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子宮内膜症になった

今年の冬に初めて婦人科の検査を受けた。避妊用ピルをもらうために婦人科に通ったことはあったが、病気の検査を受けるのは初めてだった。婦人科の病気は若い人にも多いので、何か見つかってしまうのが怖くて行けずにいたのだが、会社の健康診断に子宮頸がん検診・乳がん検診がついていたため、ようやく行くことができた。

診察当日の午後、会社を早退し、指定の病院まで移動する。電車のなかで、診察が終わったら、街で評判のごはん屋さんにでも寄ってみようか、と呑気なことを考えていた。一時間くらいで到着し、受付を済ませ、検査着に着替える。

待合室にOggiとかレタスクラブの最新号が置いてあり、推しのアイドルの記事を読みながら診察の時間を待った。すぐに看護師の方から名前を呼ばれたので、おそるおそる診察室へ入る。

部屋の奥に、骨組みのでかい椅子が置いてあった。座り方を目で読み、書かれているとおりに下着を脱ぎ、汚れ防止の紙の上に座る。機械が座席を持ち上げ、股が開かれた状態で私の身体が持ち上がる。下半身を露出すると、医師の方が超音波の棒みたいなものを膣に入れ、左右をまさぐる。

少し痛いので早く終わって欲しいと思っていたところ、医師の手が止まった。視界の隅で、先生が「おお?」と唸り声を上げている。もしかして、と緊張した矢先、先生が「卵巣嚢腫って言われたことないです?」と言った。

嫌な予感が当たってしまった。一瞬で背筋が凍り、「ないです」となんとか返事したが、動揺は収まらない。棒を抜かれて、促されるままにパンツを履いたものの、なぜか先生の目の前ではなくカーテン越しの椅子に着席する始末だった。様子のおかしい私を見て、看護師のかたが「こっちです〜」と正しい席まで案内してくれた。

改めて先生の前のイスに座り、超音波検査の結果を伝えてもらった。「卵巣が腫れているように見えますので、1ヶ月以内に婦人科の病院で検査を受けてください。卵巣嚢腫とか子宮内膜症かもしれない」ということだった。二次検査が必要なんて相当あやしいのか?と、恐怖で心臓がどきどきしてくる。体が硬直し、一瞬その場を動けない状態だったが、なんとか力を振り絞り、診察室を出た。服を着替え受付に書類を渡す。その場で紹介状を受け取り、病院を後にした。

予定通り、病院の近くのごはん屋さんに入ったが、あまりにも味がしなかった。あれほど楽しみにしていたのに、あまりに呑気過ぎたためか、気分の落ち込みが激しい。何もする気にはなれなかったが、なんとかスマホを持ち、会社には明日休みますと伝えた。気もそぞろで家に帰り、ネットでめぼしい病院を探してみるも、二次検査が初めてなので、病院をどう決めて良いのかわからない。不安が頭をもたげて何も手につかない。見えないところで起きていた病気への恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


本来なら、当日は夕方からライブに行く予定だった。連れ合いの紹介で何度かついて行くうちに、わざわざフェスに出かけたりするくらいに熱心に推すようになっていたアーティストの、約二年間続いたツアーのラストだった。絶対に見に行こうと連れ合いと約束しており、開演の一時間前には渋谷に集合ということになっていた。

病院から気もそぞろで帰宅した頃には午後三時をまわっており、約束の時間まではすぐだった。しかし、化粧したり着替えたり、しなければならない準備が全くできない。行かなきゃ申し訳ないという気持ちで自分を奮い立たせるがうまくいかない。もはや体ごと動かない。何しろ、これまでかかってきた病気(風邪とか水虫とか)とは格が違う病気になっているかもしれないのだ、と思うととてもライブに行ける気分ではなかった。とはいえせっかくの約束を無駄にしたくなかったので、けっきょく準備もできないまま渋谷へ向かった。

宇田川町を歩き、会場に到着すると、すでに観客たちが集結しており、談笑している人もいれば真剣な表情でグッズを吟味しつつ列に並んでいる人もいた。表情は色々だが、全員がこの後のライブを楽しみに来ていると思うと、自分の場違いさにますます悲壮感が漂ってくる。開演時間が来て、ライブが始まっても、いつものように声が出ないし、腕もあがらない。ステージ上のアーティストが脚光を浴び楽しげに演奏しているのを見ていることに耐えられなかった。ライブが終わり、帰る途中、渋谷MODIの動く広告が信号待ちをする人たちを捉えていたが、それに映る自分の姿がすごく愚かに見えた。

