14.パーティーの始まり(1)

登場人物
・篠崎 真二 物語の主人公。あだ名は”しんしん”。軽音部のキーボード。
・赤城 マミヤ 篠崎の親友で軽音部のギター。クラスの人気者
・山口 里香 軽音部のボーカル。健康的かわいい系女子で性格は天然
・島田 美穂 軽音部のベース。お調子者のムードメーカー
・隅田川 尊 真面目な学級委員長
・鬼頭 勇次 パソコン部の部長。小柄でおとなしい生徒
・神道 伸也 不良グループのリーダー。あだ名は”シンシン”
・祇園 茜 スケ番。神道からアプローチされている。

 午後5時50分。3年A組の教室。

 軽音部の3人、篠崎真二、山口里香、島田美穂は教室の廊下側やや後方に座っていた。軽音部の篠崎、赤城、山口、島田は4人ともパーティーの開始時刻である午後5時から大きく遅刻しての登校であった。

「あらら、もうすぐ6時ね・・・。あたし、里香とおしゃべりに夢中になってすごい遅刻しちゃったよ。家近いのにやらかしちゃったわ」
 島田はキョロキョロと周りを見渡しながらそう言ってちょっと反省した。
「まあね。でも僕と赤城君も遅刻しちゃってて。でもまだ主賓の桜坂先生が学校に来てないみたいで、ハロウィンパーティーは始まっていないんだ。おかげで助かったよ。ヤバかったなあ」
 篠崎も苦笑いした。
「ねえ”しんしん”、そういえばマミヤとは一緒じゃないの?」
 山口は篠崎のほうを見た。山口も篠崎のことを赤城と同じく”しんしん”とあだ名で呼ぶ。

「うん。赤城君は僕と一緒に学校に来たのだけどね、さっきカノジョの水谷さんに連れられて教室を出て行っちゃった。たぶんどっかをプラプラ散歩しているんだと思う」
「そっか。じゃああとで私たちもマミヤと水穂ちゃんと合流すればいいね」
 山口はそう言って笑った。山口は明るい性格でいつも楽しそうにしているが、今日は特にそうだった。どうやらハロウィンパーティーにわくわくしているようだ。山口は桜坂先生のことも慕っているようだし、桜坂先生の婚約も心から祝福しているのだろう。・・・でも、そのくせに大事なこの日に島田と遅刻してくるのはマズイだろうと篠崎は笑った。まったく山口は天然である。

 午後5時55分。ハロウィンパーティーは予定開始時刻の午後5時を大幅に過ぎており、もうすぐ1時間が過ぎようとしていた。篠崎ら遅れてきた軽音部の4人はともかく、予定時刻から教室に集まっていた3年A組のほとんどの生徒たちは、なかなか始まらないパーティにそわそわし始めているようだった。

 -桜坂先生、まだ来ないわね
 -まだ始まらないの?腹減ったぜ~
 -おい、さっきからスマホ圏外になってね?

 教室でそれぞれ勝手に騒いでいた生徒たちだが、だんだんとその中には不満の声も混ざり始めていたようだった。

 一向に始まらないパーティーにうんざりしてきた3年A組の生徒たちの空気を察したのか、教壇に立ってハロウィンパーティーを取り仕切る学級委員長の隅田川尊も焦り始めていた。
「皆さま、誠に申し訳ありません!まだ桜坂先生と連絡が取れておりません!私もハロウィンパーティー実行委員会としていろいろとお楽しみのプログラムを用意しておりましたが、なにしろ桜坂先生がいらっしゃることを前提としておりましたので・・・」

「なんやグダグダやないか。隅田川大丈夫か」
 教室の窓際後ろのほうにいた不良グループの中心人物である神道信也は笑った。周りにいる不良の取り巻き達も神道につられて笑った。
 とはいえグダグダなのは神道の仲間たちも同様だ。神道の指示で肝試しの仕込みをしているはずの山田、外ノ池からは何の連絡も来ない。業を煮やして派遣した白尾、根津、宮内らの3人からもやはり連絡が来ない。神道のスマホも圏外になっていたので連絡がないのはそのせいなのかもしれないが。

