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何がよくて何が悪いか

電車で音をガンガンに鳴らしながら謎のスマホゲームをやっているおじさんがいた。どうやらパズルゲームらしく、おじさんがコインを消すたびに「チャリーン」という甲高い音が車両内に鳴り響く。なんとなく音が鳴ってるな、とは思っていたが、出所に気づいてからは気になってしまってイライラしてきた。

腹が立つのは、たまにおじさんが熟考して無音の状態になるとこちら側が無意識に「チャリーン」を待ってしまうことだ。定期的に鳴っている音がたまに止むと前のめりになってしまう。ベテランの噺家があえて声を小さくすることで客を聞く姿勢にさせるテクニックと同じような効果が起こっているのだった。

あまりに気になるので注意しようかとも思ったが、逆恨みして刺されたりしたらたまらない。失礼ながら目深にキャップをかぶったスマホゲームのおじさんは、一般平均よりも人を刺すことに対するハードルが低く設定されているように見受けられた。僕としても無事に2024年は迎えたい。こんなことだから社会がいい方向に変わらないのだろうが、とりあえず声はあげずに静観することにした。

動きがあったのはそれから5分ほど経ったときだった。金髪のザ・輩みたいなおじさんが立ち上がり、「おい、お前うるさいんじゃ!」とスマホゲームおじさんに詰め寄ったのだ。スマホゲームおじさんはキョトンとした顔で黙っている。金髪おじさんは「音!切れ!うるさいって言うとろうが!」とさらに捲し立てた。

それでようやくスマホゲームおじさんは事態を察したらしく「ソーリー、ソーリー」と謝罪の言葉を述べながらスマホの音を切った。どうやら外国の人だったようだ。金髪おじさんは音が止んだのを確かめると席に戻って行った。

車両内には平穏が戻ったが、なんとなく割り切れない気持ちが残った。当初あれほど腹立たしかったスマホゲームおじさんは怒鳴られてしゅんとしており、なんだか気の毒に思える。国が違えば文化も違うのだ。音を鳴らしながら謎のゲームをやるのも、彼としては決して悪気はなかったのだろう。

それに引き換えあの金髪おじさんである。注意するにしても言い方があるではないか。なにもあんな露骨にオラついて詰め寄る必要はないはずなのだ。結局周囲への「怒っちゃった俺」的アピールも込みでのあの口調なのだ。周囲を威嚇していないと不安で自分を保っていられない可哀想な人間なのである。しょうもない男だ。

何が良くて何が悪いのかという印象は、状況によって変わっていく。それを強く実感した電車内だった。

それにしても、あの謎のゲームは全然面白くなさそうだった。

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