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【対談】黙劇 × もちだころ 「絵について。」(後編)(3) 絵はすべて平面だけど、、、2Dと3Dについて

[ 黙劇 ] 漫画「sister.」、詩集企画「sea.」など
[ もちだころ ] 地元漫画「まつかぜ」、同人誌表紙など

横浜のとあるアメリカンダイナーにて、ビールを飲みながら、、

*前半はこちらから(黙劇さんブログ)から読めます。


絵はすべて平面だけど、、、2Dと3Dについて

黙: これは私のシンプルな疑問で、イメージしているものが3Dだった場合に、それが絵って強制的に2Dになっちゃうじゃないですか。これについてどう思ってるのかなって。作りたいものが3Dだったら、3Dを作った方が良いんじゃないの?でもなんでそれをわざわざ2Dに落とし込むのかなって。もしくは、写真でもいいじゃんっていう言い方もできると思うんですけど。で、なんで私はこういう絵と3Dとか実写かアニメかとかにこだわってるっていうか、そこを感じるのは、映画好きなんですよ。映画は3Dだし、でも2Dで観てるっていう不思議な作品ではあるんですけど。ただ漫画も、2Dの世界も、めちゃくちゃ自由度がある、3Dよりもめちゃくちゃ自由度がある。3Dは砂漠の画をとりたいっていったら砂漠に行けなかったら撮れない。でも絵だったら砂漠を描けるっていう。

も: 成り立ってなくても、描けちゃいますしね。

黙: 絵はすべて平面だけどなんでも表現できるなーって、おもってるなーっていうのが私の3Dの限界と2Dの自由度、みたいなところ。
あれですよ、この『sister.』を実写映画で撮ってごらんなさいよ(笑)大変ですよこれ。

も: たしかにねー(笑)誰かケガしてるかもしれませんね。

も: 私はかなり2D的な目になってると思うんですよ。
お絵描き教室に行ってた時に、野外のスケッチの機会があって、最初はすごく奥行きがあって、写真で撮ったら映えるようなところを描いてたんです。そしたら先生が来て、これは確かに写真で撮ったらすごい立体感があって面白いんだけど、絵にするならあんまり良くない。それ水彩画で描いてたんですけど。奥行とか立体感がありすぎるよりは、そこを色面だととらえて、あんまり立体物みたいに描かずに、きれいな色の組み合わせ、どういう色の組み合わせが心地よいかとかそういうのを大事に見ていくんだよ、みたいな話があって。なんかそれわかるなーって思ったんですよね。だから、自分は性質としては3D的な奥行きのあるものに惹かれるっていうよりは、ペタッとしたものにたぶん惹かれてるので、なんか2Dが合ってるんだろうと勝手に思っています、ていうのがまずある。

で、黙劇さんがカッコいいバイクの写真をツイッターにあげてて、こういうカタチカタチしたものが好きなんだなって、そういう感じがしたんですよね。

でも最近思ったのは、多摩川によく行ってるじゃないですか私。

黙: 多摩川ヘビーユーザーですよね。

も: で、もう引越しちゃうから、写真にはいっぱい撮ってるんですけど、できればスノードームにしたいって思ったんです。

黙: 何が舞うんだろうな、、、タンポポの綿が飛ぶ感じかな、、

も: (笑)ゆっくり夕日が沈む、みたいな。もし作れたとしたらそれがいいな、と思った。それはけっこうね3Dにしたいって思ったんですよね。でもスノードーム実際には全然自分が求める完成度では作れないから、じゃあやっぱり漫画で描こうか、になるかもしれないし。そういう自分の手の内でやれることの中の最大限できること、みたいなところはありますよね。しかも漫画だったら時間の流れが描けるので。

黙: なるほど。

も: なんかね、黙劇さんの絵って立体的ななにかを描くのが好きなのかなって、思うんですけど、でもトーンの入り方とかをみてると、ペタッとした感じも好きなのかなと思ったりもして。

