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わが家の宗教

山上容疑者の安倍元総理射殺事件をきっかけに、二世信者の苦悩が明るみになっているけど、そういえば私も二世信者なんだよなと改めて思った。

統一教会ではなく、破産するほどの献金もしていないけれど、私からすれば無駄だなーと思う機関紙や書籍を親は長年買い続け(50~60年間なので合算すれば相当な金額になるはず)、貴重な時間も組織の活動に捧げてきた。
私も子どもの頃は何の疑問も持たず宗教行事に参加していたけれど、   家庭不和や兄から受ける暴言や暴力をきっかけに、親や親の信じている宗教に疑問を持つようになった。

親は時おり、「あんた達の将来のために活動してるんだ。」と熱っぽく語っていたが、私としては「その前にこの荒れた家庭をどうにかしろよ。」
「祈ってるだけで変わるわけないだろ。」と思っていた。
でも当時は、そんな話を率直に話せる親子関係ではなかった。


家族にほとほと嫌気がさし、実家を出て、長い間糸の切れた凧のように
ふらふらと生きてきたけれど、どんなにどん底の時でも宗教には頼らな
かった。これは完全に親を反面教師としていたからだ。

私から見た親は、「家庭不和、貧しさ、社会的差別」などの問題を、具体的な行動ではなく、「祈る」という非合理的な行為で解決しようとしていた。それが私には全く理解できなかった。

「祈り」とか「祈る」って言葉自体はとても美しい響きだけど、     当時の親の口から出るそれには、子どもながらに嘘くさいものを感じていて
祈っている自分や、一心に何かを信じている自分に酔っているような態度に、違和感や嫌悪感を持っていた。                                そして、私が悩み苦しんでいる時に、何ら具体的な解決方法も示されず 
無責任に繰り返される「祈っておいで。」は、ある意味地獄だった。         これは二世信者の苦悩あるあるではないだろうか。


ただ、理解不能な親ではあったが、「なぜ親がああなったか」ということを私は考え続けた。
そのなかで、親の生きた時代や親を取り巻いていた社会状況を知り、親の
背負った不条理を理解することで、これまでの事を許す気持ちが少し持てるようにもなった。

私の両親は二人とも戦後生まれで、幼少期に片親を亡くしたため貧しい生活を強いられた。
食べるもの着るもの等すべてに不自由する生活のなかで、精神的な飢えを感じるのも当然だったと思う。         
そんな時、親身な宗教団体の人や、生き方を説いてくれる教義に出会い、 両親は心の居場所を手に入れたのだと思う。


そうやって親の背景を知っていくうちに、他人に害を与えない限りは、
親が信仰を持つことを尊重しようと思うようになってきた。         それは親の方も考え方が丸くなり、私に無理強いしなくなったことも影響
している。 

親子と言えど、違う肉体と精神を持つ違う人間なわけで、同じ方向を向いて歩けないのは仕方のないこと。                    ましてや、「信じる」「信じない」「祈る」「祈らない」なんて領域は、
他者に左右できることではない。                   それを理解し合うまでに私達は長い時間がかかったけど、分かり合えない 部分があっても、それはしょうがない事として深追いせず、必要な時に必要な部分で繋がれればいいかなと今は思う。


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