 しかし、こいつらとの仲間内のバカ話にもそろそろ飽きたわ。
 神道はだんだんと退屈してきた。何か面白いことはないかと神道は3年A組の教室の中を見渡し、パソコン部の集団に目をつけた。何か思いついて神道は薄笑いした。

「おーい、パソコン部部長の鬼頭!パーティーが始まらんで隅田川が困っとるやんか。ここはひとつお前の持ち前のトーク力でこの場をつないでくれや」
 神道はそう言って笑いながら鬼頭勇次を指さした。パソコン部の集団にいた鬼頭は困った顔をした。もちろん鬼頭が大人しい生徒で機転を利かした小話などできないことは神道も承知していて、そのうえで無茶ぶりを楽しんでいるのだ。

「き・と・う!き・と・う!」
 神道の取り巻きの不良たちも調子に乗って鬼頭コールを始めた。薄笑いを浮かべながらゲラゲラと笑っている。

「おい鬼頭!お前空気読めよ~!」
 神道グループの武闘派のひとり、佐久間豪がついに脅しをかけて無理やり鬼頭を教壇に立たせた。

「はいはい、皆さんお静かに〜。ほな、鬼頭。お題はハロウィンな。すべるなよ~」
 神道は立ち上がると、悪意のこもった笑顔で手をたたいた。神道の取り巻き達も面白がって拍手をした。ざわざわとしていた3年A組であったが、神道の声掛けをきっかけに少し静かになった。

 イヤダなあ。あいつらまたやっている・・・。篠崎は遠目からその様子を見ていた。神道やその取り巻き立ちの鬼頭への無茶ぶりはイジリとイジメの境界線にあったが、これは3年A組ではよくある光景だった。いつもは神道に指名された後、ボソボソと小声で話す鬼頭に対して”意味わからんぞ〜R2D2!。おいC3PO、面白おかしく訳せ~”と続くのがお約束だった。神道の言う”R2D2”は鬼頭勇次、”C3PO”は同じパソコン部で鬼頭と仲の良い安藤蔵人のことを指していた。ひょろひょろと背の高く高い声でよくしゃべる安藤がSF映画“スターウォーズ”の通訳ロボットのR2D2。背が低くて小太りで声が小さくボソボソと話す鬼頭が同映画のC3PO。神道はこの二人を揶揄してよくそう呼んでいたのだ。

 せっかくのパーティーなのにまたいつものやりとりか。篠崎は少し嫌な気分になった。しかし、今日の鬼頭はいつもと違って何か話を始めた。

「じゃ、じゃあ、皆さん、せっかく今日はハロウィンの日なので、これからそれにまつわる話をしてみます」

 教壇に無理やり立たされた鬼頭だったが、いつもの倍はハキハキとした声で続けた。

 「皆さん、聞いてください。ちょうど60年くらい前のアメリカのとある高校で今日みたいなハロウィンパーティーが開かれたそうです。しかしそこでとても恐ろしい事件が起こりました。突然、カボチャの仮面を被った怪人が現れて、ハロウィンパーティーに参加していた総勢50名ほどの高校生達が殺されてしまったそうです。たしか、そう・・・、ジェーンという名の一人の女子生徒を残して」

 -え?ハロウィンパーティーで殺人?
 -鬼頭君、そんな話するキャラだったっけ?
 -カボチャ男ってなんだよ?

