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【アップルパイが食べられなくなったお話】

田舎から上京して、早15年が経った。

年に一度だけ地元に帰る日がある。

それは『敬老の日』だ。

俺には両親はいない。
その代わり、親のように育ててもらった祖母がいる。

敬老の日に帰るのは、祖母が作ったアップルパイを一緒に食べるためだ。

「おばあちゃんの作ったアップルパイが世界一美味しい!」と、
子供の頃、よく言ったのを自分でも覚えている。


小さい頃から上京するまで沢山の思い出がある。

今では信じられないけど、
祖母が運転する原付バイクの足の所に乗って
畑まで移動したことも今では懐かしい。

それぐらい田舎の田舎で俺は育った。

祖母とは1週間に一度ぐらいのペースで電話をしている。
高齢をいう事もあり、心配だからだ。
たまに時間が合わずに、電話に出ない時は、
翌日の朝、電話を取るまで不安にもなる。

電話越しではよく
「年寄扱いするんじゃないよ」って怒られもするけど、
電話をかけると嬉しそうに話しているのが伝わってくる。


たまに、高齢者の孤独死についてのニュースを目にする。

その度にこっちに呼びたくもなるけど、施設などにも電話相談してみたら
自分と同じような考えをもつ人が多いみたいで、待機する人も多いみたい。

そしてなにより、祖母からも「生まれ育った場所から出たくない。」と、
言われたこともあるし、その気持ちは尊重してあげたい。

現実問題、現状維持しか見いだせない。そんな感じだ。


今年も『敬老の日』が近づいてきた。有休も以前から出していた。

準備は万全だった。

敬老の日の2日前、会社に電話が入った。
取引先の方からだ。

海外に行くことになり、予定より早く契約をしておきたいと相談があった。

契約というのは、収益物件の「土地・建物」の契約。

額も額で、個人歩合にも大きく反映する契約だった。

「ちなみにいつ頃をご希望でしょうか?」
「月曜日でお願いしたいのですが…」
(敬老の日だ)

どれぐらい間があったただろうか。

「大丈夫ですよ。月曜日ですね」
「ありがとうございます。では、当日はよろしくお願いします」

ガチャ。

「部長すみませんが、今進んでる契約が月曜日に変更となったので、有休は火曜日に変更してもらう事は可能でしょうか?」

「大丈夫だぞ。大きな契約だ!頑張ってな」

「はい」

その日の夜、祖母に電話をした。
大きな契約が入ってしまった事、火曜日に行く事を伝えた。

「私になんて気を遣わずに頑張ってらっしゃい」と祖母は言った。


月曜日、契約は無事に終わって、夜は会食をした。
3次会まで行き、ほぼ酔っぱらったような二日酔いの状態で
翌日朝早くから新幹線に乗った。

移動中はずっと眠っていてよく覚えていない。

実家に着いた。

家の中に祖母はいない。

原付もあるし、近くの畑にでも行ってるのかな?
なんて思いながら久しぶりの道を歩いた。

近くの畑には姿が見えなかった。
おかしいな。どこに行ってるんだろう。

家で待つことにした。

横になり、テレビを見ていたらいつの間にか眠っていた。


目が覚めると、日は落ちていた。

祖母の姿はまだない。いつもなら祖母が作ったアップルパイを食べている時間帯だ。アップルパイ…全身に鳥肌がたち、嫌な予感がした。

玄関を飛び出し、慌てて家の裏に回った。

リンゴの木の側で
祖母と脚立が倒れている。

体は冷たくなり、落ちたあと少し動いたのだろうか。
這いずった跡と、りんごが落ちていた。

その後の事は、良く覚えていない。
覚えているのは、救急車を呼んだ事、
警察も来た事ぐらいだ。

事故から数週間後、死因は転落から骨折、身動きが取れなくなり体温低下、低体温症による凍死と警察から教えられた。

数年前から祖母には脚立には昇らないようにお願いしていた。
毎年、リンゴを採るのは自分。

何故今年に限ってそんな事を。

日にちが変わらなければ。
大きな契約の話をしなければ。
ちゃんと祖母を探していれば。

なんて答えの出ない答えを今も探している。

アップルパイを見るたびにあの日の事を思い出す。
これが僕がアップルパイを食べられなくなった理由。

お花の騎士


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