その日の夜は、頭が痛くなるほど泣き、その日一日でたまった疲れを打ち消すように、そのままベットに倒れ込み眠った。


翌日、家からいちばん近くの大学病院を受診しに行った。前日ぐっすり眠ったためか朝はスッと起きることができ、開院時間には受付に到着した。一晩たつと気持ちはすっきりとしており、昨日ほど悲観的な気持ちは薄れていた。大学病院は広く、最初どこへ行けばいいのかか戸惑ったが、看板をくまなく見てなんとか受付に到達し、診察の申し込みをした。

なんとなく予想はしていたけど、待合室には人がたくさんいた。廊下にはずらりとベンチがあり、自分の行った階の座席は半分以上埋まっていたようだった。空いている席に腰を掛け診察の番号を待っていると、続々と周囲に人がやってきて同じくベンチに腰を掛けていく。眺めていると、私だけではなく、同じように病気に悩んだりつらかったりする人がたくさんいるけれど、ここにいる全員がそれを克服しようと頑張っていることが分かって少し勇気が出てきた。

紹介状があるとはいえ、宛名がないため予約は取れず、すごく待ち時間は長かった。前日の夜ベッドに倒れ込む間際に、連れ合いに「明日病院に行ってくる」と伝えると、不安だろうからと言って朝早いにもかかわらず病院に付き添ってくれていた。心細い時に誰かがそばにいてくれるのはとてもありがたく、おかげで待ち時間に病気のことについて深く考え込まずにすんだ。

二時間くらい待つと診察室に呼ばれて、一日ぶり二度目の超音波検査になった。前日と同じく検査着を羽織い、股を開き、骨太な検査台に座る。超音波の棒が膣に突っ込まれるが、慣れたのか前日ほど痛くはなかった。先生が超音波の画面を見ながら実況してくれているが、それほど反応がない様子を見て、おやもしかして驚くべき結果ではないのかもしれない、と少し気を緩めた。もう大丈夫です、と声をかけられたので、今度は落ち着いてパンツを履き、診察室へ戻る。目の前に出された白黒の画像に、片方と比較して明らかにぽっこりとした丸くて黒い物が写っていた。医師の方が画面を見ながら「卵巣が腫れてます。4.5cmくらい」と教えてくれた。

腫れているといっても、良性の確率が高いということは理解しつつ、「もし悪性だったら」とばかり心配していたが、先生から「超音波の画像を見る感じ悪性ではなさそう」「(良性だとしたら)サイズ的にまだ切って取る必要はない」という言葉を聞き、そのときようやくひと安心することができた。とはいえ超音波検査と問診だけでは正確な診断は出せないということで、当日中に採血とMRI検査を受け、後日改めて検査結果を確認するということで、その日の診察は終わった。診察室を出て、待ってくれていた連れ合いに「悪性じゃないかも」と伝えると、ほっとした表情をしてくれたので、私もまた安心した。

再診の日は二週間後だったので、その間はこれまでどおりの生活を送った。卵巣の病気は、ある程度までは痛みなどの症状が起きないらしく、私もそれだったので、日常生活に特に差し障りはなかった。とは言え、結果がわかるまでの間は不安でやっていられなくなるのではないかと思っていたが、「ここが腫れているんだな・・」と下腹部を変に意識しすぎて時々身体がつってしまったこと以外は問題なく、無事に再診の日がきた。

再診の当日、改めてMRIと腫瘍マーカーの結果を伝えてもらった。結果はやはり悪性ではなく、血液がたまっているタイプの腫れ(チョコレート嚢胞)で、子宮内膜症だということと、卵巣の腫れが大きくなりすぎるとそれ自体が突然捻れて激痛を起こす場合があるので、ある程度のサイズになると切って取る必要があるが、私の場合はまだその段階ではないということ・切っても多くは再発するので可能なら服薬治療が良い、ということだった。女性ホルモンの働きがあると進行し続けるらしく、ピルでホルモンを抑えることで縮小できるかもしれないという。あと、服薬以外にも、腫れが小さいうちに妊娠して、女性ホルモンの動きを止めることで、腫れををおさまらせるという方法もあるけど、子供を持つ予定はありますか、ということを質問された。急な妊娠という言葉にひるんだが、とりあえずピルにしてくださいと伝えた。他にも色々と話を聞かせてもらったところ、切り取るべきサイズまで卵巣が腫れている状態で妊娠すると、子宮と卵巣が圧迫しあいその時点で卵巣を切り取るのは難しいのだとか、だいじなお話を聞くことができた。とりあえず、治せる(かもしれない)方法があったこと、現状どういう問題があるのかが明確になったことで、この二週間ずっと心につっかえていたものが消えて、ようやく病気のことを受け入れられたような気がした。お腹を切ったり、入院したりするようなおおごとにならずに済んで、本当に運が良かったなあ、と滲み入りつつ、診察室を出た(服薬するのだっておおごとなんだというのはそのあと身をもってわかった)。

