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悲しい言葉

忘れられない言葉ってあると思う。何年経っても心の奥底からリフレインしてくる言葉。嬉しい言葉もたくさんあるけれど、悲しい言葉の処理が難しい。自分ももしかしたら他者にそういう言葉をぶつけてしまっているかもしれない。

乱暴かもしれないし、私の解釈が間違っているかもしれないけれど、傷つけるかもしれないとはっきり認識して言ったのだとしたら、その後相手との関係にヒビが入ったとしても自分の責任だし、言わせた相手にもなんらかの要因がある気もする。
そんな言葉を飲み込み続けなくてはいけないのなら、お互い、良い関係を築いていくことは出来ないと思うし、無意識で不用意に放たれたそういう類の言葉は、不注意すぎて、放った方も放たれた方も、その言葉の持つ意味すら考える余地も与えられずに、取り返しがつかなくなってしまいそう。

「私が子供たちを引き取ったら、これからの人生どうすればいいの? 邪魔になるのは目に見えてる。だから、そっちで育てて。いらないから。」

前職の時、まだ若かったこともあって、初めてこんな言葉を吐くお母さんを見たショックは今でもどうしても忘れることが出来ない。
一言一句、その時に聞いた言葉。何回も何回も話し合いを進めてきた。他の内容は全て和解できているのに、その件だけがどうしても折り合いがつかないでいた。
そう、よくある話。子供だけはっていう親は多い。なのにこの時は、いつもとは逆の理由だった。子供だけはいらない。

こんな季節の連休で、いつも面倒を見てくれるおばあちゃんは旅行に出ていて、子供たちはお父さんと一緒にそこに来ていた。2年生のお姉ちゃんと幼稚園に通っている弟。そんなとこに来てるのにお父さんといっしょのお出かけで、それだけで嬉しそうだった。弟に「ちゃんと座ってなさい」っていう仕草を見せるお姉ちゃんはなんとも頼もしく、おすましさんで、ツインテールにした髪と白いブラウスがよく似合っていた。

話合いの間、他の部屋にいたのだけれど、たまたま休憩を挟む時間になって、部屋の中に来てしまっていた。
その時、いつもの埒の明かない話合いでイラついたのか、突然、そのお母さんはその言葉を放った。子供に聞こえることをわかって言ったのか、興奮してそれにすら考えが至らなかったのか、それは今でもわからない。

急いで子供たちを連れ出したけれど、もちろん後の祭り。自販機の前のテーブルに連れて行き、座らせた。お姉ちゃんははっきりとその言葉を認識していてどこを見ているのかわからない瞳で固まっていた。弟は「ママがまた怒ってるぅ」っていうくらいだったかもしれない。
「何か、飲む?」白々しすぎる言葉しか出てこない自分が腹立たしかった。それ以上に誤魔化すことができないほど衝撃を受けているのは私も一緒で、そんな空気が子供たちにもバンバン伝わってしまっていた。
情けなかった。腹が立って仕方がなかった。部屋に戻って、その女性に向かって叫びたい気分だった。なんなら殴ったっていいくらいの気持ちだった。そんな事できるはずもないとわかっていても。

幼稚園児の弟はリンゴジュースが飲みたいと言った。お姉ちゃんはそれから一言も話してくれなかった。私には何もできなかった。

二人の子供はお父さんとおばあちゃんと暮らすことになった。もちろんそういう状況になったのだから、お父さんの方にも問題はあった。でも何度か会ったおばあちゃんは、穏やかで優しそうな人だったから、「おばあちゃん、よろしくお願いします」と心の中で頭を下げるしかなかった。

雲の向こう側には光がいっぱい。

あのお姉ちゃんは、どれくらいその言葉をリフレインさせて大人になっていったことだろう。その言葉が彼女にどんな影響を与えたのだろう。いまだに繰り返し思い出す。彼女もそうだろうか。

思い出す度にあの時の自販機の前のテーブルに引き戻される。弟の子供くさい髪の香りと、椅子に座ったお姉ちゃんのきちんと揃えられた白いソックスの両足。
今の私だったらどうにかできたのだろうか。いくら考えてもどうにもできない気がする。

ずっと心に棲み続ける悲しい言葉。彼女が私みたいにぐずぐずと考えずに、あんな言葉蹴散らして、だからなんだって幸せになっていてほしい。
あの時、あの言葉を聞いても泣かなかった彼女、あの言葉を聞いても弟がリンゴジュースをこぼさないように椅子をテーブルに近づけてあげてた彼女、どうか幸せでいてほしい。


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