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これまでと同じこと

歩は褒められるのが好きだった。子供の頃からその場で求められていることを察知して、誰よりも早くやり遂げることが好きだった。だからいつも集団の中では頼られたし、それを自慢に思っているふしが歩にはあった。

恋愛においてもそうだった。相手の望むこと、して欲しいことを理解して、常にさりげなく先回りした。目を合わせ、感じよく笑いかけ、相手が話したいこと察知して、自分の話を少しする。歩のほうが、こういったコミュニケーションについては常に深いところにいるから、相手の立っている位置が良く見えた。自分と同じ線状に居て、でも波打ち際をうろうろしている相手の様子を、歩は海の中からじっと見た。

だからよくモテたし、自分から明け透けな行動を起こさずとも、相手に困ることなく過ごしてきた。外見が整っていることもあってか、歩がこれと思った相手は想像通りに動いてくれるので、常にパートナーが途切れることはなかった。

歩は新卒で入社した政府系企業に勤め続けており、今では肩書に「補佐」が付くものの、小さなチームを任されていた。数字を求められる環境ではないので、その空気に従って穏やかに過ごす。歩は挑戦することが好きではなかった。だから、多くを求められない今の職場が気に入っていた。

歩が違和感を覚え始めたのは、33歳の誕生日を迎えたころだった。パートナーの部屋でワインを飲みながら一緒に映画を見ていると、別れを切り出された。これまでにはない展開だったが、よくある話だと歩は考える。別れて3か月後、36歳になった元パートナーは、職場の同僚だという歩より年下の人物と結婚した。

これまでと同じように、「ストック」の中から比較的好ましい相手に罠を仕掛ける。これまでと同じこと、ただの繰り返しだ。きっともう数日たてば連絡先を聞かれ、食事をする約束をし、「こんなにぼくのことを解ってくれる人に出会ったのは初めてだ」と感極まった顔で告げられる。私のことなんて、何も解っていないのに。

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