05.篠崎真二

登場人物
・篠崎 真二 神代高校の生徒。物語の主人公。あだ名は“しんしん”
・赤城 マミヤ 篠崎の親友でクラスの人気者

 はぁ、はぁ・・・。マズイぞ、どうやら待ち合わせに遅刻だ!
 神代高校3年A組の男子生徒、篠崎 真二(しのざき しんじ)はうっすらと汗をかきながら神代市の中心地にある商店街”神代ロード”を走っていた。
 
 神代市の中心商店街である”神代ロード”には昔ながらの個人商店が並んでいる。

 今日は10月31日。

 大都市のハロウィンほどの派手さはないものの、商店街はハロウィン一色となっている。自然と道行く人たちは普段よりもゆっくりと歩いていたが、篠崎真二には周りの景色を楽しむ余裕などちっともなかった。

 ♪ポローン、ポローン、ポロポロ・・・♪

 商店街におなじみのメロディーが流れ始めた。これが鳴るのは決まった時間だ。篠崎はちらっと腕時計を見るとやっぱりもう午後6時である。

 ああ、ヤバイ。待ち合わせの時間を30分も過ぎている。

「あら、篠崎君じゃないの。お急ぎね?」
 商店街ですれ違った中年の女性が声をかけてきた。
「あ、はい。どうも」
 反射的にうなずくが、相手が誰なのかわからないまま篠崎は通り過ぎた。きっとクラスメイトの誰かの母親だろう。

 篠崎の向かう先に小さな本屋の看板が見えてきた。待ち合わせの場所まであと少し。


 今日はハロウィンパーティーのため、3年A組の生徒たちは午後6時まで学校に集まることになっていた。しかし篠崎はあえて通学路途中の商店街にある小さな本屋で友達と待ち合わせる約束をした。

 友達と学校ではなく通学路途中の本屋で待ち合わせをするのには理由がある。学校に誰と向かうのかは、クラスのヒエラルキーでいうところの“ど真ん中”を自覚する篠崎にとっては重要なことなのだ。

 今日はパーティー。

 クラスメイトたちはきっと自由に振る舞うだろう。中には羽目を外してやんちゃをする生徒もいるかもしれない。
 篠崎にはハロウィンパーティーを楽しむゆとりは全くなく、今日のパーティーを無事にどう乗り切るかだけが関心事だった。

 だからこそ、である。

 ”誰と教室に入り”
 ”誰とあいさつをして”
 ”どの場所に収まるか”

 これは今日のパーティーをトラブルなく過ごすために重要なことなのだ。

 そういう意味では篠崎が待ち合わせをしている相手、赤城 マミヤ(あかぎ まみや)は理想的な存在といえた。

 はぁはぁ・・・、着いたぞ!

 商店街の本屋に駆け込んだ篠崎は店内を見渡した。

 雑誌コーナーに背の高い少年、赤城マミヤが立ち読みをしている。店内が小さいこともあるが、モデルのような風貌をした彼は自然と目立っていて篠崎はすぐに見つけることができた。

「赤城君、遅れてゴメン!」
 篠崎は息をきらしながらそう声をかけると赤城は篠崎に気づき雑誌を閉じた。

「その本、読みかけでしょ。キリのいいとこまで読む?」
 篠崎は気を使ったが赤城は何の未練もなさそうに雑誌を本棚に戻し、別にいいよという顔をした。

 ”別にいいよ”

 赤城はいつもそんな感じだ。このまえ別れた彼女にもそんなことを言ったらしい。

 赤城マミヤは良く言えば”物事に執着しない”、悪く言えば”冷めている”のだか、とにかくいつも自然体。そして間違いなくクラスの人気者だった。

 どちらかというと心配性で周囲に気を使う篠崎とマイペースな赤城は対照的な二人だったがお互い妙に気が合うのだ。二人が知り合いになったのは高校生からであったが、今では同じ軽音楽部でクラスも一緒である。赤城がどう考えているかは別として、少なくとも篠崎は親友だと思いたかった。

「・・・じゃあ学校、行こうか」
 二人が本屋を出たところで赤城はポケットからスマホを取り出した。電話がかかってきたようだ。

「アユミ?・・・俺のスマホにメッセージ?いや、まだ見てない。・・・これから?俺今日は学校でハロウィンパーティーがあるらしいからダメだわ。・・・明日?別にいいよ。じゃあな」
 赤城はそう言って電話を切るとスマホをポケットにしまった。

「え?赤城君、まだアユミちゃんとSNS繋がってるの?大丈夫?最近はクラスメイトの水穂ちゃんと付き合ってなかったっけ?」
 篠崎の少し非難のこもったような質問に対しても赤城は特に表情を変えなかった。

「ああ、俺は別にいいよ。友達とか彼女とかアユミが決めることだしな。だいたい水穂も別に俺の彼女ってわけでもないしな」

 いつものことだったが篠崎には赤城が女性からモテることが羨ましいという高校生にありがちな感情よりも、赤城がこのままでは女性関係のトラブルに巻き込まれないだろうかという心配のほうが上回っていた。

「本当にねえ、赤城君。君、いつか刺されるよ。ヤバイよ〜」
 篠崎の口癖である"ヤバイよ〜"を聞いて今日初めて赤城は笑った。

「そうだな。俺がもし大変なことになったら、この前みたいにお前に助けてもらうよ。頼りにしてるぜ”しんしん”」

 ”しんしん”

 これは篠崎真二の名字と名前をとったあだ名である。
 篠崎はそれを聞いて内心で少しホッとした。篠崎にあだ名の”しんしん”で話しかけるのはいつも通りの赤城である。とうやら篠崎の遅刻のことは本当に気にしていないらしい。

 あっ、遅刻といえばそもそも学校の集合時刻の午後6時はとっくに過ぎている。マズイ!

 篠崎は再び腕時計を見て少し早歩きになりかけたが、一緒にいる赤城が意にも介さず普通に歩いているのを見て、ついに急ぐことを諦めた。

(つづく)

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