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わたしの素晴らしき世界(2000字のホラー)

わたしが小さい女の子だった頃。
お母さんが言ったことがある。
お父さんと別れてお金が無くなっても、あんたには本だけは買ってあげるから。
わたしはお父さんが好きだったけど、本を読むことも大好きだったから、もし2人が別れたらどっちにつこうか真面目に考えた。


中学生になったわたし。
お父さんは相変わらずお酒が手放せない。
昼間は仕事だから我慢ができるみたい。
でも退職金を前借りしてまで欲しがるのは間違ってるよね。
わたしへの罵詈雑言はお母さんの心をおかしくさせないための処方箋。
わたしは沢山の本を読んできたから人を殺す方法はたくさんあることを知っている。
誰にもその痕跡がわからない毒があることも知っている。
お母さん。
離婚したら。 
そう言うとお母さんは黙ったまま何も言わない。わたしへの怒鳴り声もこれで止まるのを知っている。
そうだよね。
そんなことできないよね。
お母さん、わたし人を殺す方法知ってるよ。
言いたいけど言えない。 
お父さんのこと大好きだから。



わたしは目を覚ます。
朝になっているし、窓から明るい日差しが差し込んでいる。
学校はあまり好きじゃない。
だってみんなわたしに嫌なことを言うから。
普通に話したいのに。
普通に恋バナとかしたいのに。
皆んなと流行りのことやりたいのに。


お父さんはもう仕事。
お母さんがちゃんと朝ごはんを作ってくれている。食卓の上にはごはんと目玉焼き、サラダにウインナー。
コーンスープも並んでいる。
ヨーグルトにはキウイフルーツまで入って蜂蜜までかかっている。

どうしたの、お母さん。
お母さんは驚いたように振り向いて言う。
え?いつもの朝ごはんじゃない。
お母さんがちゃんとメイクして笑いながら言う。ピンクの頬にピンクの口紅。 
お母さん、そうしていると綺麗だね。
そう思わず出てしまう。
いやあね、何言ってるのこの子は。
ほら、早く食べちゃいなさい。
遅刻するわよ。
お母さんの朝ごはんは全部美味しかった。
こんなに優しく声をかけられることなんていつくらいぶりだろう。


お母さんに見送られて学校へ行く足取りも軽くなる。 
お父さんと仲良くなったのかな。 
お父さん、お酒を少しだけ減らしてくれるのかな。
お金のことで毎晩喧嘩することも聞かなくて済むのかな。


教室の後ろのドアから気づかれないようにそっと入る。でもみんながこっちを見る。
今日はなんて言われるんだろう。
クサいとか、バカとか。死ねとか。
もう慣れたからなんとも思わないけど。



あーおはよう!!
待ってたよーー!!
みんながわたしの周りを取り囲む。
今日の髪型可愛い❤️
ねー放課後一緒にTik Tik撮ろうよ。 
絶対バズるよ!!


わたしはひと足先に屋上に上がってきた。
今日はなんて日なのだろう。
お母さんは綺麗だったし、朝ご飯まで用意してあって、いってらっしゃいって見送ってくれた。
友達の態度も昨日までとは全然違う。
あんなに汚いものを見るようだった目がアイドルを追いかけるように全てを肯定してくれている。 


言葉にすると現実になるんだ。
言霊って言ったっけ。
本を完成させてよかった。
あれを応募してよかった。
現実が夢に追いついたんだ。
お母さん、たくさんの本を与えてくれてありがとう。
お父さん、お酒ばかり飲んでお金使ってばかりだけど働いてくれていてありがとう。
家族でいることが辛かったこともあったけど、ふたりはわたしの大切な両親。
今度はわたしが2人に恩返しする番だよね。



わたしの素晴らしい世界へようこそ。
言葉があればなんでも叶えられる。
わたしは頑張ってきたご褒美を神様から貰ってるんだ。 
いい子でいたから。
わたしの足下に世界は広がっている。 
本に書いたシナリオ通りになっている。
わたしは有名になり、お父さんお母さんの自慢の娘になる。
友達はわたしをアイドルとして崇めるだろう。わたしはここから飛んでさらに高みへと昇るんだ。


優等生の学校屋上からの飛び降りはセンセーショナルだったが、彼女の家に入った警察官達が見たのは驚くべきものだった。
母親は食卓の椅子の上で硬直していた。綺麗に化粧を施されていたが、その光を失った目の玉が天井を睨んでいた。
父親の姿はようとして知れない。
彼女が亡くなる前に応募した物語は彼女の願望が幼い筆致で描かれているだけのつまらない話だった。 



TV局のリポーターが隙を狙って同級生へマイクを向ける。
どんな子だったって言われても…ねえ。
いつも本を読んでいて、誰とも話さない子だった。
でもあの日はすごく明るくて、自分からおはようってわたしたちに声かけてきた。
Tik Tik撮ろうとか、屋上に来てとか。
気味が悪くなって行かなかったけど。
行かなくてよかったよね、うん、行っていたら大変だったよね。


でもこれ、聞いた話なんですけど。
飛び降りたの、見たって子がいて。
なんか飛び降りるというより、上に飛び上がるようにして笑って手を伸ばしてたって。
それに笑って死んだんだからしあわせだったのかも。







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