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やさしいひと(2000字のホラー)

ナオちゃん。
ひさしぶりに会わない?
いつも彼女はこうだ。
何の前触れもなく突然連絡してくる。 
気まぐれとかいうのかもしれないけど、全然こちらのことは頓着しないのだ。
元気?とか気にかける気遣いなどはいっさいすっ飛ばして用件だけ単刀直入に切り込んでくる。
かと言って冷たいとか意地が悪いとか、そんなんじゃない。
彼女はとても綺麗だし、さっぱりしていてぐちぐち他人のことをあれこれ言わないところが良い。
若干さっぱりしすぎている気がしないでもないけど。


2人で会うのは数年ぶりだ。
相変わらず綺麗だ。
スタバとか高くて人多くて並ぶの嫌じゃんと言って彼女はあそこにしようと勝手に店を決める。
そこは入るのは初めてのお店。
ナオちゃん、何にする?
カフェラテ?
適当に甘いものも頼んでおくよ。
先に上に行って席取っておいて。


お待たせ。
彼女は運んできたトレーをテーブルに置く。
さっそくドーナツにかぶりつく。  
わたしもアイスコーヒーにシロップを入れてかき混ぜる。
この氷がカランと鳴る音が好き。
そう言うとナオちゃんらしいねと笑われた。
久しぶりに会うのに、不思議と昨日の続きみたいだ。
ふたりはまるで無色透明の空気みたいだ。


わたしたちは特別話すことはない。
でも彼女は話したがっている。 
きっと昔の話。
もう知っているけどまた聞くことにする。


あたし離婚したいってずっと言い続けてきてるんだよ。
もう3回も離婚届書いて渡してあるのに未だにサインしてくれないの。子供ができちゃったから結婚しただけで、別に好きとか考えたこともなかったのよ。
でもさ、産んでみたら赤ん坊は可愛かった。
ただ泣いてお乳飲んで寝てるだけなのにね。


子供が小学校4年の時だったかな。
あたし、職場にお客として来ていた男の人に誘われたんだよね。
ひとまわりも上で立派な肩書きもあって、もちろん結婚して子供もいた男よ。
何回も売り場に来て、そのうち帰る時にあたしが乗るバス停で待つようになって。



あたしのこと好きだ好きだと言うから、この人と一緒に逃げたら離婚できるかもって思ったんだよ。
冗談みたいに言ったらその人、本当に家を出てきちゃって、2人で遠いところに行こうってなった。


それから2年半くらいかな。
むこうも仕事クビになっちゃったし、そりゃそうだよね、女と逃げて家庭を捨てた部長なんてさっさと切られるよ。
あたしたちはアパートを転々として職探ししてなんとかやってた。
なんとかっていっても、1日だって気が休まらなかったよ。
うちの旦那が探偵だか興信所だか使って、あたしたちを探し回っているのがわかったから。
そのうち、あーここもやばくなったと思うと荷物まとめてまた次のとこ探さなきゃならない。
とにかく旦那はあたしたちを追いかけて来た。
絶対諦めない。
置いてきた離婚届にサインして出すかと思ったのに。


あたし疲れちゃったんだよ。
どこまでも旦那は追いかけてくるし、ちゃんとした仕事出来ない生活って辛い。
でさ、あたしもう旦那のところに戻るよって彼に伝えたの。
でも彼はぼくは帰らないってアパートに残った。
最後に元気でねと言ったら、青白い顔して何も言わずにあたしのことじっと見てた。



旦那のとこにのこのこ帰れやしないから、とりあえず実家に戻ったんだよね。
そしたらある晩彼が夢に出てきて。
あー、これはまずいって次の日、彼のアパートに向かったよ。
で、彼の顔を見てすぐにわかった。
彼はげっそりやつれていて、あたしに言ったんだ。
一緒に死のうって。
だからあたしは死なないよって答えた。
あなたも死んじゃダメだよ、生きるんだよって
手を握って帰ってきた。


それから1週間後だったかな。
警察から連絡が来て、彼が死んだことを伝えられたの。
最後の通話記録があたしだったから。
ああ、死んじゃったのか。
そしたら携帯に知らない番号からかかってきて咄嗟に出てしまった。
あなたのせいで主人は死にました。
それだけ。
その一言で切られた。
もちろん相手は彼の奥さん。
奥さんも最後まで離婚届にサインはしなかった。
うちの旦那とおんなじだね。


いろいろ言いたいことがあるはずなのに、言葉にならない。
こんな時何と言ったら良いのだろうと考える。
もう過ぎたことだよ。
終わったことでしょう。
言葉にできない。


彼女はまたドーナツを食べ出す。
ナオちゃんはさ、やさしいよね。
口元をナプキンで拭き、指についたチョコを舐めてから彼女がわたしを見る。


ナオちゃん、いつも言ってたもんね。
何かあったら言って、相談に乗るからね。
いつでも聞くからねって。
その言葉にまた甘えちゃったよ。
生きていても死んでいても、人の愚痴やら何やらずっと聴き続けて。
また会えると思わなかった。
こんなこと聞いてくれるのやっぱりナオちゃんしかいないから。



ナオちゃんに最後のお願い。
無理言っていいかな。
こんなこと頼めるのナオちゃんしかいないの。
ここにいる彼も連れて行ってくれない?
もう成仏しても良い頃だよね。
ね、お願い。







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