08.クラスメイトたち(2)

登場人物
・篠崎 真二 主人公。あだ名は“しんしん”
・大前田 美沙 クラスいちの情報通
・木下 大吉 有名な動画アップローダー
・瀬戸内海 豊 喧嘩無敵の一匹狼
・黒田 シュウ 元番長の留年生
・神道 伸也 不良グループのリーダー
・白尾 哲 不良グループのメンバー。頭脳派
・根津 拓斗 不良グループのメンバー
・宮内 隆 不良グループのメンバー

 3年A組の教室に入ってすぐに赤城マミヤを水谷水穂に連れて行かれ、篠崎真二は独りぼっちになってしまい、赤城とハロウィンパーティーを無難に過ごそうとした篠崎の計画は早くも挫折してしまった。

 マズイぞ、こりゃマズイ。どうしよう。

 今日のハロウィンパーティーは自由席、ここはあくまでも自然にどこかの席に座ることが肝心だ。篠崎は思考力と観察力を最大限にし、3年A組の教室の様子を伺った。

 なるほど。教壇の位置はクラスを見渡しやすい。

 まだ到着していない生徒や教室を出て行ったきりの生徒もいるようだか、教室の席はほぼ生徒たちで埋まっていた。どうやら教室には自然といくつかの小グループができあがっているようだ。

 まず篠崎の目に入ったのは白石や中山ら数名の”自称日陰軍団”だ。
 彼らは教室のやや後ろの席で机の位置を勝手にずらしてトランプをやっている。その光景はある意味普段の昼休みと同じで今日のハロウィンパーティーにも興味なしという感じだ。まあ、あいつららしいと言えばそれまでだけど。

 ”自称日陰軍団”の近くには大前田美沙を中心とした女子たちのグループができあがっており、おしゃべりに花を咲かせている。

 大前田 美沙(おおまえだ みさ)。

 クラスいちの情報通で通称”マダム大前田”。
 篠崎にとって大前田の恐ろしいところは情報力よりもその拡散力だ。例えば篠崎は女子生徒と浮ついた噂などからは無縁の男だったが、半年前の京都修学旅行で事もあろうかクラスで女番長と恐れられている祇園茜と篠崎がデートしたなどという迷惑な噂を大前田美沙に広められたこともあった。
 そのあとの数週間、祇園茜を慕う取り巻きの強面女子から篠崎は腫れ物のような扱いを受け、居心地の悪いことこの上なしだった。

 そんな大前田ら噂話に花を咲かせたグループの隣にも木下大吉を中心とした集団ができていた。こちらは男子に混じって女子もいるようだ。

 木下 大吉(きのした だいきち)。

 大柄で外見は柔道でもやっていそうな硬派な高校生に見えるが本人は至って不真面目。そしてネットの界隈ではそこそこ有名で常時1万人以上のユーザーをかかえている人気動画アップローダーだ。
 木下は何よりもネット界隈から注目されることを優先し、過去に無茶苦茶をして自身の動画チャンネルが炎上したこともたびたびあった。

 篠崎は木下のことが嫌いではなかったが、今日のようなパーティーでは木下は何かしらの動画を撮りだすかもしれない。それは篠崎にとって何の得にもならないうえに、ネットの炎上に巻き込まれるリスクを負うだけのデメリットしかないことだった。

 とりあえず木下らスマホの動画を見て騒いでいるグループは保留して別の席を探そう。でも無理してどこかのグループに入らずに、いっそのこと一人で過ごすという手もあるか。

 そう考えて篠崎は3年A組の教室を再度見渡すと、そこには一人で静かに座ってパーティーの開始を待っている生徒も何人か見受けられた。

 その中でもひときわ目立つ男子生徒がいる。なぜなら彼の座っている席のまわりは空席で、それはそれは見事なクレーターが出来上がっているからだ。

 瀬戸内海 豊(せとないかい ゆたか)。

 身長190センチ、体重100キロの巨漢で、スキンヘッドに限りなく薄い眉毛。高校生の制服を着ていなければ、毎日のように街中で職務質問をされることだろう。
 しかし瀬戸内海が真に恐ろしいのはその外見を裏切らない無類の喧嘩の強さだ。なんでも暴走族の一団をたった一人で殲滅したという話を篠崎は聞いたことがある。噂に尾ひれというものはつきものだが、瀬戸内海に限ってはそれもあり得ることだと篠崎は考えていた。

 ただし瀬戸内海は常に好戦的かというとそうでもなく、彼なりの判断基準があるようでクラスメイトに暴力をふるったり威嚇することはなかった。

 今日の瀬戸内海は一人、目を閉じたまま耳にヘッドホンを当てて音楽を聴いている。瀬戸内海は微動だにしないので、もしかしたら寝ているのかもしれない。しかしパーティが始まったら誰かがあの男を起こすことになるのか。篠崎は誰だかしらないがその相手に同情した。


 そして”もう一人”、瀬戸内海から少し離れた後方の席、黒田シュウの周りにも瀬戸内海とほぼ同じ大きさの空席のクレーターが出来上がっていた。

 黒田 シュウ(くろだ しゅう)。

 クラスでただ一人の留年生。元先輩というだけでも十分近寄りがたいところだが、黒田が特別な男子生徒である理由はそれだけではなかった。

 篠崎ら今の3年A組の生徒たちが神代高校に入学した三年前、上級生の二年生だった黒田シュウの学年は荒れに荒れて“神代高校最悪の学年”と呼ばれていた。
 その中でも黒田シュウは特に有名で噂によれば黒田は一度キレたら手をつけられず、気に入らない相手はそれが例え先生であっても容赦しなかったそうだ。そのせいか過去に何度か停学になっているらしく、黒田が留年したのはきっと出席日数が足らなかったのだろう。

 噂に聞いた黒田シュウはまさに“修羅”とか“刹那”という言葉がぴったりの札付きのワルというやつだ。いや、ワルだったと言うべきか。
 なぜなら現在の3年A組での黒田はクラスメイトに対してはむしろ親切だったのだ。

 黒田さんは留年して更生したのだろうか?

