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この顔で間に合っていますがなにか。

原宿は竹下通りでアルバイトをしていたことは以前書いたことがある。コチラ
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その当時はバブル真っ盛りで皆が皆、それなりのお金を持っていた、と思う。
そしてなぜかわけのわからない自信を持って肩で風を切って闊歩していたように思う。


竹下通りで衣料品の販売のお店でバイトをしていると、目の前に歩いている人たちを見るともなく見ることになる。
土日祝日ともなると駅から歩く人波と駅に向かう人波とで押し合いへし合い状態になる。
その人の波の真ん中に等間隔に立っている色黒、ロン毛の若い男性達が通り過ぎる女の子達に声をかけているのもよく見かけた。
その当時はそれはそれは厚かましく、図々しく、声をかけてもらったんだからありがたいと思え!というくらいの上から目線のキャッチばかりだった。
中には嫌がる女性のバッグの紐を引っ張る者さえいた。


そんなのを黙って見過ごすわけにはいかない。
店長に言ってすぐに警察に通報、見回りにきてもらうよう伝えるが、相手も慣れたもの。
パトロールの警官の匂いを感じるのか。
彼らはたちまち消え失せ、ほとぼりが冷める頃にまた道の真ん中に悠然と立ち、声かけを始めるのだった。


アルバイトは20時に終わる。 
わたしは片道約2時間弱かけて原宿まで通っていた。まだ19歳だったからこそできたことだ。
その日はたまたまひとりだった。
道の端っこを早足で駅に向かっているとどこからともなく現れた若い男性がすすすと前に立ち塞がった。


すいません、今月末、ここに美容室がオープンするんですが、今簡単なアンケートを書いていただけるとオープン記念としてハンドクリームを差し上げています。
そんなにお時間は取らせません。
アンケートにご協力、お願いできませんか。


見るとその男性からは真面目そうな雰囲気が漂い、昼間のあの乱暴なキャッチとは正反対の穏やかな物腰。
まあ、美容室のオープンというのならそんな変なことはないだろう。
ハンドクリームもちょうど欲しいと思っていたわたしは優しい笑顔の彼に案内されるに任せて店舗の階段を登った。


店内で待っていたのは制服と思われるワンピースを着たメイクもばっちりのわたしより少し歳上だと思われる女性だった。
デスクと椅子が置いてあるだけのガランとした部屋。
美容室の雰囲気がまるで無い。
おかしいな。
そんなふうに心の中で首を傾げていると、こちらへお掛けくださいと言われ、すっと用紙とポールペンが目の前に置かれる。
こちらのアンケートにお答えください。
そう言うとすぐに女性は傍のカーテンの奥に引っ込んでしまった。



名前。年齢。
住所。
電話番号。
①あなたの顔で気になるところはどこですか。
②顔のパーツで直したいところはどこですか。
③あなたはどういう風になりたいですか。


無論そこは美容室などではなかった。
騙されたわたしは名前も住所も電話番号もデタラメを書いた。
①特に無い
②特に無い
③特に無い


頃合いを見計らったようにツカツカとやってきた女性は意気揚々としているように見えた。
おそらく、これでカモを1人捕まえたと胸の内で小躍りしていたに違いない。
しかしわたしの書いたアンケート用紙を見た途端、目が釣り上がり、頬が引き攣ったようになったのがわかった。



どこか気になる所はないですか。
気を取り直したようにその人は聞いてきた。
いや、特にないです。
あなたのような若い方はだいたいどこかひとつやふたつ気になる所、嫌だなとコンプレックスを感じているものなんですよ。
どこかありませんか。
無いです。
鼻とか。口とか。
いえ、別に無いです。
本当にありませんか。
ひとつくらいは。
無いです。
親からもらったものなので特にどうこうしようと思いません。
わたしもイライラしてきた。
いつまでこんな押し問答をすればいいのか。
目の前に座っていたその人が口の中で何やらつぶやいた気がした。
コノコムスメガ。


鼻腔から大きな息を吐くと唇を歪ませ、少々お待ちくださいとその人は言い放ち、ガタンと大きな音を立てて立ち上がり、肩をいからせてカーテンの向こうに消えた。
人声がヒソヒソヒソと聞こえる。
怒りとここからかけられる時間とを天秤にかけているのが伝わってくる。
これで帰れるか。
待つ必要もなく席を立って帰ってもよかったのだと今になって思うが、その時は決着をつけることしか頭になかった。


ヒソヒソ声が止んで、その人が険しい顔で現れた。手には可愛らしく透明のセロハンをピンクのリボンで結ばれラッピングされた、小さな包みがあった。ハンドクリームが入っているのが見えた。
そしてわたしの前に放り投げるように置くと言った。
アンケートにお答え頂いたのでプレゼントをお持ちください。


ありがとうございます。
わたしはカバンに入れながらにんまりした。
その人はそんなわたしを目だけで焼き殺せるくらいの苦々しげさを込めてずっと睨んでいた。


竹下通りを駅まで歩きながら思った。
田舎もんでも化粧もろくに出来なくても、親から貰った顔で充分だ。
この顔で生きていく。
笑えばそれなりにわたしも可愛いのだ。


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