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アークティック・モンキーズはなぜすごいのか!?シリーズ⑦<2018年宇宙の旅6thアルバム『トランキュイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』>

リリース年は2018年。『AM』をリリースした2013年以上にロック・バンドにとっては辛い時代だった。ヤング・サグやフューチャー、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマーなど挙げればキリがないほどにラップ・ミュージックとR&Bの時代だった。そんな中、あのアークティック・モンキーズがアルバムをリリースするというニュース。前作から5年というアークティック・モンキーズ史上最長のブランクを経ての新作だ。『AM』にて見事に時代を反映させたサウンドにアップデートした作品を繰り出したアークティック・モンキーズがこの時代に何をするのか。もはやコ・ライトによるソング・ライティングが普通の時代。注目されるのは当然のこと。まさかのトラップに挑戦か?などと考えたりもした。

本作は初めて先行曲がないアルバムだ。というのも、厳重に情報漏洩対策がなされたアルバムで、リリースされるまで誰も何も知らされない作品だった。唯一の情報はこちらのティザー動画。


これは更に謎を強くする動画だった。謎の機械が回転してる上で不思議な音色が流れているだけ。そして誰にも予想できなかったアルバムは、まさしく誰にも予想できるはずもなかった内容に仕上がっていた。まずマット・ヘルダースのドラムについてだが、過去にあった特徴が跡形もなく消え去っている。次にギター・リフやアルペジオもほぼ無くなった。アレックス・ターナー曰く、この時点でギターが何かしらのインスピレーションを与える楽器ではなくなったことから、ピアノを中心に曲作りを開始したらしい。また歌い方も更に変化し、艶っぽく大人びた発声をしており、ルックスもまた変わった。

これまでの作品は、新しいことに挑戦しつつも過去作で培ったスキルやサウンドをアップデートさせたものだったりしたが、本作においては完全に白紙から作ったような印象さえ受ける。参照点が見出しにくいのだ。それほどまでに聴いたことがないサウンドに満ち溢れている。BPMはさらに下がり、4人だけでは再現できない曲に満ち溢れている。

本作は『ハムバグ』以上にスルーされている気がする。しかし本作もまた過去の傑作群に並ぶ作品であることを強く言いたい。過去作に必ずあったフックの効いた曲が少ないのは否めないが、2018年という時代に果敢に挑戦したアレンジやサウンド・プロダクションがここにはある。それでは各論に入ろうと思う。


1.Star Treatment

イントロがかっこいい。ところどころでイントロが繰り返されるところも最高だ。スネアの音色が過去と大きく変わり、膨らみのある柔らかなサウンドに仕上がっている。最初の歌詞が非常に印象的で、「俺はただストロークスの一員になりたかった/それが今じゃこのザマだ」といった感じ。アレックス・ターナーが私的なことをストレートに歌詞にしたのは、この曲が初めてではないだろうか。アークティック・モンキーズは初期にもTV番組でザ・ストロークスのカバーをしているが、この時期はライブのセットリストにも"イズ・ディス・イット?"のカバーが組み込まれていた(しかもそのときにはまたルックスが変わり坊主頭になっている!)。ポエトリー・リーディングにも近いようなボーカリぜーションだが、ギリギリのところでメロディを紡いでいる。この曲ではもはやギターはほとんど鳴っていない。それに代わってピアノとシンセサイザーがリードしている。BPMはグッと下がり、ドラムもシンプルだが、それでもグルーヴは失わずに保っている。その要因はきっとベース・ラインの妙にあるだろう。


2.One Point Perspective

こちらもピアノとシンセサイザーがメインで引っ張る曲。その分ギター・コードが鳴らされる瞬間が映える。1分55秒で現れるギター・ソロもとてもかっこいい。ドラムはバスとスネアをメインに淡々と8を刻んでいき、金物は最小限に抑えられている。その上をベース・ラインはぐいぐい動く。この曲の功労者もベーシストのニック・オマリーだ。コーラスらしき箇所は一回出てくるのみで、ほとんどがヴァースの繰り返しで構成されている。ボーカル・メロディとシンセサイザーが美しく、何度でも聴ける曲に仕上がった。歌い過ぎておらず、隙があるところもポイントだ。

3.American Sports

相変わらずピアノとシンセサイザーがメインの曲。「ワン・ポイント・パースペクティブ」とセットの組曲のような感じがする。ピアノのメロディが美しい。時々バリトン・ボイスのような歌い方を織り交ぜるあたりがかっこいい。ヴァースが延々と続くような曲でミニマルな構成だ。

4.Tranquility Base Hotel & Casino

アルバム・タイトル曲。怪しいギター・コードで幕開け。基本的にイントロのコードの循環で、この曲もまたミニマルな構成だ。ヴァース・コーラス形式に1つのブリッジがあるのみで、非常にシンプルである。このアルバムでは珍しくドラムが若干跳ねている。ニック・オマリーのベースはこの曲でもグイグイ動く。最初のコーラスが終わった後、気づきにくいが、ベースに合わさるシンセサイザーもかっこいい。

5.Four Out Of Five

ここにきて新しいリズムの挑戦だ。ここでは聴いたことのないリズムとボーカルのセッションがある。ミュートされたギターとドラムが絡み合い、その上をボーカルが滑らかに進んでいく。中盤からはミュートが解放されファズのかかったギターに取って代わる。このリズムの組み立てはこれまでのアークティック・モンキーズではされてこなかった試みだ。しかもグッド・メロディときた。コーラスで鳴らされるギターのコードとアルペジオ の折り混ぜは本当に美しい。バックのファルセット・コーラスもいい。

6.The Ultracheese

3連リズムのバラッド。ピアノがメインで進行する曲で"No.1パーティー・アンセム"にも近いものがある。アレックス・ターナーの歌をじっくりと堪能でき、まるで50〜60年代の曲のような雰囲気だ。コーラス部分が終わるところに毎回仕掛けがあるのだが、2分32秒から3連のリズムが急に8を刻むところがこの曲の最高の瞬間。一瞬でその8ビートが終わるところが素晴らしい。直後に来るミュートされたギターもまた愛おしい。アルバム最後にふさわしい、とてもロマンティックな曲だ。


本作は基本的にはヴァース・コーラス形式の非常にロックンロールのフォーマットに沿ったソング・ライティングである。そのせいかこれまでのような冒険心というよりは、どっしりと据わった印象を受ける作品だ。そして実は『サック・イット・アンド・シー』並に歌のアルバムでもある。この作品を失敗作と呼ぶ人もいるだろう。しかしながら、2018年にこのサウンドで、過去の蓄積を捨てて、ここまで挑戦的な作品を発表したロック・バンドが他にいただろうか。2018年に対するロック・バンドとしての回答がこれで正解なのか、執筆時の2022年でもまだわからない。それでも、この野心は評価すべきであるし、もっと言うなら"まだまだ変化すること"をアークティック・モンキーズは証明したと言えるだろう。


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