黙: なんて言えばいいのかな。2Dのものを描いてるんだけど、立体コンプレックスがあるみたいな、そういう感じ。

も: コンプレックス(笑)

黙: 2Dなんだけど、オレは立体になりたいんだ、みたいな。のを抱えてるような気がする。立体になれない絵が、立体っぽくなるって面白いなっていう感覚かな。でも立体の方がなんていうのが迫力がある。それは絶対的に。だからバイクも、バイクの絵とバイクそのものがあったときに、どっちに乗りたいかって言ったらそれは立体のバイクに乗りたいわけで(笑)
   立体の中には中身があるし、重さがあるし、触ったときの奥行きがあるし。そういうのを2Dにある程度、一部分でもいいから持ってこれたらいいなっていうことは、私は思ってはいる。

も: 最近これも多摩川を歩いてて思ったんですけど。やっぱ写真に撮っちゃうとなんか違うなみたいになっちゃって。それは色が違うとかいろいろあるんだけど、歩いてるとちょっとずつ景色が変わっていって、ここにあったものが後ろに去っていったりするっていう立体感、ちょっと目を動かすと動くっていう立体感がどうしても写真だと出ない。なんかそういう違いかなーと思ったときがあって。で、でも漫画ってコマがあるから、ここに木が立ってるっていうコマを描いた後に、後で少しずれたコマを描けば動くじゃないですか。そうすると、それが読んでる人の中で再生されて映像になる。それが立体感みたいなものにたぶんなってて、そこが漫画は面白いなと思うんですね。映像だとその感覚っていうのがその作品にかなり帰属してるんだけど、漫画だと読んでる人がその再生機能は持ってるみたいな感じで。その人の身体性で再生されるので、もしかしたら実写の映画よりもリアルな感覚みたいなのが蘇ってる可能性はあると思う。なんかそれが面白いなって思いますね。アクション漫画とか見てると、動きがここでズバッと決まったみたいなのあるじゃないですか。あれが再生されるのが面白いんだろうなーと思いながらみてますね、、。
だから2Dなんだけど、まあ3Dが呼び起こされてるかどうかはわからないけど、その3Dをみたときの感覚が想起されてると思う。

黙: なるほど。

も: 漫画はかなり面白い道具、みたいな感じ。

黙: なるほど。なるほどですね。

も: (笑)

も: そうかー、映画なんですね、やっぱり。映画も2Dだけど。

黙: まあ、そうです。映画(物理的な画面)の向こう側に俳優さんいないので。


も: 演劇ではなく?

黙: 演劇は、ちょっと違う。演劇も何回か観たことが全然あって、面白い人は面白いって言ってるんだけど。映画が強制的に四角くトリミングするあの強制力っていうか、ここを見ろっていう強制力は演劇には無いから。かわりに演劇は自由なんですよ、どこを切り取って見るかは自由っていう面白さはあるんですけど、映画のあの強制的にシーンを見させるあの四角い画面っていうのは、魔的だなと思う。

も: それでも漫画に近いですね。

黙: そうですね。
演劇はここでセリフを言ってる人を見ててもいいし、木の役をしている人を見ててもいいわけで、そういう自由度はある。

も: なんかあれですかね、バイクみたいな物って物語が別にそこにないじゃないですか。そういうもの自体みたいなのを見てるときは3Dっていうのはかなり魅力的なんだけど、そういう演劇とか映画とか漫画とかっていう物語をかこうっていうときは、3Dっていうよりはやっぱりその物語をどう見せるかっていうのが優先されてくるのかな。

黙: うーん、私はそういう感じかな。
あとは私の場合は『sister.』に関しては読み終わった読後感っていうのを、本を読み終わった後の読後感だったり、映画を観終わったあとの読後感っていうのと、おんなじものをこれで味わってほしかったので。そういう感じだった。これを読み終わったあとに「おわったー」みたいな感覚があったと思うんですけど、それがホントに、それが黙劇ワールドで味わってもらえればいいなあと思って。

も: そしたら成功してますね。

黙: 成功してます…?よかったー笑

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