必要な空虚な時間

新宿の、、と始めるとまるで椎名林檎の初期の歌詞のようですが、新宿の西口が高校三年生の私は生活圏内でした。

というのも当時〇〇塾新宿校に通っていたからです。
大学受験塾というのは息がつまるところで、浪人生も同じ空間で勉強するとなると現役生は肩身の狭い思いをしないといけないのです。
現役生は制服を着ているから一目瞭然です。しかし浪人生は髪を染め出します。あれを目の前にすると腰が引けた。歳が一つ上で茶髪だというだけで肩で風を切って歩くし、休憩室はカフェラウンジ化するし、黒髪ですっぴんの浪人生をくすくす笑います。(実際そんなことしてないと思うけど)
私はそんな牢獄で放課後も夏休みも冬休みも春休みも自習室に通い詰めました。
まあ、結果として現役では受験戦争に惨敗して「さあもう一年」という結果に終わったのですが。

そんな良き思い出のない塾通いの日々の中で唯一私の気が安らぐ店がありました。
新宿西口のカフェベローチェです。
高校一年生の時に神保町のカフェベローチェに初めて入り、コーヒーゼリーを食べました。
浅いグラスの中に4センチほどのコーヒーゼリーが入っており、その上に注文してからソフトクリームを乗せてくれます。
シンプルイズベストとはこれだと16の私は生意気にも感じたのです。
そんな”シンプル”の良さを求めたくなった高3の私は塾の近くにあったベローチェに向かいます。

お昼の休憩時間や自習室の空気を吸いたくない気持ちが強すぎた放課後はそこで勉強しました。

ベローチェのアイスココアは氷が多い気がするので早く薄まります。なのでなるべく早く飲み切らないといけない。
その間は集中して勉強できないので周囲を見回してどんな人がいるのかなあ、なんて束の間の休息を取っていました。

見渡すとベローチェの客層って不思議で、スタバやタリーズのようなカフェよりも年齢層が高いかと思えば、OLっぽい女性が必死こいて紙に何かを書き込んでいたり、大学4年っぽい人が大学2年っぽい2人に向けて流暢にマルチの勧誘をしていたり、険悪な雰囲気でケーキを一緒に食べている初老の夫婦が何も話さずに私よりも長く居座っていたり。

地下一階にはスタッフルームがあるみたいで扉の奥の寒々としたグレーの空間に、恐るべし茶髪の男女が出入りしているのも見ました。
彼らが制服姿でスタッフルームから出て階段を登ろうとする姿は、男女の垣根なく”仲間!!(^^)”と会える喜びが体現されていて、孤独な高3女子の羨望の的でした。
黒髪クリクリおめめの女子スタッフはやたらと茶髪マッシュの細身男子スタッフを目で追って、レジカウンターでボディタッチが多かったから付き合うのかなあなんて想像したり。それを横目で見ていた茶髪ポニーテールの女性スタッフは黒髪女子スタッフを疎ましく思っているのかなあなんて考えたり。
そんないざこざに巻き込まれたくないけれど、自分も同年代と「エンジョイ」できる放課後を過ごしたいなあ、みんなで旅行行きたいなあ、普通に大学生を楽しみたいなあなんてベローチェのレジカウンターで思いを馳せていました。

いろんな人生を垣間見れるのがベローチェの魅力ですよね。
私も高校を卒業して大学生になったら、ここで友達と例のコーヒーゼリーを食べながら恋の話をしたいし、OLになったら職場から離れて1人で集中できる環境としてここで足組んで髪かき上げてパソコンを打ちたいし、おばさまになったら何も話さなくても気まずくない関係の夫とケーキを食べて、店を出た後「何も話してなかったね」なんて呟きたいなあ、なんてアイスココアを飲みながら思うのです。
流石にマルチには引っかかりたくはありませんでした。



そんな私は高校を卒業してから一度しかその店にはいきませんでした。
なぜなら思い描いていた理想とはかけ離れた方向に向かっているからです。別に闇バイトに手を出して生死スレスレとか、嘲笑していたマルチに自分が引っかかって人生詰んでいたりなどしている訳ではありません。

こうしたカフェで働くと思っていたらカフェインアレルギーだし、”仲間!!(^^)”感あるバイトは明るすぎて疲れちゃうからやっていけないし、コロナのおかげで仲間との大学生!を半分謳歌していし、OLにはまだなっていないし。

でも久々に最近いいことがあったのでかのベローチェを訪れてみました。
アイスココアをちびちび飲みました。

あの時のように怪しい勧誘をしている大学6年みたいな男性がいるし、OLやサラリーマンが眉間に皺寄せてパソコンを使っているし、お爺さんが新聞を読んで背もたれに全ての力を委ねているし、変わらぬベローチェとしての姿がありました。

一方私はあの時に思い描いていた大学生とは全く違う方向に向かって友達も少ないし、あんまり旅行も行けなかったし、チェーンの居酒屋で割り勘して6000円くらいの楽しい時間を過ごしたかった。変わらないベローチェの在り方との乖離で溺れ死にそうな苦しさを感じました。
けれど思い返せば本当に話が合う数少ない友人を得た。いつまでも私と仲良くしてくれる旧友がいることを実感した。行きたいところも増えた。政府による「コロナだから家に居ろ期間」で自分が追求したいと思えるような分野もできた。それでまた数年学生していられることもできる。

これ以上望んだら贅沢だと思われるような環境で大学生を過ごせていたのではないかと感じたのです。

いろんな人間の人生を見て自分の未来に夢を膨らましていた高3の自分には「想像通りにはいかんよ」と告げてやりたいですが、いろんな人の人生を見て未来を想像する無駄な時間もまた必要な無駄なのかもと感じます。

また「気分が良くて」「いいことがあって」「金欠ではない」日にベローチェに行っていろんな人を見て未来を想像したいとさえ思います。
次は就職先が見つかった時かな、、!

気分の良い日でないと実現できないただの想像に気が病みそうですからね。

#このお店が好きなわけ


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