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【感想】フリーレンと私達の旅の目的

去年夫が葬送のフリーレンを大人買いしてきまして、アニメも録画していて、お膳立てはしてあったのに私自身はフリーレンにハマるのが少し遅くなりました。
子供のクラブのことでいろいろと気を揉んでいて、メンタル的に余裕が無かったせいなのですが…。
年明けてから少しずつ余裕が出てきて、ここ最近やっと漫画を最新刊まで読み終わりました。
みんながこぞって話題にするのもよくわかります。これは面白いだけではなく、語りたくなる面白さです。ジャンルとしてはバトル系冒険ファンタジーでしょうが、キャラがみんな淡々としていて、あまり過激で情熱的なキャラがいません。みんな、叫んだり怒鳴ったり泣き喚いたりしない印象です。
シュタルクはたまに叫ぶけど、それでもいろんな漫画の「熱血少年キャラ」に比べたらとても物静かで穏やかな性格ですね。
フリーレンは言わずもがな。フェルンも表情があんまり豊かとは言い難いです。
一番人間らしい賑やかなキャラが、亡くなった勇者ヒンメルなのは皮肉でしょうか…。

私が子供の頃、冒険物語の王道は「悪を倒す物語」でした。悪の側にも事情が…とか、敵が実は勇者の身内で、といった善悪のゆらぎや葛藤はあるものの「それでも自分達は世界のために悪を打ち倒すのだ」という目標がある場合がほとんどです。
世界に害となる存在を勇者が倒して、世界は平和になる。
ところがこのフリーレンは、既に魔王を倒した後のお話です。旅の目的は「フリーレンが人間の心を知るため」、今までの漫画とはやや趣向が異なる印象ですね。

フリーレンは魔法収集にはオタク的な執着を示す一方で、人の心には無頓着です。かといって相手をどうでもいいと思っているのではなくて、きちんと好意はもっている。でも、その好意を相手と交換し合うコミュニケーション能力が欠落している。人間の立場や事情を汲んだり、共感する力が乏しいです。
だから自分の感情にも無頓着で、ヒンメルが死んで悲しくなる自分がフリーレンには理解出来ない。
フリーレンは人間を理解するため、ひいては自分の心と向き合うために旅に出る…というお話です。

さて、今この時代にあって、こういった淡々とした性格のキャラクターや「世界のためではなく自分の心を知るため」に旅に出るストーリーが、広く受け入れられた理由もなんとなく見えてきます。
人間が嫌いなわけでもないし一緒にいればそこそこ楽しいけど相手とうまく接することが出来ない、自分の趣味に没頭している方が好きなコミュ障ぽい人々が、フリーレンというキャラにオーバーラップしてきませんか?
フリーレンは、ぼっち大好きコミュ障オタクがそれでも頑張って社会や人と関わろうと奮闘する物語なのです。

「作者はフリーレンをコミュ障の投影として書いてるなんて一言も言ってないぞ、どこ情報だ」と憤る気持ちもわかります。そういった直接的な作者の思想が反映されている、と言いたいのではなく、「なんかこういうキャラが書きたいな」「こういうストーリー書きたいな」と誰かが考えた時、それはどうしたって時代や社会や世相の影響を受けるものなのです。
令和の今の時代に、巨人の星のような泥臭い熱血スポ根を書きたい読みたいと多くの人が思わないのは、それが時代の影響を受けているからです。
(勿論、コアな需要はどこにでもありますが)
勇者が魔王を倒すお話にしても、絶対悪である魔王にも同情的なストーリーが用意されていますね。それにもやはり「そういうのが見たい!」世間の影響が無視出来ないからでしょう。
フリーレンが生まれ、受け入れられた背景には“趣味や個人主義に突き進んだ人達が、改めて人間関係を考え直したいと悩んでいる”雰囲気が高まっていったからではないでしょうか。

何度もミミックに食べられ、呆れられ、趣味である魔法収集に余念がなく、だらしなくてしょっちゅうフェルンに身支度を手伝ってもらう。そんなフリーレンと自分をつい重ねてしまうのは私だけではないはずです。
誰かのための冒険から、自分のための冒険へ。多様性の言葉の元に複雑化していく人間関係に、私達はいろいろと疲れてしまっているんだと思います。
それでもずっと一人ぼっちでいられない。誰かと寄り添って生きていきたい。そんなフリーレンの物語がどんな形で結末を迎えるのか、アニメ2期も期待しつつ新刊がとても楽しみです。

最後に。

「まったく、慈悲深くて涙が出るよ」
のセリフはとても村上春樹っぽいなと思いました…。

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