07.クラスメイトたち(1)

登場人物
・篠崎 真二 物語の主人公。あだ名は“しんしん”
・赤城 マミヤ 主人公の親友でクラスの人気者
・隅田川 尊 真面目な学級委員長
・水谷 水穂 赤城マミヤの今カノ 


 午後6時20分、神代高校は休校日のため職員室などがあるA棟(中央棟)、図書館などのあるC棟(実習棟)は静寂に包まれていた。ただ一つの例外、B棟(教室棟)の3年A組の教室だけは相変わらずザワザワとしている。

 「皆さん!ハロウィンパーティーの開始が遅れていますが、今しばらくお待ちください!できるだけ教室から出ないようにご協力お願いします!」

 教壇には相変わらず学級委員長の隅田川尊が立っていた。3年A組のクラスメイトたちはおおむね教室の席に座っており、一人でいるもの、グループで雑談しているものなど様々だが、相変わらず誰ひとりとして隅田川の話を聞いていない。

 ガラガラ。

 教室の教壇側の入り口扉が開き、そこに篠崎真二と赤城マミヤが現れた。

 よかった、まだパーティーは始まっていないようだ・・・。篠崎は教室の様子を見て少し安心した。

「やや!これは赤城君、篠崎君!お疲れ様です!お二人とも遅刻ですがご安心を!桜坂先生の到着も遅れておりましてまだハロウィンパーティーは始まっておりませんので!」
 教壇にいた隅田川はさっそく篠崎と赤城の二人に気づくとハキハキとしたやや高めの声で彼らを迎えた。
 「篠崎君、赤城君、到着済み・・・と」
 隅田川は独り言を言いながら、今日の出席者リストのメモにペンで記入した。

 篠崎は隅田川の姿を見て苦笑した。隅田川は悪いやつではないのだがいわゆるコメディドラマに出てきそうな典型的な真面目学級委員長そのままだった。

 おや?隅田川をよく見ると、”ハロウィンパーティー実行委員”と記された自作の腕章を腕につけているではないか。やる気満々である。

「さてさて、まずは篠崎君と赤城君のお二人とも桜坂先生のご結婚祝いのメッセージカードを提出してください!」
 隅田川は教壇に置いてあったやや小さめの段ボール箱をうやうやしく持ち上げて篠崎と赤城の前に差し出した。その箱はいわゆる投票箱のようになっていて、箱の上面にメッセージカードを入れる穴がある。

 3年A組の生徒全員に配られた今日のハロウィンパーティーの招待状は、桜坂先生への結婚を祝うメッセージカードも兼ねているのだ。

 篠崎と赤城は隅田川から言われるがままにメッセージカードを取り出した。

 赤城は自分の書いたメッセージカードを見返しもせずにそのまま箱に入れたが、篠崎は自分の手書きのメッセージカードを見つめたまま手を止めた。

 桜坂 マリ(さくらざか まり)先生。

 3年A組の担任教師だ。二十代の若さにして、桜坂先生は人望と実力を兼ね備えた教師だった。軽いパーマのかかった栗色の髪、はっきりした顔立ち、通る声。外見は個性派美人女優といったところだが、桜坂先生のすごいところは見た目よりもその内面にあった。

 “で、あなたはどうしたいの?”
 これは桜坂マリ先生の口癖だ。

 桜坂先生は決して自分の考えを押し付けず、最後は必ず生徒自身に物事を決めさせる。そしてそれは放任ではなかった。
 人生経験の少ない高校生の篠崎からみても、桜坂先生は学校の教師のなかで最も生徒に正面から向き合っている教師のひとりだった。

“篠崎君はそれでいいの?”

 なぜだろう、桜坂先生へのメッセージカードを眺めていた篠崎は先生のそんな声が聞こえたような気がした。

「おやおや篠崎君!誤字脱字の確認はできましたか?」
 隅田川にそう言われると篠崎は我に返って苦笑いし、持っていた自分のメッセージカードを箱に入れた。

「・・・で、委員長サン。肝心なセンセーが来てねーみたいだけど?」
 赤城が尋ねると、隅田川は申し訳なさそうな顔をして赤城の方に直立した。

「はい。先ほども申し上げた通り桜坂先生のご到着がまだなのです。本日外部で行われている先生方の教員研修がどうやら長引いているようで、とりあえず開始時間を1時間延長して7時までは先生を待つことにいたしました。もちろんパーティーの終了時刻は変わらないよう私が司会進行を努めますので、皆さんのご父兄の方々にはご心配はおかけませんが・・・」
 隅田川、説明長いよ。
 わりと我慢強いはずの篠崎さえそう思った。
「なお本日は教室の席も自由ですので、各自のご判断で・・・」
「マミヤ君、遅ぃ!」
 隅田川の会話の途中に女子生徒が割り込んできた。
 女子生徒の名は水谷 水穂(みずたに みずほ)。おしゃれで活発、やや強気な女子生徒で、赤城の今カノである。赤城はどうだか怪しいものだが、少なくとも彼女自身はそう思っているようだ。

「ねえねえマミヤ君、まだパーティー始まんないみたいだから、教室の外で二人で話そ」

「おやおや水谷さん!大変申し訳ないです。パーティーの開始まで出来るだけ教室にいてただけると助かるのですが・・・」
 水谷は隅田川を完全に無視して赤城の腕をひっぱって教室を出ていってしまった。

 隅田川と同様に水谷から無視されたのは残念ながら篠崎も同じだった。水谷は篠崎や隅田川のような華のない男子生徒連中にいつも手厳しい。それでも彼氏である赤城の親友の自分に対してもう少し気を使ってくれてもいいのになあ。篠崎は残念に思った。

 マズイ。とにかくマミヤを連れていかれたぞ!
 あっという間の出来事だったが、篠崎は教壇にひとり、取り残されてしまった。

 どうしよう、ハロウィンパーティーを赤城と過ごす計画が早くもご破産である。教室のどの席に落ち着こうか?クラスメイトの他の誰かを見つけなければ。

「さあさあ篠崎君!どうぞお好きな席に座ってお待ち下さい!」
 悪気はないが隅田川は無慈悲にそう言った。クラスで人気のある赤城とは違って、華のない地味な生徒である篠崎にとってはハロウィンパーティのようなキラキラしたイベントでどの席に座るかはとても重要なことなのだ!

 篠崎は焦りながら教室を見渡した。さて、クラスメイトたちのいるどの席へ向かおうか?

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?