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お父さんに触らないで

はじめに


私が葬儀屋として働いていた約7年間、色んな家族を見てきた。

普通にやっていればそれなりに感謝もされ、良い仕事ではある。

ただ、ひとたびクレームとなれば一般的な業種よりは火消しに苦労することは間違いない。

まずいラーメン屋ならもう行かなければ良い、まずいからと言ってクレームを入れる客も数少ないだろう。

何せ、葬儀はやり直せないのだ。

葬儀屋人生で印象に残った冷や汗モノのクレームを紹介したい。

「先輩、乗ってます・・・」

最近では病院などで亡くなった遺体を直接葬儀会館へ搬送することが多いが
件の当家は故人を自宅へ一度帰らせてあげたいという意向だった。

そういった故人を通夜の日に葬儀会館まで送り届ける業務中、それは起こった。

自宅への迎えは基本2名で行う。
この日はYとその後輩Nで向かっていた。

当家に挨拶を済ませ、故人をストレッチャーに乗せ、出発の準備が整って行く。

その最中、故人の娘さんから「この額縁を式場に飾っていただけないですか?」
との申し入れがあった。

故人は長年警察官として尽力されていたらしく、そういった人達が皇居に招かれ
勲章を授与されることがある。

額縁にはその勲章が大事そうに飾られていた。
(余談だが、こういったモノを預かるのは葬儀屋的には少し億劫であったりする。

破損、水濡れなどあった場合取り返しがつかなくなるからだ。)
「かしこまりました。では、お預かり致しますね。」とYは丁重に車にそれを積み込んだ。

「どなたかご同乗可能ですが、いかがなさいますか?」とYが尋ねると、先程の娘さんが申し出て来た。
「私で良いよね」周囲の家族も黙って頷いていた。

どうやら娘さんの家族内での立ち位置は上の方であるらしい。

故人の配偶者が高齢の際などは、どちらかというと故人の子が主になることが多い。

後輩Nが娘さんを後部座席へと案内する。
「それではご自宅最後の出発となりますので、皆様どうぞご合掌でお見送り下さい・・・」
出発の際には軽くクラクションを鳴らし(田舎なのでそういう風習がある)会館へと向かう。

サイドミラーには合掌した親族たちが見える。それが段々と小さくなっていくのをYは見届けた。

遺族と一緒の車内においては気象の話だとか、故人の生前中の話を無難にするぐらいが丁度良いと故人的には思うが、担当者によって様々である。

後輩Nに関しては助手席でだんまりを決め込んでおり、特に娘さんに話かける必要などない。

時間は正午を少し回ったところであり、この後昼食をどこで取ろうか考えているぐらいのお気楽状態である。

そんな中、事態は急変する。

「いやー、あんな勲章は警察とか消防で長く勤めてたら誰でももらえるモノなんだよ、嬉しそうに持って来られても飾り場所に困るよなー」

運転席でYが言った。

その目は前方を見ていたが、声量は閉め切った車内に響き渡るには十分過ぎるものだった。

Nは何が起こっているのか一瞬固まったが、頭の中は状況整理のためフル稼働していた。そして一つの答えに辿りついた。

ーーー先輩、お客さんを乗せたことを忘れているーーー

Nはなんとかリカバリーを試み、後部座席に見えないようにYに目くばせをして
娘さんが同乗していることをアピールした。

Yも取り返しのつかない状況に気がついたようだったが、状況を打開することはもう出来なかった。

「今仰った事はどういう意味でしょうか?そんな言い方は有り得ないと思います。」

娘さんは声が震え、涙声で静かに、そして激しく怒っていた。

その後の車内は2人とも記憶が曖昧でよく覚えていないそうだった。

その後、寝台車が会館に到着し、故人を後部ハッチからストレッチャーで降ろす段取りになるのだが、その際にはもう娘さんの怒りはピークに達していた。

Yがストレッチャーに手をかけようとしたところ
「やめて!あなたにお父さんを触られたくありません。私の前にもう姿を見せないで下さい!」

当たり前と言えば当たり前だが、こうなってしまってはもうYには何も出来ない。

一旦Nが対応し、事の顛末を幹部に報告。
係長、課長、部長と謝罪にあたり、他の親族の説得もあり何とか葬儀を終えることが出来たが、娘さんの不信感は二度と拭う事は出来なかった。

恐らく今でも思い出してはモヤモヤするだろうと思う。
このクレームに関しては、社内にとどまらず冠婚葬祭の連盟にまで飛び火し、Yは向こう半年程目をつけられていた事を覚えている。

そんなことあるのか?と思うような失敗だが、似たような事は数回見聞きしている。

慣れる事は結構だが、適度な緊張は持って行うべき仕事なのだ。

基本的には皆真面目に仕事をしており、客には喜んで欲しい(怒らせたくない)と思っている。

葬儀屋に対して悪いイメージを持たれるのも良くないのでこれくらいにしておこう。

こういった話は数多くあるので、少しずつ書いて行けたらと思う。

それではまた。












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