 篠崎はそのことを実際に確かめようなどという気は全く起こらなかったので真相はわからないままだ。

 黒田はいつも一人でいたが、今日も黒田は席に座ってスマホをいじっていた。

 おや、黒田さんがスマホか。これはめずらしいな。

 高校生がスマホをいじるのは全く普通のことなのだが、黒田に対してはあまりそういうイメージがなかったので、篠崎はなんだか普段と違う感じがした。
 篠崎の視線に気がついたのか黒田はスマホを手に取ったまま視線を篠崎の方へ向けた。篠崎は反射神経のごとく慌てて目を逸らした。


 「お~い、篠崎~!お前教壇につったって大喜利でもしてくれるんかい!」
 そこへ突然、教室後ろの席から神道伸也が声をあげた。同時に彼の周囲の男子生徒数名がゲラゲラと下品に笑った。
 神道ら7~8人の男子生徒は教室後ろの窓際、いわゆる”不良の特等席”に陣取っていた。

 神道 伸也(しんどう しんや)。

 神代高校の3年A組とそれ以外のクラスや下級生も含めると、およそ数十人規模となる不良グループ”シンシンズ”を束ねている男だ。
 篠崎は不良の世界に詳しいわけではなかったが、瀬戸内海豊や黒田シュウがいわゆる一匹狼的な不良であるのに対し、神道伸也はまさに数を力とするタイプの不良だった。
 喧嘩やタバコはもちろん、独自のパーティーや賭け事の仲介などで資金を荒稼ぎし、いわゆる”神道グループ”は高校生の不良の域を完全に超えて活動をしているようだった。
 特にリーダーの神道伸也とその右腕の佐久間豪、手下の山田まことらは“たち”が悪く、時には篠崎ら一般の生徒にも絡むことがあった。そういう意味で篠崎にとっては瀬戸内海豊や黒田シュウよりも神道グループの面々は警戒すべき対象であると同時に嫌いな相手でもあった。

「問題で~す。今日のパーティーの主賓、桜坂が時間になっても現れません。さて、なぜでしょう?はい篠崎~!10秒以内な~。下ネタは禁止やで」
 神道は立ち上がって大袈裟に手を口元にあててそう言った。神道の取り巻きたちは再びゲラゲラと笑った。

 しかし神道から突然振られた篠崎は愛想笑いをして、手でごめんなさいのポーズをとりながら首を横にふった。

 教壇は目立つ、ここにるのはマズイな。

 神道たちにこれ以上絡まれるのを避けるためにも、篠崎は教壇からそそくさと離れ、仕方なく教室をウロウロしながらどの席に座るのかを探すことにした。

 篠崎から何も面白い反応がなかったので、なんだよヘタレが、とか、滑る奴だな~、いうような声が神道の取り巻きから聞こえてきたが、篠崎にとっては幸運なことに言い出しっぺの神道本人の興味はすでに別のことに移っていたようで、これ以上絡んでこなかった。

 神道はとても高校生に似つかわしくないような高級な腕時計をちらっと見た。

 「なんや・・・美術室に行った山田と外ノ池がまだ戻らんな。あいつら俺が頼んだ肝試しの仕込み、まだ終わらんのか。ドン臭いやっちゃなあ」
 山田と外ノ池が美術室でもたもたと準備をしている姿を想像してゲラゲラと数名の取り巻きが笑ったが、神道は笑わずに一人の男子生徒を指差した。
 「なあ哲っちゃん、お前、ちょっとあいつらの様子見にいってくれんか?」

 「・・・私ですか?ま、まあいいですけど」
 哲っちゃんと呼ばれた茶髪の男子生徒が答えた。白尾 哲(しらお てつ)は全身白尽くめの服装で、耳には金色のピアス、これまた金色のネックレスをつけていた。白尾は細身で色白であったので、その派手な服装は不良というよりはビジュアル系ミュージシャンのように見えた。

 「哲っちゃんはうちのグループ随一の頭脳派やからな。山田と外ノ池のアホがトラブってたら手助けも頼むわ。すまんの」
 神道は白尾のほうを向いてニヤッと笑って両手を合わせた。

 「はいはい、わかりました。では、念のため根津と宮内の二人も連れて行きますよ、いいですね?」
 白尾は指名した根津と宮内の二人のほうを向かずに神道に許可を求めた。
 「せやな。おい、根津!宮内!お前らもすまんが哲っちゃんと美術室に行ってくれ」
 黒いサングラスをした男子生徒の根津 拓斗(ねず たくと)、革ジャンを着た長髪の男子生徒の宮内 隆(みやうち たかし)は二人とも無言で立ち上った。

 「では行きますか、美術室へ。さっさと用事を済ませてここに戻りますよ」
 白尾は颯爽と根津と宮内の二人を引き連れて3年A組の教室を出て行った。

(つづく)

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