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キッチンの明かりひとつ(2)

昨晩、貧血が酷くて割れるような頭痛に襲われた。晩御飯はほぼ一口しか食べられず、食欲が無いと言って箸を置くと、顔白いよ、と言われた。そして、そのまま倒れるように眠ってしまった。

翌日の早朝4時半、目が覚めた。そういえば晩御飯を食べて眠る前にも仮眠をとっていたので長く眠れなくて当然なのである。昨日、歯を磨いていないことを思い出した。
洗面台で歯を磨く。歯磨きは好きである。一日に三回磨いてしまうこともある位だ。口の中が汚れていると何だか気持ち悪いような気がしてくるからなのだが。歯を磨きながら、昨日ほぼ何も口にできなかった故のじんわりとした空腹が腹の底を這ってくる。

冷蔵庫を開ける。この前ドリアを作ったときのトマト缶がまだ残っている。そして、古くなって固まったご飯が苦しそうな様子でタッパーに押し込められている。
タッパーを開けて、お椀にスプーンで米を削り取るようにして入れる。優しく先端で解す。意図せず少し入れすぎてしまったか。空腹が無意識に手を動かしたのだ。
上からトマト缶の残りを掛けて、顆粒コンソメを振る。軽く混ぜ、ラップをかけて、電子レンジのボタンを押す。

2分間、電子レンジにかけられているお椀を何の気なしに眺める。トマト缶を入れた縁が顆粒コンソメと混ざりながらふつふつと泡を立ててくる。それが唾液腺を刺激する。

お椀を取り出してラップを外す。辺りにトマトの香りがふわっと広がる。そういや、冷凍庫にピザ用チーズが入っていた。ぱらぱらと振りかけて再び電子レンジへ放り込む。これだけで美味しさが5割増し。

取り出した後に全体をざっくり混ぜる。キッチンの明かりはついたままだが、リビングは暗いままにしてある。まだ5時である。薄らと窓から山の稜線が見えている位の明るさで、殆どキッチン側から差している明かりが机上を照らしているだけである。

リビングのテーブルの前に腰を下ろして、椀をかき込む。少し、トマトの酸味が強い。残ったコンソメを加えてさらに混ぜる。丁度いい塩梅に味がついたところで、ぼんやりとしながら食べ始めた。
前にもこんなことがあった。少し前に、『キッチンの明かりひとつ』というタイトルのブログを書いたことがあった。それに綴られていた時間は、もう少し夜の方であったが、光景は差程変わらない。その時も体調が悪くて深く眠った後に、目覚めて暗闇で梅の茶漬けをかき込んでいたのである。私はこんなふうに一人、暗闇に居るのを好むような暗い人間であるようだ。こういうセンチメンタルな時間を態々綴る位には浸ってしまうのである。それだって別にいい。

気づいたらもう、椀の底が見えている。と共に、トマトの酸味が強くなってくる。トマト缶を電子レンジで温めただけなので、煮込んだときのような甘味はない。上に振りかけていたチーズが底になってなくなったせいでもあろうが、酸味が気になってしまう程に空腹が満たされたことが少し喜ばしくなった。食べられることは、ましてこんなふうに食べる時間に浸れることは、幸福なことなのである。

腹が満たされたので水を汲んで薬を飲む。貧血にはチョコレートが良いと誰かが言っていたのでチョコレートも一粒。殆ど何も食べておらず研ぎ澄まされた舌にはより一層甘味が感じられた。口の中全体が甘くなった所で心の隙間は埋まり、寝床につくことが出来た。しかしやはり寝すぎたせいか目は冴えたままである。そんなこんなで前書いていたブログを思い出し、こんなふうに今の気分を残している。そろそろ外が明るくなってきた頃合いである。今日はこの辺りでもう一眠りしてみることとする。



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