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Tribute to RAS DASHER――齋藤徹史(REGGAELATION INDEPENDANCE)、1TA(Bim One Production)インタヴュー

2021年4月、90年代以降の日本のレゲエ・シーンにおいて強烈な存在感を発揮してきたひとりのシンガーがこの世を去った。彼の名はRAS DASHER。90年代前半にはMIGHTY MASSAを中心に結成されたルーツレゲエ・バンド、INTERCEPTORに森俊也、LIKKLE MAI、井上青、秋本武士など後にシーンの核を担うことになる面々と共に参加。90年代半ば、MIGHTY MASSAが始動させたニュールーツ・スタイルのサウンドシステムでマイクを握ると、90年代後半には満を持してルーツレゲエ/ダブ・バンド、CULTIVATORを結成。『BREAK OUT FROM BABYLON』(2001年)、『VOICE OF LOVE』(2003年)という傑作を残した。その後はKILLA SISTAやmomonjahと関わりながらシンガー/ダブエンジニアとして活動。震災以降は富山へ移住し、時流に流されないマイペースな活動を続けた。

2022年10月14日、そのRAS DASHERのトリビュート・イヴェントが東京で開催される。合わせてCULTIVATORの傑作『VOICE OF LOVE』が初アナログ化。シーンの先頭を常に走り続けたRAS DASHERが果たしてきたものとは何だったのか。CULTIVATORの元メンバーであり、RAS DASHERとも交流が深かった齋藤徹史(REGGAELATION INDEPENDANCE)、『VOICE OF LOVE』をアナログ・リリースするRewind Dubsの1TA(Bim One Production)に話を聞いた。

インタビュー・文/大石始
写真提供/齋藤徹史

●シーン黎明期における存在感

――齋藤さんがRAS DASHERさんの存在を知ったのはいつぐらいですか。

齋藤「下北沢のクラブ『ZOO』で長井さん(MIGHTY MASSA)が『ZOOT』っていうイヴェントをやってたんだよね。そのときDROPSっていうスカバンドのゲストとして歌っているのを観たのが最初かな。めちゃくちゃ格好良くてね。こんな人いるのかという衝撃があった」

1TA「カリスマ性があった?」

齋藤「うん、すごくあった」

――それが90年代初頭のことですよね。RAS DASHERさんはその前、スカバンドにいたとか。

齋藤「ダイさん(RAS DASHER)から聞いた話だから詳しいことはわからないんだけど、DIBBI DIBBI DOWNBEATっていうスカバンドでトランペットを吹いていたと言ってた。トランペットを買いにお茶の水の楽器屋に行ったら、そこで働いてたのが森俊也さん(後のCULTIVATORほか)で、何年後かにバンドメンバーとして紹介された時に再会して驚いたっていう話も聞いたことがある」

――そのころはまだ歌っていなかった?

齋藤「そうそう。ジャマイカだかロンドンに行ってから歌い出したんだと思う。ジャマイカではジョニー・クラークとも交流があったらしいよ」

ZOO〜SLITSの証言集『ライフ・アット・スリッツ』(P-Vine BOOKS)

――下北沢のクラブ「ZOO」は92年末に「SLITS」としてリニュアルオープンし、95年末に閉店しますが、その歴史は『ライフ・アット・スリッツ』という証言集にまとめられています。そちらによると「ZOOT」の第1回目が開催されたのが90年5月1日。主要出演者はMIGHTY MASSA、DJ TOMO、DROPS。93年12月21日に「HOUSE OF ROOTS」と改名し、94年12月27日に最終回が行われた、と書いてあります。

齋藤「俺は91年の秋からロンドンに行ってて、滞在中にジャー・シャカのサウンドシステムを体験して衝撃を受けちゃってね。それまではスカやロックステディが好きだったんだけど、ルーツのレコードも集めるようになって。長井さんが働いていた新宿のレコードショップ『ORANGE STREET』に通い出して、その流れで『ZOOT』に遊びに行ったんだよ」

――「ZOOT」ではルーツレゲエやダブがかかっていたわけですよね。そういったイヴェントは当時少なかったんじゃないですか。

齋藤「そうだね。80年代後半から90年代初頭はダンスホールが主流だったし、オールディーズのレゲエはあっても、ブリティッシュスタイルのヘヴィーなルーツレゲエをガッツリかけるイヴェントは『ZOOT』しか知らなかった」