 鬼頭が普段らしくない話をし始めたため、3年A組の生徒たちは少しざわざわとしたが、鬼頭はそのまま一呼吸おいて話を続けた。

「高校の虐殺現場でただ一人生き残ったジェーンの証言によれば、殺された生徒達は全員首を切られ、カボチャの仮面をかぶった怪人は生徒たちの首をどこかへ持ち去ったそうです」

「・・・そして事件の直後、高校の校舎は原因不明の出来事で崩壊し、殺人鬼のカボチャの怪人と生徒たちの遺体は行方不明のままついに事件は迷宮入りしたそうです」

「この話は学校の図書室にある『アッテンボローの都市伝説シリーズ第13巻「ハロウィンのカボチャ男」』に詳細が語られています。興味のある方は図書室で借りてみてください」

 そこまで鬼頭は一気に話をしたが、3年A組の生徒は静かに聞いていた。

「ちなみに本の作者である超常現象研究家のアッテンボロー氏の調査によれば、アメリカで起こったハロウィンパーティーでの虐殺と同様の事件が過去にヨーロッパでも確認されているそうです。そのときは音楽大学が現場だったそうです」

「そして、本によるとアッテンボロー氏は最後にこう分析しています。殺人鬼のカボチャ男が出現するには条件がある、と」

 鬼頭は指を立てた。
「”一つ目”。事件はハロウィンの日、すなわち10月30日に起こる」
「”二つ目”。事件は建物の閉鎖空間で起こる」
「”三つ目”。事件の現場には謎の呪われた絵画がある」

「”四つ目”。・・・」
 鬼頭は続けて口を開いたが、思いとどまったのか「以上です」と話を終えた。

 神道はポカンとした表情で鬼頭の話を聞いていた。なんや鬼頭、お前、やればできるやないか、感心したで。今のはなかなかのホラー話や。

 -ハロウィンパーティーの虐殺って、今の私たちと同じ状況じゃん
 -鬼頭にしてはなかなか面白い話だったな
 -これから楽しく騒ぎたいのに何で怖い話するのよ!
 怖がる生徒、喜ぶ生徒、いろいろだが3年A組の生徒たちも鬼頭の話を聞いてその話題で盛り上がっているようだった。

 そのとき、教室の中央あたりで鬼頭の話を聞いていたグリ子とグラ子が皆にも聞こる声で教壇に立っていた鬼頭に話しかけた。
「ククク。鬼頭ちゃん、今あんた今肝心な”四つ目”を言わなかったわね」
「ケケケ。そうね、言わなかったわね、”四つ目”を。あたしらも図書室で同じ本を読んだことがあるから”四つ目”を知っているのさ」
 先ほど篠崎に絡んできたグリ子とグラ子は二人とも成績優秀だが博識でも知られていた。図書室の主要な本はおそらくすべて読破しているかもしれない。ただし二人とも性格が最悪で、今もまさに鬼頭に難癖をつけているように見えた。

 グリ子は立ち上がって教室を見渡した。
「おやおやみんな、もしかして鬼頭ちゃんが言わなかった“四つ目”の条件を知りたいのかい?ケケケ」

 グリ子に続けてグラ子立ち上がるとクラスメイトたちの反応を待たずに続けた。
「ハロウィンパーティーで生徒たちを虐殺したカボチャ男が現れる”四つ目”の条件。それは”皆殺しを願う邪悪な意思があること”だわさ」

 教室が静まり返った。
 そしてグリ子ははっきりと言った。
「アッテンボローの本ではあいまいな表現になっているけどね。あたしが思うに、ただ一人生き残ったジェーンという女が、実はクラスメイトを恨んでいて皆殺しを願ったに違いないのさ。ククク」

 グラ子も笑った。
「おやまあ、まさかうちのクラスにはそんな悪い子はいないわよね。ケケケ」

 せっかくあえて言わなかったことをグリ子とグラ子に暴露され、教壇に立っていた鬼頭は少し困った顔をした。
「ま、まあ、グリ子さんとグラ子さんはそう言ったけど、これはあくまでも都市伝説だからね。これからせっかく楽しいパーティーが始まるのにちょっと不吉な話になってごめんなさい」
 鬼頭は現実の話ではないと言いたげだったが、そこに噂好きのおしゃべり女子、大前田美沙が割って入った。

「ちょっとまってよ!私、知ってる!さっき鬼頭君が言った”三つ目”の条件の呪われた絵画のこと。だって私、美術室でその絵を見たことあるもの!きっとあの絵がそうよ!」
 大前田は我こそがゴシップ女王であると言わんばかりに胸を張った。

