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飛び石のように

面白い人や尊敬している人がSNSで「今日はやるべきことを何もできなかった」的なことを発信していると安心する。こんなに面白い人でも怠けてしまうときがあるんだ!と、自分の怠惰さを正当化できる気持ちになるのだ。当然、その人は普段はバリバリと何かを生み出すための行動をしていて、だからこそ何もしなかったことがニュースになるのだが、その辺は見て見ぬ振りである。とにかく「今日一日何もしなかった」という一点にポイントを絞り、精神の安定を図るのだ。

別の日には、他の面白い人が「今日は一日中寝てしまいました」的なことをつぶやいているのを見てまた安心する。こんなに面白い人でも無為に過ごす一日があるのだ!と、やるべき作業から逃避して昼寝をかました己の罪悪感を緩和するのだ。当然、この人が日常的に過ごしているであろうストイックな時間に関しては完全にスルーである。僕は今、一日中寝ていたあなたに用があるのだ。

いい年してふらふらしているダメな主人公がなんだかんだで楽しそうにしている映画も好きだ。こんなダメなやつがいてもいいんだ!と自分を棚に上げて安心することができるし、なんなら自分がずいぶんちゃんとした人間に思えてきたりする。ただ困るのは、劇中のダメな主人公が年を取らないことだ。初めて見たときはずいぶん年上だった主人公も、時間が経てばいずれ年下になってしまう。そうなると、「こいつよりは自分の方がちゃんとしている」と思える効果も薄れてしまって、さすがにこいつも今の僕の年齢になったらちゃんとしているのかもな、とか想像して落ち込んできたりするのだ。そういうときは、さらに高齢のダメ人間が出てくる映画を探すしかない。

こうして僕は、怠惰な自分の生活を改めたり己を高めるための努力をしたりすることはなく、そのときそのときに縋れる言い訳を見つけ出しては飛び石のように渡りながら日々を生きている。ぼーっと立っていると足場が沈んでしまうので常に違う足場を探さなければならず、マリオの溶岩のステージみたいでそれなりに忙しい。基本的に努力は苦手だが、言い訳するための努力はけっこうやっている方なのかもしれない。そんなことで胸を張っても仕方ないが。

そんなわけで、世の面白い人たちは、僕が足場を失わないためにも定期的に怠けていただきたい。そして、そのことをきちんと世界に発信してほしい。あなたにとっての非生産的な一日は、知らないところで誰かを支える貴重な足場となっているかもしれないのだから。


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