16.パーティーの始まり(3)

登場人物
・篠崎 真二 主人公。あだ名は”しんしん”
・赤城 マミヤ 篠崎の親友
・隅田川 尊 真面目な学級委員長
・神道 伸也 不良グループのリーダー
・白尾 哲 不良グループのメンバー
・祇園 茜 スケバン
・黒田 シュウ 元番長の留年生
・瀬戸内海 豊 喧嘩無双の一匹狼


「逃げろ!」
 廊下から再び大声がした。それは日常で聞くことのないような切羽詰まった声だったので普通の生徒には誰の叫び声なのかわからなかっただろう。だが篠崎真二にはわかった。それは親友の赤城マミヤの声だった。

 篠崎はちょうど教室を出ようとしたこともあり、そのまま急いで廊下側に走った。

 3年A組の教室はB棟(教室棟)の一番端にある。そのため、教室を出たら他の教室を越えてB棟(教室棟)の中央階段まで廊下が一直線に続いている。

 篠崎が廊下に出ると周辺には立ち話をしているクラスメイトの女子生徒が数名、その先にはちょうど肝試しに向かおうとしている神道伸也とそれに付き合わされている祇園茜、さらにその先に別の女子生徒がひとりで立っているのが見えた。
 そして篠崎の位置から一番遠くに見えている女子生徒のさらにその先には、何だろう?遠目だがカボチャのような仮面をかぶった大男が立っているのが見えた。さっき白尾が話をしたカボチャ男なるものだろうか、篠崎の位置からは遠すぎてよく見えないが確かにその人影は異様な雰囲気だった。

「早く逃げろ!!」
 中央階段の方から再び叫び声がした。篠崎から見てカボチャ男のさらに先、中央階段から赤城らしき男性生徒が顔を出しているのが見える。

「ひっ、こ、こいつだ!殺される!」
 赤城の叫び声を聞いて廊下に出てきた白尾もそう叫んだ。こいつとはさっき白尾が言っていたカボチャ男のことだろうか。

 カボチャ男から最も近くにいる女子生徒はそのままひとりでポツンと廊下に突っ立っていた。いきなりの状況に混乱してリアクションに困っているのだろう。

 そしてその女子生徒と篠崎のちょうど中間あたりの廊下にいた神道伸也と祇園茜の二人も突然の騒ぎにどうしてよいかわからないようで、その場で立ち尽くしていた。

 篠崎も含めて廊下にいる生徒たち全員の動きが止まっていたが、ただ一人、カボチャ男だけはゆっくりと一番近くにいる女子生徒のほうへ向かっていった。カボチャ男と女子生徒との距離はおよそ1メートルくらいだろうか。その女子生徒はやはり動かないでじっとしている。

 「・・・だめだ、もう間に合わない」
 篠崎のすぐ後ろにいた白尾は絞り出すような声でそう言った。

 カボチャ男は女子生徒の目の前に立った。2メートルはあろうかというカボチャ男は小柄な女子生徒を見下ろす形になった。

「早く逃げろっ!」
赤城の叫び声と同時にカボチャ男は右手に持った鎌を振り上げ、そのままカボチャ男は鎌を振り下ろした。そして女子生徒の首が飛んだ。

 それを見て教室のすぐ近くの廊下で立ち話をしていた女子生徒達が立て続けに悲鳴を上げた。

 そしてパニックが始まった。

 -キャー人殺し!
 -何?肝試し?
 -ちょっと、見えないんですけど!

 逃げろという赤城の叫び声を聞いて教室の窓から廊下に顔をだしていた女子生徒達も続けて悲鳴をあげた。

 廊下に立っていた神道伸也は腰が抜けたのかその場でピクリとも動かなかった。一方で神道と一緒にいた祇園茜は悲鳴をあげながら、神道を置き去りにして篠崎達のいる3年A組の教室へ走り込んできた。

 3年A組の教室はパニックが廊下から教室内へと伝染していった。女子生徒達の悲鳴は止まらず、廊下の様子を見ようとしてバタバタする生徒、何が起こっているのか周りに尋ねる生徒、肝試しの演出と思いはしゃぐ生徒、教室内は騒然としている。

 「誰も動くな!」
 ところが混乱する3年A組の教室をひとりの男子生徒が止めた。黒田シュウが突然、教壇に立ったのである。
 黒田は教室の生徒たちに全員に向かってはっきりと命令に近い口調で誰も動くなと言った。黒田はクラスメイト唯一の留年生で、上級生だったころは元番長と噂されていた男だ。そのことを知っている3年A組のクラスメイト達は黒田の一声によって若干落ち着きを取り戻し始めた。
 黒田は素早く教壇から教室の入り口に移動して、パニックになりかけている教室内の生徒たちを制止しつつ、同時に廊下の様子もうかがっていた。

