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アークティック・モンキーズはなぜすごいのか!?シリーズ③<悪夢さえ楽しんでみせる2ndアルバム『フェイバリット・ワースト・ナイトメア』>

アークティック・モンキーズの2ndアルバム『フェイバリット・ワースト・ナイトメア』。なんとも不思議なタイトルと感じるだろう。筆者自身、当時は「何これ?」と考えすらしなかった。今になってみればその真意がわかる。まずはそこからときほぐしていきたい。

リリース年は2007年。1stアルバムの翌年だ。アークティック・モンキーズは1stアルバムの成功によりUKでNo.1のバンドとなった。そしてそれによる期待は当然の如くどんどん膨れ上がっていった。「次は何をするのか!」でファン、批評家は大注目していたに違いない。しかも「同じことは繰り返さない」と発言しているものだから期待は高まる一方だ。しかし当時、ロックンロール・リヴァイヴァルで出てきたバンドの中には1stアルバムでその輝きが終わったバンドがいたのも事実。アークティック・モンキーズはその渦から逃れられるのかという穿った見方もあっただろう。

そして出来上がったアルバムタイトルが『フェイバリット・ワースト・ナイトメア』。直訳すれば「大好きな最悪の悪夢」となる。これは言い換えてみれば「みんなの期待してた2ndアルバムの悪夢ってこんなに楽しいものだっけ?」という挑戦だ。実に彼ららしいクレヴァーなタイトルと言えるだろう。事実、彼らの快進撃は決して止まることはなかった。

アークティック・モンキーズが「勝つ」ことは、先行シングル"ブライアンストーム"で既に証明していた。しかし筆者の周りだと「シングル曲は最高だが、他の曲はイマイチ」という声がある。それに対しては断固反対したい。本作は1stにも劣らない名曲ズラリの傑作である。

ではなぜ今作を「1stにも劣らない傑作」と言えるのか。それは1st以上にリズムの多彩さに溢れ、よりエクストリームな方向に行くことで前作と全く違うが、同じ魅力も兼ね備えている作品だからだ。サウンドはよりダークで重厚感を増し、BPMはさらに加速した。それにより誰にも真似できないグルーヴを生み出すことに成功している。このヘヴィさはクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの影響であるとインタビューで語っていた。彼らは元々ファンで当時ライブにも通ったことで吸収したようだ。そしてこのアルバムにはいわゆるわかりやすいコーラスが存在しない。これも大きな特徴のひとつ。要は1st以上に歌メロではなくリズム・セクションで聴かせることに成功しているということだ。ほぼ同時期に活躍していたカサビアンを例にとってみるとわかりやすい。彼らはよりビッグ・コーラスを聴かせるソング・ライティングに特化していくことでスタジアム・ロック・バンドへの切符を手にした。それとアークティック・モンキーズは好対照と言えるだろう。


また当時クラクソンズを筆頭にムーブメントになったニュー・レイヴとの共振もある。ディストーションのかかった野太いベースの音色や、きつめのハイハットの配置はまさに時代と共にあった。


それでは重要曲の解説に入ろうと思う。

1.Brianstorm

タイトル同様、嵐のようなドラミングとギターから幕開けだ。とにかくマット・ヘルダースのドラムの手数が多い。その嵐の中から聞こえてくるギターのブラッシングだけでもう心躍る。前作からの変化が手にとるようにわかる曲だ。相変わらずリフ基調、いや前作以上にリフが目立つ構成。演奏力の進化も著しく、ドラムとそれに合わさる高速単音リフがとにかくすごい。このBPMの曲は当時そうはなかった。イントロがひと段落してギター・ブレイクが入るとお得意の大鉈なリフで展開していく。そしてこの曲の魅力は構成の妙にある。イントロ⇨ヴァース1⇨ちょっとしたブレイク⇨ヴァース1⇨ヴァース2⇨間奏⇨ヴァース1。実は材料のほとんどが1つのヴァースのみ。それぞれのヴァースに入る瞬間のアレンジとヴァース中のアレンジが毎回違うことで飽きさせない工夫がなされており、最後にはイントロに戻ってくる。ぱっと聴きエクストリームさが目立つが、よく聴くと端整に組み立てられたポップ・ソングのお手本のような曲だ。

