産業保健職のための疫学・統計学‐バイアス3:レングスタイムバイアス・過剰診断バイアス

レングスタイムバイアスと過剰診断バイアスと呼ばれるバイアスについてをまとめて解説していきます。
(注:図の表記はリードタイムバイアスの記事で説明しています)

レングスタイムバイアス

9人病気にかかった人がいたとします。その人たちのうち死亡したのが5名という状況です。この時、病気による死亡率は9人中5人なので、55.6%となります。この状況で、スクリーニングを実施したとします。そうすると、スクリーニングで引っかかった人数は6人となります。この引っかかった人のみを対象として死亡した人を数えると、死亡は2人となり、死亡率は6人中2人で、33.3%となります。

この差はどこからでてくるのでしょうか?引っかからなかった人と引っかかった人を見比べてみてください。次の図でオレンジ色になっている人が、スクリーニングで引っかからなかった人です。スクリーニング検査は一定の間隔をもって行われる検査です。そのため、この間隔をまたがない経過を持つ事例では、ひっかけることができません。間隔をまたがない経過とはなんでしょうか?それは、経過が早く、予後が悪い例です。実際に、下の図で、拾えていない人たちは全員スクリーニング間隔の間で死亡という結果になっています。

このように、スクリーニングは比較的予後の良い、経過が長い事例を拾い上げる一方で、短期間で悪化するような病気を取りこぼします。これがレングスタイムバイアスです。

もしこのバイアスについて認識していない状態で、「この病気は放っておいたら55.6%の人が亡くなりますが、スクリーニング検査をしてひっかけると、ひっかけた人の死亡率は33.3%です。ぜひ積極的に検査をしましょう!」とセールストークを受けたらどう判断してしまうでしょうか?

その病気に治療方法がしっかりとあって、早期発見が死亡を回避できる場合は、むしろ予後の悪い病気を発見したいはずなのに、予後の良いものの方を拾ってしまうことに、認識しておくこと、大切です。

過剰診断

ひとつ前のレングスタイムバイアスは経過が急なものを取りこぼすことで生じるバイアスでしたが、その逆に、経過がものすごくゆっくりな病気を検出してしまうことで生じる過剰診断という問題もあります。

次の図は、生物学的には病気があるが、悪さをしない病気が存在する場合に、スクリーニングを実施するとどのようなことが起こるかを示した図です。注目していただきたいのは、一番下の5人の点線の人たちです。この5人の点線の人たち、病気(例えばがん細胞)は検出されますが、進行がゆっくりで、治療してもしなくても寿命に影響がありません。

このときに、スクリーニングをしない場合は、死亡率20%ですが、スクリーニングをして、進行がゆっくりな人をひっかけると分母である病気の人が多くなるため、死亡率が10%と半減しています。ここでも、スクリーニング検査は誰の病気になんの影響も与えていないにも関わらず、見かけ上の死亡率が半減しています。

まとめ

レングスタイムバイアスと過剰診断によるバイアスは通常は見分けることは難しいです。実際に日本でも1985年から実施された小児の神経芽細胞腫に対する大規模マススクリーニングがこのバイアスの代表例として教科書に取り上げられており、疫学のプロや施策を考える人たちでも陥ってしまうバイアスです。この話題、大変示唆深く興味深いので、興味がある方は調べてみてもよいかもしれません。

参考文献

Raffle, Angela E., Anne Mackie, and J. A. Muir Gray. Screening: Evidence and Practice. 第2版. OUP Oxford, 2019.

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