マガジンのカバー画像

『ピン留めの惑星』|大島智衣

13
漫画家つきはなこさんとのマガジン『ピン留めの惑星』の大島智衣編
運営しているクリエイター

#恋愛小説

うたた寝

(*本編は最後まで無料でお読みいただけます) 隣のデスクでうたた寝を始めてしまった小田島さんを起こさないように、分厚いASKULのページをそっとめくった。寝息がここまで聞こえてくる。 ひとが本当に寝入ったかどうかは、だいたいは呼気でわかる。 「すう」と深めに吸ったあと、「すっ」と息が勢いよく吐き出されると、そのひとは眠りに落ちている。 私はそれを、こんな風に隣で居眠りをする小田島さんの寝息で知った。 今日もオフィスは午前中から人が出払っていて、この空間には小田島さんと私

¥150

私が触わっていい人

週末だけ手伝いに行く小さなワインバルのオーナーの三上さんには、もうずっと長いこと付き合っているカノジョさんがいる。 結婚はまだだけど、三上さんの左手の薬指にはいつも指輪が光っていて。日ごとどんなに彼に惹かれようとも、見えないバリアで私は決して三上さんには近づけない。今以上には1ミリも。 だけど───ぬか床をかき混ぜるときにだけ、彼は指輪を外す。 そのとき、そのあいだくらいは、三上さんとの恋を想像するくらいは許されるんじゃ、ないかな? ……そう思って、さりげなく彼を眺め

¥150

彼が席を立った隙にリップを塗りなおした。恋をしている。

「ひさしぶりに仕事でこっちに来てるんだけど、終わったらメシでもどうでしょう」 彼からのメッセージが届いたスマホの画面を思わずスクショしたくなる。 「どうでしょう」って、行きたいです。 半年前に仕事の現場で一緒になったとき、好感ばかりが募った彼とのメシだ。返信をしながら、心に決めた。 今日は新しいリップを買おう。 ポケットに入れて持ち歩いているリップというのは、たいていいつの間にかどこかに失くしてしまう。ハンカチを取り出すときなんかに、ふいに落としてしまっているのかも

¥150