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伝説のATM|#ショートショートnote杯

 バシャ!
 強烈な臭いの液体をぶちまけた男が震えながら怒鳴る。
「あのATMを使わせろ! ほら、いくらでも金を出すやつだ」
 昼下がりの銀行。行員達は慣れた様子で隅に固まり、目には「またか」といった辟易の色。
 液体を浴びた警備員の家岩(いえいわ)は、ガソリンの臭いだと気づきながらも、口元には笑みを浮かべた。
「ATMはこちらですが、いくらでも、ではなく、必要なだけ出金されます」
 差し出したカードを奪い取った強盗は機械にそれを差し込む。出てきたのは二万円。
「ふざけるな!」
 ライターを手にする強盗。覆面を被らない彼のやつれた表情や服の皺を観察して、家岩は考えてから告げた。
「今のあなたに必要なのはそれだけでしょう。長年の経験では、養育費……かな?」
 男は青ざめ、札をひったくると自動ドアに向かう。だがドアは開かない。
「あなたに本当に必要な方では?」
 青い制服の後ろには、目に涙を溜めた少年が、男の懐に飛び込もうとしていた。

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