお教えてくれた。こらタダほっとけんなあ、これ、奥や、私の財布を・・・」

「牛ほめのぱくりやがな。そんなんええさかい、次なんか他の発明品見せとくなはれ」

「ほなこの、SMロボットなんかどうじゃ」

「エスエムて、そんなアダルトなロボットはちょっと・・・」

「お嫌いですか?」

「お好きです」

「いやいや、そういうSMやない。スペシャルメイドロボットの略じゃ」

「スペシャルメイドロボット!」

「食事、入浴、就寝。あなたに代わって家事全般をこなしてくれる、素晴らしいロボットじゃぞ」

「あの、それ、微妙に家事と違うような。食事、て、もしかして、ご飯を作ってくれるとかと違うんやないですか?こいつ自身がご飯を食べるとか」

「ピンポーン!」

「やっぱり・・・」

「まあ、とにかく百聞は一見にしかずっちゅう事もある、実際に動かして見せてやろう。あ、おまはん、ちょっとそこのドアからいっぺん外へ出て、外から帰ってきた風に入ってきてみてくれんかな」

「へえ、こおだっか、がちゃ。ただいまー」

「オカエリナサイマセ、下手人サマ」

「だ、誰が下手人や!」

「ぷっ、おまはん、よお似合うとる、下手人て」

「サキニオフロデナサイマスカ?」

「何をするねん、風呂で!」

「ソレトモ、ショクジュ」

「何でこんなとこに木ぃ植えなあかんねん、植樹祭かっ!」

「チュウシャケンヲオトリクダサイ」

「何かこれ基盤使い回しやろ、前の商売が残ってるがな」

「チュウシャケンヲオトリ!」

「途中で切れたら女王様みたいな物言いなな」

「センエンカラオアズカリシマス」

「怪しいコンビニ応対マニュアルもインストールされてるがな」

「サッキカラゴチャゴチャトモンクバッカリ!ナメトッタライテマウヨ!」

「うわ、態度が豹変したがな」

「プンプン!」

「懐かしいなあ、あの人。最近テレビ出てはれへんけど、どないしてはるんやろなぁ。もともと崖っぷちの人やったけど、今頃はもう谷底に・・・」

「ほっといたりいな」

「ナメタラアカンゼヨ!」

「懐かしいなあ、それも」

「カワチウマレノゲンカイソダチ」

「嘘付け、おまはんチャイナ生まれのインテル育ちやろ」

「ジャ、オヤスミナサイ」

「唐突やな。勝手に寝よったがな、何やねんこいつは」

「ツンデレ仕様じゃ」

「全然最初から最後までツンもデレもあらへんかったやないか!」

「ほんま、この研究所、こんな発明品ばっかりやな。先生、何かこう、もっと実際に役に立つ、これは、っちゅう発明品はおまへんのかいな」

「あ、ほなこれ、これはお勧め!最新の発明品!」

「奥から何か出して来はったで」

「これはマジ!もうホント素晴らしい!今回、笑いは全く無し!」

「いや、今までも別に笑いはおまへんけどね。どっちかというと腹立ちの方が・・・」

「これは大丈夫!革命的新発明!」

「革命と言うより、先生の発明はアナーキストに近い」

「何や大きなもんですねそれは。信号機みたいな・・・」

「そう!信号機!ただこいつは特別製だ!」

「ほほぉ、どう?」

「赤と黄色の間に、オレンジ色が入ってます」



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