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アークティック・モンキーズはなぜすごいのか!?シリーズ④<魅惑の森を巡る3rdアルバム『ハムバグ』>

さて”問題作”と言われる『ハムバグ』である。リリース年は2009年。まずはこれまでのアークティック・モンキーズの魅力とは何だったのか、ざっと振り返ってみよう。①アレックス・ターナー独自のフロウと歌詞による青春群像劇 ②若さあふれる性急なビート ③ソリッドなリフ主体のソングライティング、などではないだろうか。

そしてこの『ハムバグ』、それら全てを放棄していると言っていい。まずアレックス・ターナーの歌い方が変わった。これまでの捲し立てるような歌い方はなくなり、どっしりとセクシーに歌っている。もちろん叫ばない。歌詞の内容も直接的な物語性は無くなり、暗喩を用いた方法を取っている。例えば「なあ、誘惑の言葉で救い出してくれないか/俺のプロペラを回転させてくれよ」といった感じだ。次にビートだが、1曲の例外を除いて性急なビートはない。泥沼の中をずっしりと歩くようなビートがほとんどである。そして"アイ・ベット・ユー・ルック・グッド・オン・ザ・ダンスフロア"や"ブライアンストーム"のような大鉈なリフを使った曲は1曲もない。楽曲全てが曇り空みたいな感じで、晴れ渡るような予感すらない。迷いの森に入り込んだような、全編に渡って暗い印象がある。トップ画像を見てほしい。ルックスも若干大人びた。中心のアレックス・ターナーの髪型はかつてのショート・カットではなくなり、長く伸ばしている。

ではそんな作品にどのような魅力があるのか。実はそれが変わらずビートなのだ。先ほど「泥沼の中をずっしりと歩くようなビートがほとんど」と書いたが、だからといってグルーヴィーさに欠けるかと問われれば答えはノーだ。ここにはこれまでのアークティック・モンキーズで聴いたことのなかった新たなグルーヴに触れることができる。この作品でも功労者はやはりマット・ヘルダースだ。そして大鉈なリフはギターの単音リフに入れ替わった。ギターが単音リフに入れ替わったことで、グルーヴはより微分され、ミクロで繊細なグルーヴとなった。その分ギターの音は野太くなり、ベースもまた野太く、最小限の鳴りで厚いグルーヴを生み出している。そして最終的には、これまでなかったサイケデリア要素を含む作品に仕上がった。プロデューサーはクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・ホーミ。要はこれまで培った武器を一度しまい、新たなステージに進んだレコード。それが『ハムバグ』である。

これまでの魅力を全て削ぎ落としたこと、それが問題作と呼ばれる一番の要因だろう。もしくはこれまで偶然にも(?)同時代のバンドたちと共振した部分を持ち合わせていたアークティック・モンキーズが、遂にどこにも属さない孤高のアルバムを作ったことも戸惑いを手伝ったかもしれない。そう、当時批判というよりは戸惑いが多かったという方が正しい。誰も正体を計り知れない”怪物アルバム”として取り扱われていた。しかしこの作品が後の傑作『AM』に繋がるのも事実。詳しくは『AM』回にて記述しようと思う。

ではアルバム重要曲について解説していこうと思う。

1.My Propeller

アークティック・モンキーズは毎回1曲目に一気に空気を変える曲を置いてくる。今作の"マイ・プロペラー"もそうだ。この1曲で「これまでの僕らとは違うんです」と言われているような気がする。スネアの連打と合わせてパワー・コードの叩き弾き。音色はジャリジャリしたものではなく、ファットな処理をされているため聴き心地がうるさくない。そこからギター単音リフのブレイクでスタート。ハイハット、バス、スネアによるシンプルな8ビートを叩きそうなところをマット・ヘルダースはとにかく刻む。前作からお得意のタム回しとハイハットのオープン、クローズが耳に気持ちいい。ファットな音色の単音リフがリズム隊に絡んでいる様も非常に美しい。ラストではイントロの展開が戻ってくるという、これもまたアークティック節だ。名曲。