 廊下のカボチャ男は3年A組の教室の方角には目もくれず、廊下に落ちた女子生徒の生首を拾い上げた。

 その様子をずっと篠崎は見ていた。廊下にいた女子生徒の首をはねてから1分も経っていないだろうか。カボチャ男からは感情のようなものが読み取れなかった。カボチャ男は女子生徒の生首をまるで”落ちた消しゴムでも拾うかのように”拾い上げた。
 そしてカボチャ男は女子生徒の生首を左手に持ったまま篠崎らに背を向けた。

 それに合わせてカボチャ男のさらに先の廊下の中央階段から顔を出していた赤城の姿が消えた。自分の方に向かってくるカボチャ男から逃げたのだろう。

 赤城に続いてカボチャ男も廊下の先の中央階段で姿を消した。

 まさにあっという間の出来事だった。

 廊下に出ていた黒田シュウは呆然と立ち尽くす神道伸也を無視してその先の女子生徒の死体のところへ向かって走っていった。

 黒田さん勇気あるな・・・。篠崎の後ろにいた白尾はそう呟いた。

 確かに黒田さんは勇気ある。篠崎は心の中で白尾に同意した。突然現れたカボチャ男が女子生徒の首を飛ばすという凶行におよび、その状況で動けていたクラスメイトはカボチャ男を監視していた赤城とクラスメイトのパニックを抑え込んだ黒田の二人だけだった。普段尊大な態度で威張っている神道ですら、この状況に固まって身動きが取れなかったのだ。

 黒田が廊下に出ていったことで3年A組の教室はパニックを制止するものがいなくなり、再び悲鳴やざわめきのボリュームが大きくなっていった。

 -どうなってるんだ?
 -おいおい泣いてる女子がいるぞ!
 -何これ?パーティーの演出?

 黒田はひとりで廊下を進み、今さっきカボチャ男に首を切られて廊下に転がっていた女子生徒の死体を丁寧に廊下の端によせると再び教室に戻ってきた。黒田の後ろからトボトボと放心状態の神道もついてきた。

 カボチャ男の凶行を直接目にしたのは、篠崎、神道、祇園、白尾、その他の廊下にいた数名の女子生徒たち、それに加えて教室の窓から顔をだしていた数名の生徒たち。それ以外のクラスメイトたちは直接現場を見たわけではないので、いったい何が起こっているかわからず、それもパニックに拍車をかけていた。さっきまで場を仕切っていたはずの学級委員長の隅田川尊もあたふたして何もできていなかった。

「やかましい、静かにしろ!」
 教室に戻った黒田シュウはそう怒鳴って黒板を右手で叩きつけると、一瞬で教室は再び落ち着きを取り戻した。

 黒田は3年A組では大人しくしていたが、留年する前は上の学年の番長だった。当時の黒田は生徒はもちろのこと先生を含めた大人ですら気に入らなければ平気で手を出すと噂されていた。その黒田が一喝したのだ。クラスメイト達が静かになるのもある意味で当然だった。

 黒田は今度は静かに落ちついた口調で話しかけた。

「みんな聞いてくれ。どうやったのかわからないが、確かに廊下にいた女子生徒は首を切られて死んでいた」

「だから言ったんです!根津も宮内も同じ方法で殺されたんだ」
 白尾が口を挟んだ。普段はクールな白尾だが興奮している。

 スゴイや。とにかく黒田さんは落ち着いている。篠崎はそれを見て感心した。さすがいくつもの修羅場をくぐった元番長の貫禄といったところだろうか。

 感心する一方で篠崎は少し違和感も感じていた。黒田の行動があまりにもテキパキとしているからだ。先程の首を切られた女子生徒の死体に対しても、黒田は女子生徒の死体を見て怖がるでも、怒るでも、悲しむでもなく、状況をただただ確認しただけのように篠崎は感じた。

 いやいや、考えすぎだ。

 篠崎は黒田のことを考えるのをやめた。そんなことより今のこの状況だ。それに赤城のことも心配だ。

 教壇に立つ黒田シュウは静かな口調で白尾哲に話しかけた。
「白尾、お前、美術室に殺人鬼のカボチャ男がいると言ってたな。それはさっき廊下にいたあれのことで間違いないか?」
「はい、遠目でしたが間違いないです。あいつです。根津と宮内を殺したのと同じやつです」

