09.クラスメイトたち(3)

登場人物
・篠崎 真二 主人公
・安藤 蔵人 明るいオタク。別名アングラー
・鬼頭 勇治 小柄でおとなしい生徒
・佐藤 卓也 1か月前に他校へ転校した

 ザワザワとしている3年A組の教室で、篠崎真二はハロウィンパーティーに備えてどこに座ろうか自分の居場所を探していた。

 教壇にいると目立って神道伸也やその取り巻きらの不良グループから絡まれるので、篠崎は仕方なく教壇から離れた。

 ちょうど神道からの命令で教室を出ていく不良グループの構成員、白尾哲、根津拓斗、宮内隆の3人とすれ違ったが、篠崎は目を合わせなかった。

 さてどこに移動しようか。
 篠崎はゆっくりと歩みながら周りをみわたした。

 3年A組の教室には部活仲間でまとまっているグループもいくつかある。
 例えば男子バスケ部の連中は普段から仲の良い野球部と一緒だ。バスケと野球は活動場所が運動場と体育館で別れているため、部活間での場所の取り合いがないことも仲が良い一因だろうか。

 一方でサッカー部の連中はバラバラのようだ。エースストライカーの智也は彼女と二人でこれ見よがしに仲良く座っているが、キーパーの白石は中山らと“日陰軍団”でまとまってトランプをしているのをさっき見かけた。

 空手部の一文字は一人で座っているのも目に入った。一文字は空手着を着ていた。今日は休校日で部活は休みのはずだから道場の帰りなのか、はたまたハロウィンのコスプレのつもりなのか。一文字は面白味のない真面目な生徒なのでおそらく道場帰りなのだろう。

 ちなみに篠崎は軽音楽部だ。といってもギターやボーカルのような華のあるパートではなくキーボードという地味なパートである。しかし、篠崎はキーボードに満足していた。篠崎は音楽が好きでまあ得意な方だったが、ボーカルやギターをやるほどの度胸はなく、キーボードというのは本当にちょうどよいポジションで居心地がよかったのだ。この辺りも学校内のカーストで「ザ・中流」にいることを自ら望む篠崎らしさが表れている。

 今日のハロウィンパーティーということを踏まえると、ノリとしては体育会系よりは文化系の部活の方がきっと安全だな。篠崎はそう考えた。

 するとちょうど近くにパソコン部のグループが目に入った。篠崎は軽音部でキーボードを担当している関係で、パソコンを使うこともあり、パソコン部の連中とは多少の繋がりがある。ちょうどよいかも。

「おやおや、篠崎氏!」
 篠崎が近づくとパソコン部の安藤が話しかけてきた。

 安藤 蔵人(あんどう くらと)。

 細身で背が高く一見神経質な風貌だが、性格はその真逆でよくしゃべる。いわゆる“明るいオタク”である。

「ではでは篠崎氏に間違い探しクイズです。ジャジャン♪」

「問題!今日はハロウィンパーティーということで、私、安藤にはいつもと違うところがひとつあります。さてさてどこでしょう?」
 安藤はわざとらしく自分の眼鏡をかけ直した。

 安藤はオシャレなのか機能性なのかよくわからないが、たしかに普段と違う赤い色のド派手な眼鏡をかけていた。

「答えはメガネです!」
 篠崎か答える前に安藤は自ら眼鏡を指さした。

「篠崎氏!このメガネの彗星のような赤色、やっぱり気になります?気になります?え?シャア専用ですって?」
 安藤は一人でしゃべり続けた。

「解説しましょう。私のかけているこのメガネはスマホやパソコンのディスプレイから受ける目の疲れを量産型メガネと比較して約3倍も軽減させるスグレモノであります。でもその分、小生はゲーム時間が3倍に長くなるだけなので、目の疲れは結果変わらずですが、何か?」

 一方的に喋りつつける安藤に対して篠崎もずっと黙っているわけにはいかず、やれやれといった顔をして応えた。
「はいはい、でもね、アングラー。今日のハロウィンパーティーじゃ、残念ながらそのメガネの性能は発揮できないね」

 ”アングラー”は安藤のあだ名だ。

 安藤は音楽から映画、ゲームなどのサブカルチャーにも精通していて、一部の生徒からは安藤蔵人の苗字と名前をとって“アングラー”と呼ばれている。

「はうわ!たしかに今日のパーティーではこのメガネは役に立ちませんな!無念!認めたくないものです、自分の若さゆえの過ちを・・・」

「ちょっと安藤君、ガンダムネタのくだりはそれくらいにしときな。“しんしん”引いてるよ・・・(ボソボソ)」
 ちょうどいいタイミングで篠崎に助け船を出したのは安藤の隣に座っていたパソコン部の部長だ。

 鬼頭 勇治(きとう ゆうじ)。

 クラスメイトのなかでも大人しい部類の生徒で、しかも声が小さくボソボソとしゃべるところがある。鬼頭はやや小太りなその見た目が本人に非は全くないのだが、完全に“鬼頭勇治”に名前負けしていて、それがクラスメイトの神道らの不良グループからよくからかいの対象となっていた。

