人生の最後に食べたい物 第2話

人生の最後に食べたい物は?

多少卑劣な資産運用の末、1000円を手に入れた少年は、'何でも食べられる'という高揚感を持って駅前を練り歩く。
と言ってもコンビニは22時には閉店するのがデフォルトの田舎町に住んでいたので、駅前にある数少ない飲食店のうち、ケンタッキーにたどり着くのには時間がかからなかった。
商業ビルの一階にあるわが町のケンタッキーはよく日の光が入る綺麗なお店だったと記憶している。
木漏れ日に照らされながら、人生初の「お一人様ケンタッキー」を華麗に決めたのだ。
当時、「特盛チキンセット」というチキン3ピースにポテト、ドリンクがついて800円強くらいのメニューがあって、それを毎回頼んでいた気がする。
意気揚々と家に持ち帰り、ブラウン管の前に置いた食卓机で食べた時の感動は忘れられない。

こんな美味いもんがこの世にあるんか‥!?!?

始めてのケンタッキーから数年、全く同じ、いやそれ以上の感動を持って少年はケンタッキーと'再会'したのだ。

余談だがケンタッキーのCMでよく流れるワンシーンがある。
揚げる前のチキン二つをコツーンと当てて小麦粉が舞う演出なのだが、この二つのチキンは「俺」と「ケンタッキー」の事だと個人的には思っている。
ケンタッキーを口に運んだ瞬間にはいつもあのシーンを思い浮かべて、また出会えた喜びに感謝するのだ!
良い子は真似しないでもらいたい思想だと思う。

こんなに美味しいのか!という衝撃もさることながら、こんなに美味しいものを自分の意思で食べたい時に食べることができる、という痺れるような欲情を感じたのだ。

それからしばらくは1000円を貯めたらケンタッキーを食べるという生活をしていたのだが、休みが終わり学校が始まったり予備校に行くようになったり、天下一品にはまったり、など若者特有の浮気性でそれほど深くハマる事はなかった。当時の好きな食べ物ランキングには、「551の豚まん」や「点天のひとくち餃子」などたまに両親が買ってくる'事前告知なしのサプライズ好物'達がランキング上位を占め、後にケンタッキーと双対を成すことになる「おかんの焼き飯」ですらも、トップ5入りする事はなかったと記憶している。

そして、またしても少年とケンタッキーの間を裂く出来事が起こる。

それは大学への進学である。

大学への進学のために大阪で一人暮らしを始めたのだ。
そして直面するのだ「最寄駅にケンタッキーがない」問題と。

大学生活が始まり、友達とご飯を食べる頻度や、自炊をする頻度が格段に増え、恐らく大学に入って2年ほどは全くケンタッキーを食べる機会がなかった。
何しろコンビニが22時で閉まる地元と違い、駅前には様々な飲食店が立ち並び、メールをひとつ打てば一緒に遊ぶ友達がすぐに見つかるような環境では、白いひげのおじさんが考案した国産ハーブ鳥の揚げ物と家で一人で向き合う事を忘れてしまったのも無理もなかったと思う。

そういえば、大学に入ってしばらくして、例の「こんなに美味しいもんがこの世にあるんか」と思った瞬間がある。
大学に入り、今までバランスを考えて作ってくれていた食生活とは打って変わり、安いものか油っこいものしか食べないような生活が続いていた。
初めは毎日自分が食べるものを選べる快感と味の濃い外食に感動していたのだが、ある日初めて入った大学の近くの飲食店街ある定食屋で事件が起こる。
ラーメン屋や、牛丼屋はよく行くし、今まで行ったことのないお店に行こうと思い、夜は居酒屋をやっていて昼は定食屋をやっているお店に入った。
正直、ラーメンとかカレーとか食いてぇなぁと思いながら、とりあえずメニューの1番上にあった唐揚げ定食を頼んだ。
唐揚げと、サラダ、お味噌汁、白ご飯、お漬物
という普通のラインナップだったのだが、食べた瞬間に身体中に電気が走ったのだ。

こんな美味いもんがこの世にあるんか‥!?

そして涙が流れたのだ。
一緒に来ていた友達はビックリして笑っていたが、俺は「大丈夫、大丈夫。何でもないから!」としか言えなかった。
なんて事ないからあげ定食だったのだが、その料理には圧倒的に手の温もりが感じられた。
というより今までそういう料理を食べさせてもらっていたのに、一人暮らしを始めて逆に人が手作りした料理を食べる機会が全くなくなっていた身体にはあまりにも優しすぎる味だったのだ。
味噌汁も一年ぶりくらいに飲んだと思う。人生で初めて味噌汁がうまいと思った瞬間でもあった。

そんな運命的な出会いと気付きを経た少年は、ファストフードというものに少し懐疑的な印象を抱きながら、「定食こそ至高」というナチュラル志向に傾倒していく。

今思えばケンタッキーと1番距離が離れていた時期かもしれない。物理的な距離と心の距離両方とが。


そんな両者を再び繋ぐ'ある物'が現れる‥

つづく

#エッセイ
#ケンタッキー

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