――だからこそ、「ZOOT」にはいろんな人が集まってたと。

齋藤「そうだね。聴いたことがないようなレアでキラーなスーパーチューンがたくさん聴けたし、当時同世代の20代前半がたくさん来てて、ある部分ではかっこいい音楽を教えてもらっているような感じもあった」

――「ZOOT」に集まる面々によってルーツレゲエ・バンドのINTERCEPTORが結成されます。CULTIVATORとDRY&HEAVYというふたつのバンドの母体になったという意味でも重要なバンドですよね。

1TA「デニス・ブラウンのカヴァーをやっていたという話は聞いたことがあります」

齋藤「やってたね。ジョニー・クラークとかアグロヴェイターズのカヴァーをやってた。そのころは俺も長井さんに誘ってもらってDR.BIRDSっていうスカバンドに入ってたんだよ。笹間くん(後のCULTIVATOR、現・山頂瞑想茶屋)やMAIちゃん、森さん、COOL WISE MANのメンバーもいた。でも、長井さんはルーツレゲエも好きだったし、ほぼ同時進行でINTERCEPTORを始めたんだと思う」

――INTERCEPTORの後期には秋本(武士)さんや力武(啓一)さんも加わりますね。

齋藤「INTERCEPTORは何度かメンバーチェンジがあって、INTERSEPTOR2になったときに、秋本さんや力武さんが入って音がガラッと変わった。長井さんもサウンドシステムを始めていたし、システムでプレイされているようなディープな曲をバンドでダビーに演奏していた」

――それが90年代中盤。同じころ、長井さん(MIGHTY MASSA)とRAS DASHERがニュールーツ・スタイルのサウンドシステムをスタートさせます。サウンドシステム・シンガーとしてのRAS DASHERさんは齋藤さんにとっても衝撃だった?

齋藤「いやー、もう、こういう感じ(と拳を上げる)だね(笑)。ニュールーツ・スタイルのオリジナルをかけながらその場でダブをやり、マイクを握って歌うというジャー・シャカ・スタイルでやってる人たちは日本では他にいなかったんじゃないかな。ふたりともきっかけはジャー・シャカのサウンドシステムだったと思うよ」

――RAS DASHERさんは『ライフ・アット・スリッツ』のなかで「92、3年ごろはみんなそれぞれがイギリスに行って、ジャー・シャカ・スタイルのルーツ・レゲエにやられて帰ってきたんですよ」と話してますね。

齋藤「俺もロンドンで観て衝撃を受けたわけだしね。それを日本で実現しちゃうというのがすごいよね。憧れで終わりかねないところを形にするという。マイクを握るダイさんを観てても日本人を観てる感じがしなかったよ。90年代後半は世界的にニュールーツが広がっていった時代でもあるよね?」

1TA「そうですね。アバ・シャンティ、アイレーション・ステッパーズ、ディサイプルズらがわっと出てきたこともあって、UKからヨーロッパ各地に盛り上がりが飛び火していったのがこの時代ですね。同時期に長井さんやDASHERさんも始めたという」

齋藤「ダンスホールがトゥマッチな感じになってきて、ルーツに帰ってる感覚はあった。だけど70年代のルーツみたいなものじゃなくて、もっとモダンなものというか」

――97年にはRAS DASHERさんをフィーチャーしたMIGHTY MASSAさんの12インチ「OPEN THE DOOR/LOVE WISE DUB WISE」が出ます。RAS DASHERさんとしては初のリリース作品となるわけですが、あれが当時のMIGHTY MASSAさんのサウンドシステムの雰囲気?

RAS DASHERをフィーチャーしたMIGHTY MASSAの12インチ
『Open The Door / Lovewise Dubwise』(Dest Roied Hi-Fi)

齋藤「そうだね。オリジナルを作らないと意味がないということは言ってたから、ついに形になったっていう熱さがあったよ」

1TA「90年代半ば、日本でニュールーツのサウンドシステムをやろうとしていたのは長井さんとRAS  DASHERさんぐらいしかいなかったんでしょうか?」

齋藤「そうそう、あのスタイルはいなかった」

●世界に類を見ないダブのスタイル

2001年にリリースされたCULTIVATORのEP『BREAK OUT FROM BABYLON』(Flying High)

――齋藤さんとRAS DASHERさんのプライヴェートな交流が始まったのはいつごろだったんですか。

齋藤「INTERCEPTOR2がSKA FLAMESの年末公演でフロントアクトをやることになって、そのときにホーンセクションのひとりとして呼んでもらって。そのときに初めてダイさんと喋ったの。ちょっと緊張しながら『よろしくお願いします』と」