2.Crying Lightning

本作の先行曲。個人的にこの曲と"マイ・プロペラー"は双子だと思っている。魅力が似通っているからだ。ドラムがザ・ビートルズの"トゥモロー・ネヴァー・ノウズ"風になっているサイケデリック・ガレージ。この曲も不思議なギターの単音リフが動き回る構成で、不穏な空気の演出に一役買っている。コーラスでの単音リフの動きは鮮やかとしか言いようがない。音色作りも完璧。コーラスに向かうまでのドカドカした演出もかっこいいし、後半のとにかく怪しいギターソロも最高だ。何より「この演奏にこのボーカル・メロディが乗っかるのか!」という驚き。グッド・メロディも健在なり。名曲。


3.Dangerous Animals

「暗闇に固定されちゃった」という歌い出し、やはりこの曲も暗い。膨よかなギター・リフとベースのユニゾンを下敷きにビートは進む。ドラムは珍しく淡々と刻み、1節ごとに綺麗に音が切れるグルーヴが気持ちいい。1分15秒あたりでリズムがあえてよれるようになっていて面白い。「アニマル」の歌い回しを「A-N-I-M-A-L」とアルファベットにしているのは、おそらくゼムの"グローリア"から引用したものだろう。後半には新しいリフが出てきて、これまた変なギターソロが出てくるのだが、ここからBPMが若干速まり唐突に曲が終わる。ほんと不思議な曲だ。名曲。


4.Secret Door

この曲は比較的歌ものである。演奏はあくまでもボーカルを支えるためにあるような、そんな風に聴こえる。とは言え仕掛けはいっぱいあって、ギターのフレージングもかっこいいし、バンド初のアコースティック・ギターが登場する。これまで語ってきたこのバンドの魅力とは正反対だが、これもまたこの作品で出てきた新たな魅力である。ブリッジで急にBPMが下がる構成で、コーラスでは珍しくアレックスが歌い上げる(バックコーラス付!)。しかもこのコーラスもラストに出てくるだけの一発技だ。歌ものとはいえ一筋縄ではいかない。名曲。

5.Potion Approaching

この曲は乾いたギター・リフで始まる。おそらく今作で最もミニマルな構成の曲で、ほとんど1リフで押し切ってしまう。突然ブレイクを挟んでまた同じ展開なのだが、上を滑るギターが彩を加える。2分5秒あたりから急にBPMを落とし、かと思いきや3分5秒で強引にBPMを戻して曲も半ば強引に終わる。名曲。

6.Cornerstone

この曲もまた歌ものである。そう、このアルバムのもう一つの側面はアークティック・モンキーズが”歌”に挑戦している点が挙げられる。逆回転のギターのイントロから始まり、アコースティック・ギターをメインに演奏自体ロマンティックに仕上がっており、アレックス・ターナーは伸び伸びと歌い上げている。歌詞もびっくりするくらいのラブ・ソングだ。一節紹介したい。「家まで送ってもらったときはわざと遠回りさせたよ/シートに残る君の匂いを嗅いでいたんだ/近道は隠しておいてね」。こんな歌詞も書くんだなぁと。。。名曲。

7.Pretty Visitors

アルバム中では異色の出来だが、往年のファンからすれば最もしっくりきたであろう曲がこちら。性急なビート、捲し立てるボーカルも健在。いわゆる”これまでのアークティック・モンキーズ”がここにいる。とはいえ、パイプ・オルガンの導入など新しい試みは当然あって、これまでのサウンドと新たな試みの上手い融合点といったところだろうか。


以上が『ハムバグ』についてのまとめだ。本作においてバンドは新しいグルーヴとギター・サウンド、そして新しいメロディを獲得している。性急でなくてもグルーヴは作れる。弾きたおすだけじゃないギターも鳴らせる。歌だって歌おうと思えば歌える。これまでの青春はもう終わり、新しい季節の到来だ。この作品の怪しい雰囲気やムードからするとザ・ドアーズに近いかもしれない。本作は名盤であると断言する。それと同時にロックンロール・リヴァイヴァルにトドメを刺した1枚とも言えるだろう。同年にはMGMTが、前年2008年にはヴァンパイア・ウィークエンドが1stアルバムをリリースし、時代はニュー・エキセントリックという波に突入していた。さようなら3コードとシンプルなロックンロール、こんにちは折衷による美学。次回は4thアルバム『サック・イット・アンド・シー』について解説しようと思う。


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