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アークティック・モンキーズはなぜすごいのか!?シリーズ⑥<1stアルバムを凌駕する傑作5thアルバム『AM』>

1stや2ndアルバムで成功したバンドにはつきまとう呪いがある。それは最新作を出すたびに出る「で、結局のところ1st、2ndより良いの?」という問いだ。最も有名な例がオアシスやウィーザーだろう。もしかしたらザ・ストロークスもそうかもしれない。事実1stアルバム、もっと言えばシングルだけの成功だったいわゆる一発屋バンドも少なくない。

このアークティック・モンキーズも例外ではない。最新作で毎回新たな挑戦をして傑作を作ってきた彼らだが、「結局のところ1stが一番」 という1stアルバムの呪縛はつきまとってきた。更に言えば3rdアルバム『ハムバグ』で離れていったファンもいただろう。そしてついにその呪縛から名実ともに解き放たれる傑作が誕生した。その名も『AM』。自らのイニシャルをタイトルにするあたりからもその自信が伝わってくる。

『AM』は前作『サック・イット・アンド・シー』のサウンドをほとんど放り投げている。今作に近い彼らの作品を無理矢理挙げるのならば、それはきっと『ハムバグ』になるだろう。当時非難も受けた『ハムバグ』のヘヴィ路線に再度突き進んだものになり、見た目も黒の革ジャンにリーゼントときた。トップ画像を見てほしい。しかもこの頃メンバーはLAに移住していたそうで、既にイギリスのインディ・ロック・バンドとは言えなかったのではないかと思う。

本作がリリースされたのは2013年。ロックンロールはやや沈んでいた頃でドレイクを筆頭にR&Bやラップ・ミュージックが盛り上がってきた頃だ。そんな中バンドは何をすればいいのか、そんな問いが付き纏っていた中アークティック・モンキーズが出した回答は、R&Bをバンドに吸収させるというスマートなものだった。主にボーカリゼーションにその影響は色濃く、歌い回しが変わったし、ファルセット・コーラスも多用されている。そこにブラック・サバスのヘヴィなリフを加えてできたのが『AM』だ。

「R&Bを吸収させる」とさらっと書いたが、これはどのバンドも挑戦してきたことだ。今振り返るとアークティック・モンキーズはサウンドの取り込みを本当に自然とやってのけるバンドだとつくづく思う。「ヒップホップをバンドに取り込む」というテーマは90年代からつきまとっていたテーマだったが、1stアルバムでそれを難なくやってのけ、今作ではR&Bときた。何かのハイブリットという点においてスタイルは違えど、レディオヘッドととも近いかもしれない。

当時アークティック・モンキーズはドレイクの"ホールド・オン、ウィー・アー・ゴーイング・ホーム"をカバーしているのだが、これが息を呑むほどに素晴らしい。正直本家を凌駕していると言っていいほどだ。本家とカバーの両方を貼っておくので是非聴き比べてみてほしい。もしこのカバーが『AM』に収録されていたら、ベスト・トラックだったかもしれない。


また本作はシンプルにソング・ライティングの充実度の高さも傑作たらしめている要因と言える。上記のようにR&B云々の見方もあるが、楽曲そのものが良いのだ。これは『サック・イット・アンド・シー』で培った「いい歌のためのソング・ライティング手法」が結実したのかもしれない。

それでは重要曲の解説に入ろうと思う。

1.Do I Wanna Know

ファットなバスとスネアが鳴り響く。『ハムバグ』期ので培ったギター単音リフはスロウになり、確かにドラムとベースに絡み合っていく。アレックス・ターナーの出だしの歌詞はこんな感じ。「顔色いいけど頬紅でも付けてんのか?」。最高にクールな歌い出しだ。他メンバーのファルセット・コーラスも良い具合に曲のアクセントになっている。この曲でマット・ヘルダースはこれまでのような叩きをせず、バス、スネアと最小限の金物で全編進む。フィルは一切無しだ。この曲の聴きどころは3分4秒からの極太のリフとボーカル、ファズがかったコーラスが絡み合う瞬間にある。これまでのアークティック・モンキーズだったら絶対にダンサブルに仕上げているであろう曲だが、本作においてはそれを拒否している。当時のツアー中オープナーとしてよく使われた代表曲。

2.R U Mine ?