――なるほど。

齋藤「そのあと俺はバンド活動からしばらく離れた時期があって、2、3年経ったあと、下北沢でダイさんとバッタリ会ったんだよ。『新しいバンドを始めたから、スタジオに遊びにおいでよ』って言うもんだから、社交辞令と思いながらも後日押しかけちゃったんだよ」

――それがCULTIVATORだった。

齋藤「そうだね。スタジオで練習してるときから凄かったよ。98年ぐらいだったと思う」

――その凄さとはどういったものだったんでしょうか。

齋藤「CULTIVATORは當山(孝史、後のTHE HEAVYMANNERS)さんがドラムを叩いていたんだけど、めちゃくちゃステッパーで驚いた。INTERCEPTOR2から全体の演奏がアップデートされてたし、研ぎ澄まされていたんだよね」

――ニュールーツの感覚を落とし込んだバンドサウンドだった?

齋藤「そうそう。かなりダビーなんだけど疾走感があった。ステージではダイさんの横に小さなテーブルがあって、それぞれの楽器の音をミックスするためのミキサーが置いてあって。ダイさんは歌いながらリアルタイムでダブミックスしていくんだよね。そのミックスされた音をPAにダイレクトで送っていた。楽器の音の一部をダイさんのもとに集約してたんだよ。そんな音作りをしてるバンドなんていなかったね」

1TA「それは世界的に見ても例のないスタイルですよね」

齋藤「いろいろ試行錯誤したんだよ。俺らホーン隊もエフェクターを踏みながら演奏したこともあったんだけど、どうも集中できなかったり、あんまり上手くいかないからそこは任せるかと」

――RAS DASHERさんはシンガーであり、ダブエンジニアでもあったと。

齋藤「そうだね。ダイさんはCULTIVATORの後もいろんな形で活動していくけど、音作りに関してはものすごくマニアックな人だったね」

――1TAくんがRAS DASHERさんの存在を認識したのはいつごろですか。

1TA「CULTIVATORが始まってからですね。僕はRUB-A-DUB MARKETと仲が良かったんですけど、CULTIVATORとRUB-A-DUB MARKETはレーベルが一緒で、そのつながりでライヴを観に行ったのが初めてです。その前にE-MURAさん(RUB-A-DUB MARKET~BIM ONE PRODUCTION)が(CULTIVATORの初音源である)〝Promise Land〟(2000年)のレコードをかけてたんですよ。『この曲、めちゃくちゃいいですね』という話をしてました。〝Promise Land〟とCULTIVATORのファーストアルバムである『BREAK OUT FROM BABYLON』が凄すぎて、自分にとってはルーツレゲエを掘るきっかけになったアルバムだったんですよ」

――アップデートされたルーツレゲエだったからこそ、ダンスホールのセレクターをやっていた1TAくんにも刺さるものがあった?

1TA「それはありました。『BREAK OUT FROM BABYLON』の當山さんのドラムってミリタントビートな感じじゃないですか。ああいう戦闘的なドラムはあまり聴いてなかったし、攻撃的でクールな音に驚きました。それまでのルーツレゲエのイメージはワンドロップのゆったりしたリズムだったので。若いころの自分にとっては新しい扉を開いてくれたような感覚がありましたね」


●『VOICE OF LOVE』の衝撃

2003年3月にリリースされたCULTIVATORの『VOICE OF LOVE』(Flying High)

――そして2003年に傑作『VOICE OF LOVE』が出ます。当時のバンド内のテンションはどんな感じだったんですか。

齋藤「めちゃくちゃ高かったんじゃないかな。当時はスカのシーンも盛り上がっていたし、レゲエ全体が盛り上がっていて自分たちも世の中に少しずつ認識されてきた。なによりライヴの反応も良くてね。2001年にはフジロックにも出たし、俺たちも何かできるんじゃないかと思っていた。メンバーみんな熱かったし、俺も熱かったと思う」

――『VOICE OF LOVE』は今回1TAくんが立ち上げた新レーベル「Rewind Dubs」からヴァイナル化されるわけですが、どのような経緯でこの作品をリリースすることになったんでしょうか。