 それを聞いて黒田は少し考えこんだ。
「なるほど、わかった。どうやら白尾の言う通り赤城がカボチャ男に張り付いているようだが、俺も確かめたいことがあるからカボチャ男がいるという美術室に行って様子を見ることにする」
 黒田は教壇から教室を見渡した。
「そこでだ、瀬戸内海。お前にひとつ頼みたいことがある」
 黒田シュウは教室の中央後ろのほうに一人で座っていた大男の瀬戸内海豊に話しかけた。
「カボチャ男が再び教室のほうに現れるかもしれない。それに備えて瀬戸内海、お前には教室の護衛を頼みたい。どうやら相手は鎌のような凶器をもっているようだが、教室の入り口なら狭いから大きな武器は振り回せないだろう。そこで迎え撃てばきっと純粋な喧嘩に持ち込めるはずだ。だからこそ、お前に頼みたい」

 黒田に指名されて瀬戸内海が立ち上がった。
「うっす。任せてください。黒田さん」
 180センチを超える巨体。暴走族をたった一人で壊滅させたという噂もある神代高校最強の喧嘩番長はまるで山のようだった。決してクラスメイトに手をだすような男ではなかったが、それでもその風貌と喧嘩伝説から恐れられていた瀬戸内海。ただ今はこれほど頼もしい男もいないだろう。

「よし・・・。瀬戸内海、頼んだぞ。それから・・・みんなは教室から出るなよ」
 黒田はそう言って教室を出ようとしたが、学級委員長の隅田川尊が引き止めた。
「お待ちください黒田さん。今日は休校日ですが、もしかしたら誰か先生が職員室にいるかもしれません。職員室へ先生を呼びに行った方がよろしいのではないでしょうか?」
 隅田川は至極真っ当なことを言ったが、黒田の反応は薄かった。
「隅田川、やめておけ。この状況で大人を呼んだところで意味があるとは思えない。それよりこの教室内でじっとしている方が安全だろう。出来るだけここから出ないことを勧める」
 そう言い残して黒田シュウは一人で教室を出ていった。そして黒田に言われた通り、教室の入り口に瀬戸内海が暗黒街のボディーガードのような風体で仁王立ちした。

 こうして3年A組の教室は再び落ち着きを取り戻しつつあったが、隅田川が再び声を上げた。

「どうでしょう、黒田さんはああおっしゃったのですが、私を含めて皆さんのスマホが圏外になっている以上、やはり直接誰かの助けを呼ぶべきだと私は思います」
 瀬戸内海が口を挟んだ。
「一応言っておくが、俺は黒田さんの言う通り、カボチャ男とか言う奴がここにきたら全力で戦う。ただそれだけだ。だからお前らがこの教室を出入りしたいと言うならそれは自由さ。俺は止めはしない」
「瀬戸内海君、了解です。では、やはり私は学級委員長の責務を果たすため、職員室に行って残っている先生がいれば助けを乞います」
 隅田川は凛とした顔をしてはっきりとそう言った。

 さすが隅田川、こんな時にもあくまで真面目だ。篠崎は黒田とは異なる種類だが、隅田川の持つ勇気を認めざるを得なかった。

「隅田川クンひとりで職員室に行くのは危険だと思いま〜す。だから俺も行きま〜す!はい、題して“俺もカボチャ男の戦場へ行ってみる!”」
 元気に手を挙げたのは木下大吉だった。この状況で手を挙げるとはなかなか男気がある。だが篠崎はすぐに思い直した。ああ木下はこの状況を動画に撮影したいのだ。ネット界隈ではそこそこ有名な動画アップローダーの木下大吉、彼は若干頭のネジがズレていると普段から篠崎は思っていたが、この状況でも動画アップローダー魂を失っていないようである。豪胆なのか無謀なのか・・・。

「ありがとうございます、木下君!」
 隅田川は素直に感激していた。
「だいぶ前から教室を出たままの生徒も何人かいますが・・・とにかく皆さん、黒田さんもおっしゃっていたように、できるだけ教室でお待ちください。私は木下君と職員室に助けを呼びに行ってまいります」
 そう言って隅田川は木下と教室を出ていった。

 白尾と神道はソワソワとしていたが、教室の窓際後ろに固まっている不良グループのところへ戻っていった。
 篠崎もとりあえず仲の良い軽音部の山口里香や島田美穂のいる場所に戻った。不安そうな顔をする山口や島田。水谷水穂も赤城が戻って来ないことを心配しているようだ。

 さて、とりあえず教室で待機することになったがこのままではマズイだろう。篠崎はこれからどうしようか考えていた。

「ねえ、“しんしん”・・・ちょっといい?」
 そこに鬼頭勇次が話しかけてきた。鬼頭はとても深刻な顔をしていて何が重要な話があると言いたげだった。

(つづく)

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