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オフィスカジュアルの男

地下鉄でYouTubeをイヤホン無しで音を出して観ている人がいた。チェックのジャケットにくるぶし丈のズボン、革靴からチラリと靴下をのぞかせたいわゆるオフィスカジュアル的なファッションに身を包んだ男だ。よくわからない謎のチャンネルが映し出されたスマホに熱心に目を落としている。

それを見て、おいおい、オフィスカジュアルファッションの人間が電車内で音出しでYouTube観るなよ、と思った。オフィスカジュアルというのは「ビジネスシーンにも対応しつつ程よくカジュアル」というラインのファッションであり、職場の環境や一般的な感覚を意識し、自分を客観視してバランスを見極める必要が生じるはずだ。そんな思考を経た人間が、地下鉄車内という環境で音出しでYouTubeを観るなどという行動を選択することがあるだろうか。

ジャケットはちょっと遊んでチェック柄にするか。ズボンまでチェックにすると派手だから下は無地のグレーにしよう。その分靴下で色を足して……革靴できちっと締めるか。よし、いい感じに決まったぞ。このバランスなら職場にも馴染むし取引先にも失礼はないだろう。程よく春も先取りできていて気分も上がるな。よーし、今日も仕事頑張るぞ!

なんてことを一通り考えたはずの人間が、まあまあ混み合った地下鉄車内で、絶対今観る必要のないよくわからないYouTubeチャンネルを音を出して観る、というのはどういう理屈なのか。周りが見えているのかいないのか、どっちなんだ。どっちなんだよ。

目的の駅に着いたので先に電車を降りた。さらば、オフィスカジュアルの男。今後もう会うことはないだろう。会うことはないだろうし、彼が観ていたYouTubeチャンネルを観ることもないと思う。互いの人生が、地下鉄の車内でたまたま一瞬交わっただけのことである。そう考えるとちょっとエモーショナルな気分にもなりそうなものだが、別になりません。別になりませんよ。

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