1TA「リリースまでの経緯を話すと少し長くなっちゃうんですけど、いいですか?」

――もちろん、どうぞどうぞ。

1TA「自分の活動のコンセプトのひとつに『身の回りの音楽やカルチャーを海外に発信する』というものがあるんですね。5年ぐらい前、BIM ONE名義で国産レゲエ~ダブのミックスをSoundcloudにアップしたんですよ。そのときにCULTIVATORの〝HEAR THE VOICE OF LOVE〟も収録していて、やっぱりいい曲だな、と」

https://soundcloud.com/riddimchango/riddim-chango-podcast03-jp-rootikal-dub-essential-mix-by-bim-one-prodcutions

1TA「そのあと、E-MURAさん経由でRAS DASHERさんからアルバムのデモを送ってもらったことがあったんですよ。そのなかに〝HEAR THE VOICE OF LOVE〟のステッパー・ヴァージョンも入ってて。自分たちでも出したいなと思ってたんですが、そうこうするうちに岐阜のI WAH RECORDSからリリースされることになって。同じころにUndefinedがDASHERさんと曲(〝Into The Light〟)を作ったりと、ここ数年、身近なところでDASHERさん再評価の動きが起きていたんですよ」

――確かにそのムードは感じていました。

1TA「以前CDでしか出ていなかった国産のダブ~レゲエ作品を今、その存在を知られていない海外や若い世代に向けて出していくべきだなと考えていたときにDASHERさんが亡くなっちゃったんですね。自分は何ができるんだろう?と考えたとき、『VOICE OF LOVE』をレコードで出すしかない、と。それで笹間さんと齋藤さんに相談させてもらったんです」

――近年RAS DASHERさん再評価が起きた理由は何だったのでしょうか。

1TA「UKやジャマイカ以外のダブを掘り起こそうという世界的な流れもあって、偏見なくDASHERさんの音が捉えられる状況ができてきたとは思うんですよ。CULTIVATORにしても世界的に見てもユニークな音だと思いますし。ただ、当時リアルタイムでCULTIVATORをプレイしていたセレクターもヨーロッパにいたみたいですけどね。そういう土台は2000年代からあったと思います」

『VOICE OF LOVE』リリース時のCULTIVATOR。右から3人目がRAS DASHER、その左が齋藤

――ちなみに齋藤さん、CULTIVATORは海外で活動しようという計画はなかったんですか。

齋藤「DRY&HEAVYがヨーロッパツアーをやってて、めちゃくちゃすごいねえ!とみんなで話してたし、憧れはあったよ。力武さんはDRY&HEAVYでもCULTIVATORでも弾いてたから、なおさら」

――ただ、海外進出が目標ではなかった。

齋藤「うん、そうだね。他のメンバーがどう思ってたかわからないけど、俺はまずトロンボーンをうまくならなきゃいけなかったから(笑)。ダイさんとも『CULTIVATORで海外ツアーしよう』というような話をした記憶はないな。通用するとは思ってただろうけど、ダイさんも海外進出を目標にしていたわけではなかったと思う。『ルーツレゲエのメッセージは全世界の人が大切にしなくちゃいけないことを歌ってるんだよね』とも言ってた」

――それよりも自分たちの音をつきつめることに力を入れてた?

齋藤「そうだろうね。俺は仕事終わりの夜中に地味に多摩川で練習してたの。そこにダイさんがつきあってくれるようになってね。それでしょっちゅうセッションして遊んでた。その時に作った曲が〝AKA-HIGE〟とか〝FREEDOM OF REALITY〟だった(どちらも『VOICE OF LOVE』収録曲)」

1TA「いい話ですね」

――うん、いい話。

齋藤「そのころは外に楽しみを求めるよりも、自分たちのことをやるほうが楽しかったよ。ジャー・シャカやMIGHTY MASSAもそうだけど、サウンドマンたちはみんな自分たちの音源を自分たちでプレスし、システムでプレイし、そのレコードを売っていたわけじゃない? インディペンデント。CULTIVATORでもそれができるといいなと思っていた」

――CULTIVATORは『VOICE OF LOVE』を出した翌年にあたる2004年に活動休止するわけですが、バンド内の方向性がバラバラになってきた?

齋藤「いや、そういうわけではなかった。それぞれの事情があって、集まれなくなってきた。そのころ、ダイさんはマキコちゃんと知り合って。彼女はいろんな楽器をプレイできたし、センスも近かったのかもね。それで彼女を中心とするバンドとしてKILLA SISTAが始まるんだよね」

――東日本大震災を機にRAS DASHERさんは富山へ移住します。富山が地元だったんですか?

