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ファスナーが布を噛む

リュックサックのファスナーを閉めたら布を噛んでしまった。慌てて引っ張ってもなかなか外れない。むしろ引っ張れば引っ張るほどがっつりと深く食い込んでいき、絶対に離さないぞという気概を感じる。こういうタイプの人間がチャンスをものにするのだろうが、今そんなことはどうでもいい。とにかくファスナーから布を外さなければ。

色々動かしたもののにっちもさっちも行かないので、「ファスナー かんだ 直し方」で検索してみた。人類共通の悩みだけあって大量のサイトがヒットしたが、開いてみるとどこも言っていることは似たり寄ったりであまり参考にならない。それくらいもうやったよという方法か、何かしら道具が必要ですぐには試せないような方法ばかりだ。当然のように「ラジオペンチを用意する」とか言われても困るのである。

サイトを開けども開けどもその調子なので、徐々にイラついてきた。「開いても開いてもクソ情報(種田山頭火)」状態である。アクセス数稼ぎが目的の中身のないサイトが増えたことで検索サイトが役に立たなくなってきたとは聞いていたが、まさかここまでだったとは。大したことのない内容をわざわざ魅力ゼロのキャラクター同士の会話で説明してくるサイトに当たったところで苛立ちがピークに達し、僕は検索サイトを閉じた。

布を噛んだのは、リュックサックのメインの収納部分のファスナーだった。幸い両サイドから開け閉めするタイプだったため噛んでない方の半分は動かすことができる。とりあえずそこからものの出し入れはできるので、多少使いにくいが差し当たっての不便はなかった。だが、「リュックサックのファスナーが布を噛んでいる」という事実はぼんやりとしたストレスとなり、僕の心に確実に影を落としていた。

今日はよく晴れていて風が気持ち良かった。

だけど、リュックサックのファスナーが布を噛んでいる。

横断歩道に差し掛かる直前で信号が青に変わった。

だけど、リュックサックのファスナーが布を噛んでいる。

喫茶店に入るとお気に入りの席が空いていた。

だけど、リュックサックのファスナーが布を噛んでいる。

コンビニの店員さんの笑顔が素敵だった。

だけど、リュックサックのファスナーが布を噛んでいる。

路地で可愛い猫を見かけた。

だけど、リュックサックのファスナーが布を噛んでいる。

どの瞬間、何をしていても、頭の片隅には「リュックサックのファスナーが布を噛んでいる」という事実がチラついた。意識するたびに気が滅入り、道行く人々がやけに幸せそうに見えた。きっと彼らのリュックサックはファスナーが布を噛んでいないのだろう。妬ましい。それがどれだけ恵まれたことなのかも知らずに、彼らは呑気に笑っているのだ。ある日突然その幸せが失われるかもしれないというのに。

だが、それも仕方のないことなのだ。つい昨日までは僕も彼らと同じだった。リュックサックのファスナーが布を噛んでしまって初めて、僕はリュックサックのファスナーが布を噛んでいない幸せに気づくことができたのだ。この期に及んでやっと気がつくなんてとんだ大馬鹿野郎だが、所詮人間なんてそういうものなのだろう。

リュックサックのファスナーが布を噛んでいない幸せ

ボールペンの持つところのゴムがベトベトしていない幸せ

靴の中に小石が入っていない幸せ

世界は様々な幸せに満ち溢れていて、我々はそれらに気づかないまま日々を生きている。それもまた「幸せを意識しなくてもいい幸せ」なのだ。どれだけ恵まれていることか。

ファスナーが布から外れたのは突然のことだった。

何度やっても同じだと半ば諦めかけた僕が惰性でファスナーを弄っていると、今までとは少し違う手応えを感じた。これはと思って指先に力を込める。すると、わずかな抵抗感を残してファスナーは布から外れ、何事もなかったかのようにスムーズに滑り出した。

その瞬間、僕は大いなる喜びを感じた。

リュックサックのファスナーが布を噛んでいない。

ああ、なんと素晴らしいことだろう。僕のリュックサックのファスナーは布を噛んでいないのだ。右からも左からも開け放題である。なぜならファスナーが布を噛んでいないから。もちろん閉めるのも自由自在だ。ファスナーが布を噛んでいないから!ありがとう!!!!ファスナー!!!!ありがとう!!!!

とまあ、そんなことを考えたのはほんの一瞬で、そのわずか10分後には、リュックサックを背負い直すと肩紐が長くなってしまうことに対してイラついているのだった。我ながらどうかと思うが、そうなってしまうのは仕方がない。

とある大物アーティストの言葉を借りるとすれば、「人間だもの」といったところであろうか。

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