見出し画像

型にはまること。はまらないこと。


思えばやりたいことはたくさんあった。
油絵。陶芸。心理学。お花。
そしてそれら全てに(とりあえず)手をつけたことに関しては我ながらすごいんじゃないかなーと一応無い胸を張ってみる。

お花は一枚のぺらの新聞の折り込み広告を目にしたのが始まりだった。
月謝3500円。他に施設使用料として500円。
当時は陶芸と掛け持ちだったので少しでも安くなければ専業主婦の身分としては許されない。
場所は家から歩いても5分程度の市の施設。
通いやすいこともあり、早速体験してみることにした。


先生は非常に元気でパワフルな女性。
せっかちなマシンガントークでひとしきりざーっと説明されるとほかの生徒さんのところへせかせかと歩いて行ってしまった。そして振りむきざまにひとこと。
とりあえずどんどんやってみて!
そう言われて最初の一本を挿すまでに5分…
ああでもない、こうでもないと悩んでいるうちに指の熱で茎が柔らかくなり、どうしてもまっすぐ入らない。茎の先はもうくたくただ。
先生はそれをチョンと短くカットしてくれた。
そしてイライラした声で、思い切ってまずは一本挿してと急かされる。
挿してみた。
変だった。カッコ悪い。
ほぼまるまる手直しされた小さなアレンジメントが完成した時には疲労困憊だった。
すごいじゃない!初めてのわりにすっごく可愛くできたじゃない、あなたセンスあるわねー。
そうまくしたてながら先生は早口で入会届けを書くようボールペンを渡されたので、断りきれずに空欄を埋めたのだった。


教科書どおりに見ながらアレンジメントを作成する、それがその教室の流儀だった。
基本形でもいろんな形があるんだな。
よく卒業式などで壇上に大きな花台に生けられているのを見ると思うが、まさにあんな感じでクラシックかつゴージャス。
挿す順番まで決まっている。
そのうち思い始めてきた。
ああ、この型を壊したい。
飽きた。
花材もいつもほぼカーネーションとかすみ草とスターチス、そして葉物だ。
器は安いプラスチック。
味も素っ気もない。
つまらない。
そして私はすぐに動いた。
新たな教室を求めて。


【おしゃれ】 【フラワーアレンジメント】 【レッスン】などと検索をかけてようやくここだ!と思える所を見つけた。
求めよ、さらば与えられん。
そこは大田区の小さな小さな花屋さん。
アレンジメント教室もやっているとあった。
すぐにメールを送り日時を決め、わくわくしながら電車を乗り継ぎ、えっちらおっちら出掛けていった。
そのオーナーは私より10歳ほど若い、のっそりとした熊のような男性だった。
そして開口一番、ほんとはアレンジメントの教室はやってないんですよね、といった。
はい???
ホームページで削除したつもりだったんだけど、見たら載ってたので今更断れなくなっちゃって。
はあ。なんかすいません。
でもこれもなんかのご縁です。あなたが最後の生徒さんですよ。
そう聞いて安心してテーブルに立つ。


用意されていた花材も器も予想を超えていた。まさに私が求めていたもの。
たっぷりのグリーン。そして紫やら赤黒い形も色も個性的な花々。どれもこれもツボだった。
レッスン料は5000円だがこの器だけで5000円するという。
そこに花代をいれると大体1万円弱になっちゃうんです。でもそこはどうしても下げたくなくて。
あたりまえですけど、やればやるほど赤字になるのでレッスンは辞めることにしたんです、と言って笑った。納得。


そしてまず彼が通称オアシスと呼ばれる吸水スポンジに一本挿す。
驚いたことに真ん中にまっすぐではなく斜めに挿した。
私のえっと戸惑う顔を見て面白そうに眉をあげる。
普通の教室だと四方見の場合、まず真ん中に一本、そこから放射状に挿していきますよね。
でも考えてみてください。
自然の草っ原で花がそんなふうに咲いていますか?
器の中に森を作るつもりでいつも僕はアレンジメントを作ってるんです。
だから今日はオラヴさんの森をここに再現してみてください。
どんなふうに挿しても大丈夫です。
必ずまとまりますから。



出来上がったものは本当に器の中に森がそのまんまのっかっていた。
沢山の樹々と葉、そして所々顔を出す花。
深い深い少し薄暗い森の中だ。


いいですね。
オーナーはそれをみて満足げに笑みを浮かべた。
型にはまるのもいいけれど、たまには型から出るのもいいものですよ。


たしかにそうだ。
だがたとえ窮屈でも確かな基本の型を知らなければ崩すこともできない。
型を知っていたからこそ、このアレンジメントの良さを深く知ることが出来たのだから。
型があってこその型破り。
どちらも間違いではないし、どちらも正解。


あの時、私の手によって生まれたずっしりと重い私だけの小さな森を、今も時折思い出す。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?