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すきま(2000字のホラー)

行儀作法にうるさいおばあちゃんだった。
おばあちゃんの家はとても古くて、大きな土間がある玄関はわたしの家とは違い、太くて高さのある木の敷居が外と内とを分けている。
こんなに高い敷居なんて見たことなかったし、そもそも敷居なんて言葉もわからなかった当時、子供のわたしは容易にまたげないので、その上に乗って飛び跳ねたりして遊んでいたら、ものすごい剣幕で怒鳴られたものだ。
曰く家の額だか、頭のてっぺんだとかを踏むなんてバチが当たる!って。

おじいちゃんのお墓参りに行った時もそう。
いいかい?
お墓で転んだりしたら、足を置いてこなくちゃいけないんだよ。
どうして?
どうしてもさ。
だからお墓ではしゃいだり走り回ったりしては絶対駄目なんだ。
足を切って置いてくるなんて痛くてやだ。
怖いからお墓ではママと手を繋いで静かにしていた。


おばあちゃんの家は畳の部屋ばかりいくつもある。襖もこれでもかというくらいある。
畳の縁を踏むなとまたよく怒られた。
おばあちゃんはそういうところだけは見逃さない。ちっちゃいおちくぼんだ目は鋭かった。



おばあちゃんちには大きな仏壇が置いてある部屋がある。
一見すると物置なのかと思うほどだ。
その取手をどわんと引っ張ると中に立派な仏壇が鎮座している。すごく値が張ったのよ。ママがいつもわたしに言っていた。
シタン。
そう聞いてもわからない。
その仏壇の扉を開くと金色に輝く部屋の中に黄金の仏様がいて、名前も知らないたくさんの道具や彫り物がある。
線香を立てる香炉だけは大人たちの様子を見て理解はできた。
良い匂いだ。


おばあちゃんはいつも漢字だらけの本を開いて変な節をつけて歌い出す。
朝ごはんの前に、どれ、おつとめしてこようかね。と言って仏間に入り、鈴の音が鳴らされるとその歌が始まるのだ。
そしてお線香の香りは離れている居間にも漂ってくる。
時々くらっとするが、わたしはその香りが好きだ。


広い畳の部屋がいくつもあるなんて。
うちにそんなものは無い。友達の家にだって無い。
鬼ごっこしたり追いかけっこしたりするのに丁度良くて面白い。襖を開けては隣を覗き込み、いないから次の部屋に走っていく。
襖を開けては笑って閉める。
いない。
こっちにいったかな。
あはは、足が見えた。
わかってるよ。
こっちじゃない、向こうだ!
ぐるぐる回っても見つからない。
かくれんぼが得意なんだって聞いていた。
鬼はいつもあの子。
わたしが鬼をやると言ってもきかない。
探してほしいみたいだ。
襖をぱしんと閉めて走り出す。
するとおばあちゃんが怖い顔をして飛んできた。


きちんと襖を閉めないといけないって何度も言っただろう!
隙間があいてるじゃないか!
見るとほんの親指くらいのわずかな隙間があった。
いいでしょ、これくらい。
珍しく口答えをすると、おばあちゃんの顔色がまっ赤から血の気のない白に変わった。
いいかい、隙間は絶対にあけてはいけないよ。
ちゃんときちっと閉めること。
さもないと。
おばあちゃんはそれ以上言わなかった。


朝のおつとめはいつもはおばあちゃんだけだ。
でもその日は違った。
なぜか親戚のおじさんやらおばさん、従兄弟達もどやどやと家に上がってきた。
障子の扉を外し広々とした和室の中に一同が正座をしてひと言も話さない。


おばあちゃんはわたしを隣に座らせて、漢字だらけの本を渡す。
わからなくてもいいからそれを見ていなさい。
そして鈴の音が響き渡り、おばあちゃんの歌が始まった。
それに合わせて親戚達も歌い出す。
すごい音だ。部屋中あちこちから声が反響してわたしのまわりをぐるぐるまわる。

怖い怖い怖い怖い。


おばあちゃん、こんなの嫌だよ。
気持ち悪い。
やめて、おばあちゃん。
助けて。聞きたくない。
おつとめの歌は音の縄になってわたしの首を締め上げる。
苦しくて息ができない。
わたしの体は変な曲がり方をする。
首も胴もよじれている。


そうだ。
後ろの閉められている襖を開ければここから出られる。
でもできるだろうか。
この苦しさにのたうちまわっているわたしの手足で襖のところまで辿り着けるだろうか。
振り向こうと渾身の力を込める。
その時だ。


見るな!!




恐ろしい声がした。
それがおばあちゃんの声だと知ったのはわたしが頬を叩かれて気づいた時だった。
みんな泣いてたの。
ひいおばあちゃんも、おばあちゃんも、親戚中の皆んなもね。


えー、それでそれで?
それでおしまいよ。
えー、なんかつまんない。
オチないの??
子供達がふくれっ面をしてわたしを睨む。
わたしは笑って子供達の頭を撫でる。



気を失っていたわたしの耳に聞こえていた切れ切れの言葉。
よかった、連れていかれるところだった。
あれは祖母の声。
この子は守らにゃならん。


襖の外に行こうと必死に目玉だけそちらに見やった時、襖の隙間からこちらをみていたのは。



真っ赤な目。



わたしは子供達にきつく言い含めている。
扉はきちんと閉めること。
隙間はいけない。
隙間の向こうを見てはダメ。
さもないと。


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