 ー美術室?そういえば大きな洋館の不気味な絵があったっけ。
 ー私もその絵、見たことある~。
 ーあの絵って昔学校にいた外国人の美術教師が持ち込んだらしいよ。

 大前田の話に反応して3年A組の教室はざわざわとした。

 それを聞いていた神道伸也は今こそ千載一遇のチャンスとばかりに大声を上げた。
「よっしゃ!ほんなら大前田が言う美術室の呪われた絵画っちゅうやつを見つけてスマホで写真を撮ろうや。肝試しや!」
 神道は教壇の横に立っておろおろしている隅田川の方を見た。
「なあ、ええやろ、隅田川?まだパーティーも始まらんし。ほんの余興や」

 そこからは神道の独壇場であった。学級委員長の隅田川の答えを待つことなく、自分のペースでどんどん話を進めていった。
  肝試しは自由参加!
  男女ペアで交代で今から順番に美術室に行く!
  証拠に美術室の絵画の写真を撮ってくる!
 
 そして神道はその勢いで近くにいたひとりの女子生徒に近づいて声をかけた。その女子生徒は冷めた目で神道を見返した。

 祇園 茜(ぎおん あかね)。いわゆるスケ番。黒髪にややきつめの目をした、いかにも強気な女子生徒。気が強く喧嘩も強そうだが、その雰囲気は正統派の和風美人女優のようにもみえる。そのため、特に不良男子生徒連中からは愛媛みかんや山口里香に匹敵する人気を誇っていた。ただ、祇園本人はあまり同世代の男子生徒に興味がないのか、何人かやんちゃな男子生徒からのアプローチもすべて跳ねつけているとの噂だった。

 「なあ、俺も言い出しっぺとして肝試しに参加せんとあかんわ。で、誰を誘おうか迷ったけど、どうや、茜。俺と肝試しに行かんか?最初にクラスの王と女王が見本を見せんとな」
 祇園は教室の窓際中央あたりに数名の女子生徒といたが、神道の誘いに対してはつれなかった。
 「嫌よ。何であたしなのよ、他をあたってちょうだい」

 神道信也は自他ともに認める”女好き”だったが、祇園茜の難攻不落と思われるハードルの高さが、かえって神道のチャレンジ精神に火をつけたのか特に祇園茜に対して積極的だった。
 祇園は神道にも肝試しにも興味がなさそうだったが、取り巻きの女子生徒からもけしかけられ、ついに場の空気に負けていやいや席を立って神道の肝試しに付き合うことになった。

 イヤダナア。ああいう強引なノリ。
 離れたところで篠崎は神道と祇園のやりとりをみてそう思った。

「ねえねえ”しんしん”、私も肝試し行ってみたい!」
 ところが突然、山口里香は篠崎真二にそう言った。女子から肝試しに誘われるというドキッとする展開だが、山口が純粋に肝試しを面白がっていることは、そのキラキラした目を見れば明らかだった。
 「いいね、あんた。せっかくだから里香と肝試しに参加しなさいよ。お・も・い・で・づ・く・り!」
 横にいる島田美穂が余計なことを言ってけしかけてきた。

 マイッタなあ・・・。篠崎はハロウィンパーティーが始まるまで教室で大人しくしていたかったので肝試しには乗る気ではなかった。

 3年A組の生徒たちの何割かは神道の提案にのっかって肝試しをやるムードになってソワソワとしていた。男女ペアの肝試し、本来こんな魅力的なイベントはそうはない。一向に始まらないハロウィンパーティーのこともあり、確かに神道の言う通りちょうどよい余興という感じになってきた。

 しかし、このそわそわした雰囲気は急転することになる。3年A組の教室に突然、血相を変えたひとりの男子生徒が走りこんできたのだ。

 教室に走り込んできた男子生徒はハアハアと肩で息をしながら、居室の教壇に走りこむと、周囲をみて大声を出した。
「みんな聞きなさい!人殺しです!」
 それはさっき美術室に行ったはずの白尾哲だった。

(つづく)

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