齋藤「いや、血縁がいたわけじゃなくて、震災のあと、東京で生きていくことに対してとか、娘のマリカちゃんのことも考えて移住先を探して辿り着いたのが富山だったみたい」

――momonjahやKILLA SISTAでの活動はともかく、そのへんのことって東京にいると少し見えにくかったんですよね。

齋藤「そうだよね。いろんなサウンドシステムのダブプレートを録音したり、自分で打ち込みの音源を作っていても、東京にライヴで来ることはなかったからね。そのころの何曲かは送ってもらったよ。富山に行ってからも作り続けてはいたのは知ってた」

――齋藤さんに送ってきた曲はどんな感じでした?

齋藤「かっこよかったよ、ダイさんらしかった。リズムやベースの重さとかもすごいけど、俺はダイさんの作るメロディーがすごく好きでね。どこか東洋的なとこもあったり、ルーツレゲエマナーで泣きのあるところがね。しかもあの声でコンシャスなリリックを歌っていて。かっこいいに決まってる」

――聴いてみたかったですね。

齋藤「こんなものができてるのに、なんでリリースしないの?と思ってた。イヴェントのたびにダブプレートとして音源を作り、システムで鳴らし、調整して……という作り方だからね。ダイさんはとことんこだわるんだよ」

1TA「ひとつ思い出したんですけど、DASHERさんからもらったトラックのなかに、オートチューンを使ったものもあったんですよ。ダンスホールでオートチューンを使う人は多いけど、当時ルーツレゲエでやる人ってあまりいなかったですよね」

齋藤「おもしろいよね。斬新だった」

1TA「そういうことを取り入れるのも早かったんでしょうね。レゲエを進化させようという意識が常にあったんだと思う」

――そう考えると、RAS DASHERさんはスカバンドのトランペッターとして活動を始めて以降、常に動き続けてきたわけですよね。音楽的にも決して伝統至上主義の保守派ではなかった。

齋藤「間違いなくそうだね。今の時代に生きている人間としてどう表現するかということを大事にしていたと思う。全然保守派じゃない」

1TA「だからそのころの自分みたいにルーツレゲエに縁のなかった人も引き寄せられたのかもしれないですね」

齋藤「いろんな人を受け入れてくれる優しさもあったし、新しいものや自分とは違う考えも受け止めることができるポジティヴな人だったよ」

●One Blood, One Nation, One Unity and One Love

2001年、フジロックに出演した際のCULTIVATOR

――10月14日のトリビュート・イヴェントはどんなものになりそうですか。

齋藤「一緒に時代を過ごしてきた仲間という感じだよね。MAIちゃんや浜ちゃん(光風&GREEN MASSIVE)はそれこそ下北で遊んでいたころからの繋がりがあるし、CULTIVATORやKILLA SISTAのメンバーも来てくれる。震災以降のダイさんをよく知ってる連中も富山や岐阜から来てくれるし、Undifinedはダイさんをフィーチャーしてリスペクトのあるリリースをしてくれた。E-MURAくん、MALくん、Ja-ge、FLY-TはRUB-A-DUB MARKETとして一緒にフジロックに出たり。出会ったころからだいぶ時間は流れたけど、出演者のみんなそれぞれ思いがあって、『ダイさんのイヴェントなら』って快く出演してくれたんだよね。残念ながら出演できなかったり、来られない人からもすごく応援してもらってるよ」

1TA「DRY&HEAVYの人たちも結構集まりますよね」

齋藤「そうそう、こんなのなかなかないよね。外池さんもソロでライヴしてくれるし、内田くんは光風&GREEN MASSIVEのライヴミックスをしてくれる。秋本さんもINTERCEPTOR2から一緒にやってて、CULTIVATORの母体となるバンドは力武さんと秋本さんとダイさんで始めたんだって」

――それは知りませんでした。そんな秋本さんが今回、DASHERさんのトリビュートに出るというのは熱い展開でもありますね。

齋藤「お互い尊敬し合ってて、親友だったからね。今回MILITIAとして秋本さんと一緒に出演するSAK DUB Iもダイさんと作品をリリースしてたし、OGくんは秋本さんが推薦してくれた。秋本さんがやろうと言ってくれてずいぶん勇気付けられたんだよ」

