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急いでポスカ

仕事に行く電車が来るまで10分あったので駅ビルの5階のハンズでポスカを買うことにした。エスカレーターに乗って気づいたが、今日は海の日で祝日だ。駅ビルは人が多く、なかなか思うように移動できない。この人たちは何をわざわざ海の日に駅ビルをぶらついてるんだよ、と一瞬思ったが、自分も海の日にポスカを買いに行っているので人のことは言えない。

文房具売り場に到着してすぐにポスカ売り場に向かった。いわゆる「肌色」のポスカが欲しかったのだが、僕の欲しい色に近いのが「やまぶき」なのか「パステルオレンジ」なのかわからず、吟味している時間はないのでどちらも買うことにした。細いのと太いのが欲しかったのだが、あいにく中くらいの太さしかなく、仕方ないので中太を二本持ってレジに向かった。

レジにはけっこうな列ができていた。この時点で残り時間は5分。間に合うかどうかぎりぎりだ。ポスカを棚に戻してホームに向かった方がいいかと少し迷ったが、せっかくここまで来たのだからと並ぶことにした。ここまでの努力が無駄になるのが嫌だったのだ。努力もなにも、急いで売り場に行ってポスカを二本手に取っただけなのだが。

列は比較的スムーズに動いていた。学園祭実行委員かというくらい買い込む人もおらず、ポイントカードの仕組みをこの場で0から理解しようとする人もいない。法案の可決に反対する野党議員もいないようだ。ありがたい。これはいけるぞ。

自分の番になったとき残り時間は3分になっていた。レジのやりとりを最低限に抑えるため、「袋いらないです。交通系ICでお願いします」と必要な情報を初手で伝える。急いでいるのはこっちの都合なので申し訳ないのだが、何たらカードはお持ちですか?的な話は途中で「ないです」と遮ってしまった。感じは悪かっただろうが背に腹は代えられない。僕は急いでポスカを買わなければならないのだ。

あとは支払いを済ませるだけ。だがここでアクシデントが起こった。センサーに財布をかざすと交通系ICが読み取りエラーになってしまったのだ。たまにある感度の鈍いセンサーに当たったらしい。くそ!よりによってなんでこんなときに!僕は財布からカードを取り出すと直接センサーにかざして改めて会計を済ませ、「レシート大丈夫です!」と言い残しながら颯爽とその場をあとにした。

余計な時間を使ってしまった。残り時間は2分。僕は急ぎ足でホームへ向かう。駅ビルの二階からつながる短縮ルートを通って改札を抜けると、階段の先にまさに僕が乗る列車が停車していているのが見えた。よかった!ギリギリで間に合った!階段を駆け上がり、ホームに滑り込む……が、列車の扉は固く閉じられていた。咄嗟に他の扉を見るがどれも閉まっている。どうやら乗車の時間が終わったところらしかった。僕は列車を前に、立ち尽くすことしかできなかった。

ほどなく発車のアナウンスが場内に流れ、列車は走り出した。僕は列車を見送ると、なんかもうどうでもよくなってホームの立ち食い蕎麦屋でわかめ蕎麦を食べた。美味しくも不味くもない蕎麦を啜りながら、なんかもうどうでもよくなったときに食べるものとしては、わかめ蕎麦はややインパクトに欠けるな、と思った。


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