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さよなら、ハイヒール

モテる子は小柄な女の子らしい女の子達だった。
〇〇は可愛いよなぁ、あいつは△△のことが好きみたいだぜぇ。
中学生ともなると、そんな男子の声にも思わず聞き耳をたてて一喜一憂するお年頃。
もちろん私の名が〇〇だったり、△△だったりしたことはなかった。

私だけではなく、学年の女子なら誰もが憧れる人気者の彼のことを好きだと噂された女子は小さくて色白で、通り過ぎるとふんわり甘い匂いがして思わずギュッとしたくなる子だった。

その子には男子はメロメロ(もはや死語だが)で一様に目尻を下げて掃除の時間は先を争うようにちょっかいを出しては、彼女の赤くなった困ったような顔見てはニヤニヤしているニキビ面がいくつも並んでいた。

どうやったらその子に近づけるか、私も自分なりに考えてみたりした。
中ニですでに身長は160を超えていたので、大概の女の子達より背は高く、薄っぺらな胸とお尻はまるで少年のよう。
浅黒いし、毛深いし、意地悪な男子にはおまえホントは男じゃないかよー!と後ろから嘲笑されたこともある。
(今だったらぶん殴っていた!!!)

考えれば考えるほどモテる彼女とは月とスッポン。
何度鏡を見ても色白になることもない。
無理矢理笑ってその子のようなエクボを作ろうとしても無理。
せめてこのヒョロヒョロの背が目立たないようにと背中を丸める癖がついた。
部活の帰りに数人で並んで歩くと、買い物袋から飛び出した長ネギのようにニョキッと突き出した自分のおかっぱ頭が嫌だったせいもある。

目立たぬよう背中を丸めると、皆と同じ視線になり、同じ高さからの世界を見ることができて、ようやく普通の女の子の仲間入りができたという誇らしげな思いさえ湧いてきたのを覚えている。

そんなある日、ひとりの友達が言った。
"ねえ、背中を丸めるの、やめた方がいいよ。
背が高いから余計にすごくみっともなく見えるんだから"
後頭部を金属バットでフルスイングされたかのような衝撃だった。
ミットモナイ。
その言葉の重さ以上に、自分のモテたいという姑息な気持ちが透かしてみられた恥ずかしさに下を向くしかなかった。

社会に出た私は背筋を伸ばし、誰の視線を気にすることなくハイヒールを履くようになった。
背は中学生の頃とほぼ変わらず、10センチのピンヒールから見る景色はきっとあの頃と同じ。
大抵の女性より頭がひとつぶん高い。
結婚して子供が生まれるとぺたんこの靴しか必要なくなった。
背中を丸めることもなく、10センチ分下がった世界をも堪能することができた。

それでも『女』であることを時おり確認したくて、夫婦で出かけるときには必ずハイヒールを履いた。夫とふたり、横並びで歩いていた時、なぜか無性に手を繋ぎたくなり思いきってパッと掴んでみた。

"おまえ、ほんとにデカいな"
"俺より高いから手とか繋ぐの疲れるわ"
彼はそう蔑むように言い、ふりほどかれた指先は行く先を失ってしまった。

私はそれから夫と手を繋ぐのをやめた。
持っていたハイヒールも捨てた。
私は知っている。
夫は背の小さい色白のギュッとしたくなるような女の人がほんとは好きなのだ。

誰かに愛されたい。
誰かに認められたい。
誰かに羨ましがられたい。
誰かではなく自分。
自分を愛したい。
自分を認めたい。
自分を誇りたい。

背中をまるめることも、ハイヒールを履くことももうヤメ。
視界の高さで世界を判断するのもヤメ。


ぜんぶやめてやる。
ハイヒールなんてわたしには似合わない。
そんなのとっくにわかってたよ。
ばいばい。

#エッセイ #中学生の思い出 #モテたい願望
#小柄な女の子 #ボーイッシュな女の子
#ハイヒール

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