1TA「そもそも今回のイベントの発起人は齋藤さんと秋本さん、笹間さんという3人だったんですよ」

――そうなんですか。じゃあ、最後になぜこのトリビュート・イヴェントをやろうとしたのか、その理由をお聞きしましょうか。

齋藤「俺は(DASHERさんが亡くなったという)知らせを聞いてから思いつく人に連絡をしなくちゃって思って、CULTIVATORのメンバーや当時の仲間に連絡したんだよ。それぞれやりとりするなかで『これはもう1回やんなきゃいけないな』という話になってさ。『わだかまりとか捨てて、もう一回集まろう』って」

――「やんなきゃいけない」とはどういう思いだったんでしょうか。

齋藤「『ダイさんに感謝の気持ちを伝えたい』というのが最初の思いだよね。でかい音を鳴らして感謝の気持ちを届けたいってね。出会ってからお別れまでのそれぞれの時間に対して、今の自分たちの音をダイさんに届けることしか思いつかなかった。たくさんのサウンドマンからリスペクトされて、繋がりも深い友人もたくさんいて、その中で『何かやってくれ』と言ってくれる人もいたし、背中を押してくれる友達や先輩がたくさんいた。ダイさんはバンド方面とサウンドシステム方面を融合した活動をしていたから、今回のイヴェントではどちらの魅力も見せたかった。1TAくんにはそうとう無理をお願いしちゃったけど(笑)」

1TA「両立できる場所がなかなかなかったんだけど、なんとかLOFTさんが協力してくれることになりました。本当は去年やりたかったんですけど、コロナ禍でタイミングが合わず。今年中にはやりたかったのでよかったです」

齋藤「時間はかかったけど、その間いろんなことを考えたよ。あらためて自分たちがやってきたことを振り返ることができた。出演者のみんなもそれぞれのスタイルでレゲエを追求してきた頂点級のサウンドマンだし、奇跡的なイヴェントになると思うよ」

――今回のイヴェントはDASHERさんのトリビュートであるわけですけど、その先に繋がるものもありそうですね。

1TA「そうですね。今回のイヴェントは『ONE UNITY』がサブテーマになってるんですけど、DASHERさんがもう一度シーンを繋ぎ直してくれてるような感じもするんですよ」

齋藤「ほんと、そうだね。それでこそと思うね」

Voice Of Love - Tribute to Ras Dasher
2022.10.14 Fri 新宿 Loft
Open:18:00~Til Late 27:00

REGGAELATION INDEPENDANCE & Special Guests from Cultivator & KILLA SISTA
MILITIA (SAK-DUB-I x HEAVY)
光風 & GREEN MASSIVE
UNDEFINED
BIM ONE PRODUCTION
LIKKLE MAI (DJ set)
MaL & JA-GE
外池満広 *Live
I-WAH & MARIKA
176SOUND
OG Militant B
山頂瞑想茶屋 feat. FLY-T
And more

Sound System by EASS HI FI
Food:
新宿ドゥースラー
Adv. ¥4,000
Entrance ¥4,500

前売りチケット情報
ZAIKO
https://tokyodubattack.zaiko.io/e/voiceoflove
ローソンチケット https://l-tike.com/order/?gLcode=72177
( Lコード:72177)

INFO:新宿LOFT 
tel:0352720382

●●● Cultivator - Voice Of Love LP先行販売決定●●●
国産ルーツ/Dubの魅力を再評し新たな視点を深堀りするべくスタートするレーベル「Rewind Dubs」が始動!

記念すべき第一弾は、2003年発表のCultivatorの名作CDアルバム「Voice of Love」をLPアナログ用にリマスターした復刻盤!本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった同バンドのフロントマン、Ras Dasherをトリビュートした限定300枚の再発作品である。
Cultivatorは90年代後期~2004年まで日本発のルーツレゲエ/Dubを体現したバンドであり、この時期の日本のレゲエ史、世界のレゲエ史においてもその名を刻んでいる。近年、世界的にも新たに注目されてきているジャパニーズ・レゲエ、Dub作品の重要作、驚愕のクオリティと圧倒的な世界観はジャンルを超えて再評価されるべき一枚である。

One Blood, One Nation, One Unity and One Love…
 
限定300枚の再発作品を10/14 「Voice Of Love -Tribute to Ras Dasher - @新宿Loft」にて先行販売。*一般発売は10/21より
 
試聴リンク: https://soundcloud.com/bimone/sets/rewind-dubs-cultivator-voice?si=037b08447c5048fba3f29b7b00bfcd0e&utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing

プレオーダーはこちら 
https://rewinddubs.bandcamp.com/releases

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