2.Balaclava

アークティック・モンキーズなりのレッド・ツェッペリン解釈だと勝手に思っている。"ハート・ブレイカー"を高速アレンジしてアークティック・モンキーズ風のグルーヴを足して出来上がったような、そんな感じだ。とにかく出だしからタメに徹する。いつ爆発してもいいような焦らされた演奏と捲し立てるボーカルだが、27秒後に待っているのは爆発とは正反対の美しく揃った楽器隊のグルーヴだ。マット・ヘルダースのドラムが本当にかっこいい。叩き過ぎず、欲しいところに的確な太鼓が叩かれている。そこら辺のロック・バンドならきっとディストーションを踏んで叫んでそうな箇所でこのアレンジだ。そしてこの曲のボーカルはヴァース部分にしか存在しない。一番の聴きどころである間奏部分はボーカル無し。彼らのグルーヴへの絶対なる自信を感じさせる。


3.Fluorescent Adolescent

ある意味ソング・ライティングという一点においてはアークティック・モンキーズでは頂点を極めた曲。A面のハイライト。メロディが非常に美しく、頻繁にブレイクが入る構成も無理矢理感がない。この曲のギターはどちらかというと1stの頃に近いと言えるだろう。ヘヴィなリフではなく、刻むコードと単音リフが入り混じり、中盤ではギターにコーラスのエフェクトをかけたような音色も出てきてメランコリックな仕上がりになっている。ちなみにこの曲もほぼ構成の材料はヴァースのみでビッグなコーラスは出てこない。"ブライアンストーム"同様、演奏のアレンジで多彩な色彩を見せている。そしてそれはニルヴァーナ以降の強弱法とは遠いところで仕上がっている。

4.Do Me a Favour

タム回しの上をベース・リフでスタート。これからビルド・アップされていく構成であることはこの時点で一目瞭然だ。スネアを合図にどんどん組み立てられていく。その間も美しいタム回し。ギターが絡まりながらアレックス・ターナーは歌う「頼みがあるんだ」。しつこいがこの曲の良さはドラムにこそある。全編でタムとスネアが絡み合って、微かに聞こえるタンバリンもとてもいいアクセントになっている。後半には逆ギレのギター・パートもあったりして、歌も勿論グッド・メロディだが演奏が素晴らしい。

5.This House is a Circus

不安な予感を煽るようなギターリフ。ドラム入りのフィルも完璧。前半に頻繁に入るトコトコとしたフィルも良い。構成についてだがちょっと妙な感じなのだ。ヴァース1→ヴァース2→間奏→ヴァース3→ヴァース2⇨ヴァース1というようにあまり聴かない構成をしている。聴きどころは冒頭のギターリフとベースの絡み合い。中盤にはこのアルバムらしい新たなリフも出てきて、飽きない楽曲となっている。まずタイトルがかっこいいじゃないですか。

6.If You Were There, Beware

B面ハイライトと言って差し支えない曲。それほどまでにこの曲は作り込まれている。激しいイントロから一転メロウな雰囲気を漂わせてボーカルが入る。1ヴァース目を終えると2ヴァース目で同じボーカル・メロディなのにベース・ラインが変わるところや、ギターが新たなコードを聴かせてくるところが憎い。2分36秒からの展開は圧巻だ。全楽器が音の塊となってグルーヴィーに演奏される。そしてどこかワルツ調を感じさせる不穏な旋律の中で歌が入り、ラストには再度イントロの演奏が入ってくる。お得意のパターンだが、やはり美しい。

7.Old Yellow Bricks

一聴すると凡庸なギターリフだ。しかしどうして、聴けてしまう。その要因を探ってみようと思う。まず一つにボーカル・メロディの美しさ、その次に時折鳴り響くコードの音の良さ、そして1分37秒からのグルーヴ、これに尽きる。このリフからこの展開は予想できまい。最後にはこのリフの虜になってしまうという構造だ。うーん、見事。ちなみに日本の某バンドがこの展開を真似ようとしていたが、残念ながらリズム隊が追いついていなかった。


以上が主な楽曲考察だ。前作との違いとして有効にタムが使われていること、ハイハットが多用されていること、リヴァーブが大幅に解禁されていることが特徴かもしれない。また本作でも一部音圧を上げて展開したする場面があるが、それは前作でやったような「ヴァース→コーラス」のヒエラルキーを生むために使用されていないところがポイントだ。あくまでもグルーヴで聴かせるという心意気が前作以上に感じ取れる。私感だが本作はパブリック・イメージ・リミテッドの『フラワーズ・オブ・ロマンス』に強力なリフが追加されたような作品だと思っている。バスとスネア以外の太鼓を多用していること、リズム重視のアルバムであることから上記の結論に辿り着いた。次回は世間でいうところの問題作、3rdアルバム『ハムバグ』について解説していこうと思う。


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