病院を出て、処方箋を持って薬局に行った。薬局も混んでいたので、テレビのニュースを見ながら待っていた。クルーズ船と休校のニュースを見て、私が今回の薬を飲み終わる頃にはどうなっているのか、と呆然としていると、番号を呼ばれたので、薬を受け取った。

処方されたのは月経困難症の治療薬で、ジェミーナの84日間周期のタイプだった。77日間服薬して、その間は生理が来ないというすごいお薬だが、不正出血を起こしやすいという。今まで処方されたピル(トリキュラー )で目立った副作用が起きたことがなかったので、「生理が2回も来ないなんて最高や」と少々楽観的に考えながら次の生理のタイミングを待った。

生理が無事に始まったので、開始1日目からさっそくジェミーナの服用を始めた。毎日昼過ぎぐらいに時間を決めて、ピルケースに記録する。1シート目は特に何も起きなかった。ところが、2シート目の1週目から不正出血がおきた。ちびちびとした出血で量は少ないが、そのまま下着に出しっぱなしにもできないので、おりものシートを着けておかないといけない。すぐに終わるのを期待していたが、これが14日間ぐらい続く。出血止まったなあ、と思ったらまた二週間後には出血が始まり、3シート目にいたっては毎日出血していた。

治療なんだから仕方ないとも思うけど、これがけっこうストレスで、外出の時はおりものシートを準備しないといけない。期間中はセックスができない(できなくはないけどたぶんよくない)。トイレに行くたびに血が出ていると暗澹とした気分になる。不正出血を起こしやすいとは聞いていたがここまで素直とは思っていなかった。

最初の治療なので、わからないことが多く、それもストレスになる。そもそも治療はどれくらいの期間続くのか、いつまでピルを飲まないといけないのか。不正出血で許容するべきなのはどれくらいの量・期間なのか。他の副作用はないのはよかったけど、我慢するのも辛いため、よりよい方法があるなら積極的に選んでいきたいと思った。再診の日に備え、医師に確認しておきたいことをメモに残した。

再診の日がきて、病院へ向かった。感染症が流行っているのでみんながマスクをつけており物々しい。前回来たのが3ヶ月前なので、よく思い出せなかったが、なんとか待合室についた。今回も患者さんは多くて、ここにいる全員がなんらかの病気で悩んでいるのかと思うと、今度は少し切なくなった。

前回より遅い時間だったため、患者が多く、少し長く待つことになった。待合室でうたた寝していると、番号が呼ばれたので、診察室に入室する。入るなりさっそく「薬飲んでみてどうですか?」と聞かれたので、出血がほぼ毎日続いてますと伝えた。あと、何か治療の役に立てばと思い、28日周期のピル(トリキュラー )を飲んでいた時はあまり不正出血はなかったのです、と伝えると、「じゃあ1ヶ月周期のピルに切り替えましょうか」と提案してもらった。保証はないけど、副作用がよくなる可能性はあるので、そうすることにした。また、気になっていたこととして、子宮内膜症の服薬治療はどれくらいの期間続くのか、を質問してみたところ、「一年間ぐらいは続ける必要があると思う」ということだった。患者によると思うけど、私の場合は直近でピルを服用していた期間(約一年)があるのに、卵巣がここまで大きくなっているということは、ピルの効き目があまりよくないのではないか?ということで、この見積もりなのだそうだ。もしピルが変わっても、この調子で毎日出血するようだったら辛いだろうな・・と気が遠くなった。
当日は、てっきり超音波検査をするものと思っていたのだが、三ヶ月ぐらいではまださほど変化はないらしく、検査は行わずに、その日の診察は終了した。感染症のこともあるため、通院の頻度は減らしたほうがいいだろうということで、少し多めに薬を処方してもらった。また次回の診察の予約を取ってもらい、退室する。

今回も、薬局の待合室で、テレビのニュースを見ながら、薬ができるのを待った。東京ロードマップとレインボーブリッジのことが流れているのを見て、最後にライブハウスに行ったのは、ちょうど初めて婦人科の検査を受けた日だったなあ、と思い出す。このまま無事に収束して、ライブ行って居酒屋でレモンサワーと餃子で夜遅くまで打ち上げできる日々がきてほしい。その頃には、卵巣の腫れもおさまっているといいな、と思いつつ、番号が呼ばれたので、薬を受け取り、その日は帰宅した。


つづく


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