アレックス・ターナー曰く、この曲ができたことで本作の方向性が固まっていったとのこと。要は新しいグルーヴとメロディを模索していたのだろう。ドラムとギターの絡まりは正直無理矢理感がなくはない、力技だ。だがアークティック・モンキーズは力技で聴かせることには長けている。"ホエン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン"を思い出して欲しい。あれも力技のなせる曲だった。この曲はどこかブラック・サバスの"ラット・サラダ"を思わせなくもない。2ndの頃の荒々しいドラムと太い単音リフが絡みつく曲。この曲もファルセット・コーラスが彩りを付けており、単なるハード・ロッキンな楽曲ではない仕様になっている。アンコールの定番曲でファンにも人気な曲だ。2分17秒からの各楽曲によるブレイクがかっこいい。

3.One For The Road

ミュートされたギター・リフとファルセット・コーラスが印象的な曲。的確なところで解放されるギターがいい演出を果たしている。後半のギター・ソロも聴きどころだ。序盤はベースとドラムをメインに進んでいき、徐々にディレイがかったギターが絡まっていく様が美しい。最後に新しいボーカル・メロディが出てくるところもかっこいい。この曲を聴けば、これまでのアークティック・モンキーズと違うことがすぐわかるだろう。

4.Arabella

イントロから渋い。最小限の音で刻むゆったりとしたグルーヴ。コーラスは大胆にもブラック・サバスの"ウォー・ピッグス"からガッツリ引用ときた。そう、ポップ・カルチャーとは引用の連なりである。それにしてもここまで大胆に引用するのはアークティック・モンキーズ初かもしれない。ライブではご丁寧に本家ブラック・サバスのリフ後の展開も披露している。コーラスでもドラムは抑制が効いており、ヘヴィなギター・リフが展開される。ここまでの4曲は無敵だ。


5.No.1 Party Anthem

「1、2、3、4...」とアークティック・モンキーズ史上最高のバラッドが始まる。ワン・ナイト・スタンドについて、ピアノを中心にアレックス・ターナーがロマンティックに歌い上げる。コーラス部分で出てくるギターのアルペジオが狂おしいほどに美しい。今作で唯一『サック・イット・アンド・シー』のソング・ライティングにも近い曲で、その最上級と言っていい。

6.Why’d You Only Call Me When You’re High ?

最もR&B色が強い曲がこれではないだろうか。ベース・リフを中心に組み立てられた楽曲でメロディの譜割も新鮮だ。コーラス部分ではファルセット・コーラスとアレックス・ターナーが一緒に歌っていて、聴いていてとても気持ちいい。リフ中心に組み立てられた構成ということもあり、実は1stや2ndアルバムのソング・ライティングにも近いのだが、ここまでスロウなBPMでかつ音を極限まで抜いたグルーヴを生み出すことはかつてのアークティック・モンキーズではできなかった。2分41秒という尺も素敵。名曲。MVも楽しいので視聴の価値あり。

7.Snap Out Of It

冒頭からファルセット・コーラスが大活躍。コーラス部分のメロディが非常に美しい。ドラムも変わらず抑制が効いていて、とても過去に荒ぶった叩き方をしていた人とは思えないほどだ。ギターでなくピアノで刻んでいるところも、柔らかな和音を生むことに成功していて素晴らしい。ヴァースのアレンジがどんどん変わっていくところも聴きどころ。名曲。

8.Knee Socks

イントロのギターからもうグッと掴まれる。ベースとドラムはミニマルに同じフレーズを繰り返すのだが、上物のギターとボーカル・メロディで引っ張っている印象がある。2分33秒のブレイクから後半に向けたコーラスは鳥肌ものだ。全編に渡ってグッド・メロディの応酬である。名曲。


本作はほとんどの楽曲でバスとスネアを中心としたドラム運びのみでグルーヴを生み出すことに成功している。またギターに関してはコードが出てくることがほぼなく、ベースやバス・ドラムを中心とした低音で屋台骨を支え、ギターは伸び伸びと動けている印象がある。歪んだギターのフレーズが出入りするタイミングがどの曲も的確で、出てくる回数は少ないのだが、非常に印象に残る演出を果たしている。音圧で勝負してた2ndの頃とは全く違い、ここには大人然とした余裕のある風格がある。歌とリフの両方が大活躍していて、これまでの集大成感もある作品だ。どの曲もグッド・メロディだしグルーヴィさも失っていない。さて、次はほとんどの人がスルーしたであろう6thアルバム『トランキュイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』について解説していこうと思う。


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