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小説『時間を巻き戻す喫煙所』


「ここもかよ、、、」

世間の目はどんどんと喫煙者に厳しくなってきた。会社から3番目に近い喫煙所の『この喫煙所は○○月○○日をもって-』と書かれた貼り紙を見た後、俺はトボトボと別の喫煙所を探していた。このままだとタバコを吸って戻るだけで休憩時間が終わっちまうなぁ。なんてバカな事を考えながら。

すると目の前のカップルらしき男女が何だかもめているのが見える。

「だから、いつも出る前に確認しなって言ってるでしょ!」

おぉ、美人な姉ちゃんの割にキツい物言いだな。

『「ほんっと!だらしないんだから!!」』


奥まで響いてくる。重い。それでいて透き通る様な音が俺の鼓膜を通り頭の中に突き刺さる感覚。まただ。
俺の出来損ないの脳みそは、何かにつけてこの思い出したくない、それでいて唯一の甘酸っぱい過去を引っ張り出してくる。


『ほんと!ふーくんはだらしないんだから!!』

『もうやめろって!加奈ねぇこそ!そんな口うるさい性格だから彼氏の一人も出来ねぇんだろ!!』

『言ったなぁ!こいつめ!!』


女にしては少し低め、聞き取りやすく、何だか心が落ち着く様な声。なのにいつも大声で怒鳴って台無しにしている。
隣の家に住んでる。ガキの頃から何かとガミガミガミガミうるさい女だ。

年は俺よりも2つ上、中学でも高校でも1年生の俺の教室までわざわざ小言を言いにくる様なお節介な奴だった。
誤解しないで欲しいんだが、別に俺が狙って同じ学校に入ったわけじゃない、毎回、偶々一緒になるってだけだ。
まぁ、大学は、進んでと言うか唆されてと言うか、まあ何だかんだで同じ所に入ったのだが。

うん、まぁ正直に言うと大学を決めた時には好きだった。それでもって、同じ大学に通う事になったら言おうと思ってたんだ。これからは幼馴染みのお姉ちゃんじゃなくて、彼女としてガミガミ言ってくれないかって。これも正直に言うと叶わなかったわけなんだけど。


"菜梨加奈子〈ななしかなこ〉"は声も身長もデカイ世話焼きな女だった。小学生の頃は「ふーくんはちっちゃいんだから!何かあったら私に言いな!」と耳にタコが出来る程言われた。今思うとデリカシーの無い奴だ。年頃の男子に向かって何て事を言うんだ。
怒られた回数なんて数えたら休憩時間どころか終電を逃すぐらいには色々言われたもんだ。

『ねぇ!!!何やってんの!!!!この馬鹿!!!!!』



あぁ、そうだったな
加奈ねぇが泣く程に怒ったのは、俺の頬を強くひっぱたく程に怒ったのは、後にも先にもあれだけだった。

高校3年生、受験のストレスだとかかんとかで、悪い友達に唆されて未成年者喫煙禁止法に触れた俺は運悪く、いや、運良く加奈ねぇに見つかり怒られた。あの時の加奈ねぇは本当に怖かった。いやはや怖かった。金髪リーゼントの鬼も進んで洗濯に向かうぐらい怖かった。

男って言うのは馬鹿なもんで、それがどんな感情であれ女の涙に弱いもんなんだ。
普段とは違った表情にか、自分の事をこれだけ思ってくれる事にか、はたまた吊り橋効果かはわからないが、この時俺は『お酒とたばこは20歳になってから』と『この女性を死ぬまで守り抜く事』を心に誓った。

これも正直に言うと前者しか守れなかったわけなんだけど。


「はぁ、折角の休憩だってのに精神も体力もやられるな、そろそろタバコもやめるか」

こう言うネガティブに入ってる時のタバコは美味くない、本当にただ体に悪いだけの有害な煙なんだよな。意味不明な持論を提唱していると目の前におそらく会社から4番目に近い喫煙所が見えた。

今までの屋外に無造作に灰皿が立てられている喫煙所では無く、ビルの一階にある小綺麗な部屋の様な磨りガラスドアの喫煙所だ。
ラッキー、ツイてるな。これなら3番目が無くならなくても運動がてらに来るに値する。
喫煙者にしかわからない事かもしれないが、自身の肺は真っ黒でも綺麗な空間で吸いたいモノなのだタバコってやつは。


―ガチャッ

外から見た感じと変わらない、綺麗な内装、ここなら当分無くなる心配も無いだろう。
先客と思われる女性に軽く会釈をして今日から休憩中の拠点となる場所の更に一番良い位置取りをする、ん?待てよ?、、、

嘘だろ?

そんな訳がない、意味がわからない、ありえない。

だってお前は、、


『「えっと、、どうかしました?」』

女性にしては少し低め、聞き取りやすく、なんだか落ち着く様な声だった。

面白く無ければいりません!!!!