 「どうも」
 篠崎は鬼頭に助け舟の感謝も込めて軽く手を振った。鬼頭は普段から軽音部で使うシンセサイザーやミキサーなどのパソコンソフトの使い方などの相談相手にもなってくれている。そんな鬼頭に対して篠崎は好意を持っていた。

 それに鬼頭は赤城と同じく篠崎のことを“しんしん”とあだ名で呼ぶ数少ない一人だった。

 3年A組にはもう一人の”シンシン”がいる。不良グループのリーダー神道伸也である。
 神道は”シンシン”というあだ名をかなり気に入っているようで、自分たちの不良グループも”シンシンズ”と呼んでいる。
 それはつまり、篠崎のあだ名が”しんしん”で神道のあだ名と被っていることに対して快く思っていないということだった。

 そのため、クラスメイト達は神道らの不良グループから篠崎のことを”しんしん”と呼ぶなという無言のプレッシャーを受けているのである。

 クラスの人気者でマイペースな赤城マミヤのようにそうした圧力を気にしない生徒は篠崎のことを”しんしん”と呼ぶが、鬼頭のようなひ弱で大人しい生徒が篠崎のことを”しんしん”と呼ぶのはなかなか勇気のいることだったのだ。

 鬼頭は大人しいが本当はできる男、というのが篠崎の内心の評価だった。それは鬼頭がパソコン部で部長であることにも表れている。

 パソコン部は神代高校で三番目に部員の多い部活だ。3年A組にも5、6人の部員がいる。鬼頭は極めて大人しい性格ではあったが、人に対してあまり好き嫌いを主張するタイプではなかったので、安藤蔵人など一癖も二癖もある生徒が多いパソコン部で部長に選ばれたのだ。

 癖のある生徒と言えば・・・。篠崎はもう一人の男子生徒のことを思い出した。

「そう言えばさっき学校で”佐藤”を見なかった?」
 質問というよりは独り言に近い小さな声で篠崎は呟いたのだが、安藤や鬼頭たちパソコン部の面々は”佐藤”という言葉に強く反応をした。

「さ、佐藤氏ですか?もちろん見てないですよ。・・・と言いますか、彼は先月転校したはずですが」
 安藤は目をパチクリしてそう答えた。

 佐藤という名前が出てパソコン部の集団の空気が少し硬くなったように篠崎は感じた。

 佐藤 卓也(さとう たくや)。

 先月まではパソコン部に在籍していた男。クラスのなかでは大人しくて目立たないといえばそうなのだが、佐藤は周囲に対して非常に攻撃的な生徒だった。カバンに刃物を持っているとか、ネットに悪口を書き込んだとか、動物を虐待しているだとか、藤にはどうも良くない噂が数多くあった。

 その噂が本当かどうかは別としても、佐藤がクラスに馴染んでいない生徒だったのは明らかだった。ところが佐藤は先月、突然親の仕事の都合で転校していったのだ。


「佐藤氏は今日のパーティーに来ることになってるのですかね?」
 安藤はそう言った。
「正直言って、安藤氏はこの3年A組のことがあまり好きではなかったですし、担任のマリたん・・・いえ、桜坂先生のことも嫌っていたかと。そんな彼が”ハロウィンパーティー”のような陽キャ丸出しのイベントのためにわざわざ学校に顔を出すわけがないと思いますが・・・」


 安藤は一呼吸おいて続けた。

「佐藤氏がですね、”わざわざここに顔を出す”としたら、報復の・・・」

 しかし安藤は少し言い過ぎたと自分で思ったのか、そこで口を閉じた。
「あ、私、ちょっと後ろ向きなこと言っちゃいましたかね。てへ」
 安藤はそう言って自分の頭をポカンと叩いたが、周りはますます気マズイ雰囲気となった。

 篠崎は鬼頭の方を見て助け舟を求めた。
「鬼頭君は佐藤から何か聞いてないの?」

「うーん、僕も佐藤君が転校してからSNSでもあんまり絡とってないから、よくわからないな(ボソボソ)」
 鬼頭も小さな声だったが、きっぱりと知らないと言った。あんまり連絡をとっていない言ったが、SNSで繋がってはいるんだな。篠崎はそう思ったが、それについては触れないことにした。

「ああ、ごめんね。佐藤、いるわけないよね。僕は赤城君とさっき学校に来たんだけど、佐藤が校舎に入っていく後ろ姿を中庭あたりで見かけた気がしてね。でも僕の見間違いだろな。気にしないで。じゃあまたあとで」
 気を取り直して篠崎はそう言うと、安藤や鬼頭らパソコン部の集団から離れていった。


「そういえば・・・、転校前に佐藤君がハロウィンパーティーがどうのこうのって言ってたような・・・(ボソボソ)」
 鬼頭は小さな声で呟いたので誰の耳にもその言葉は誰にも届かなかった。

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