01.始まり(1)
登場人物
・隅田川 尊 真面目な学級委員長
・山田 まこと 不良グループのメンバー
・外ノ池 大志 不良グループのメンバー
・神道 信也 不良グループのリーダー。あだ名は”シンシン”
神代(かみよ)市は関東地方、東京の都心からやや離れた人口20万人程度の中規模都市である。
その神代市の中心地、神代駅から商店街を抜けて徒歩30分程の場所に”神代(かみよ)高等学校”がある。
神代高校は公立の普通科高校でちょうど3年前に創立50周年を迎えた。創立当時の神代高校は周りを森に囲まれていて、やや陸の孤島のような立地であったが、近年は学校の近隣に新興住宅街ができはじめ、生徒たちの通学路も比較的整備されている。それでも、神代高校の校舎の周りは基本的には森に包まれた静寂な環境となっており、保護者の大人たちから見たらそれは勉強に部活にもってこいの恵まれた環境であると言えた。当事者たる高校生たちにとっては残念ながら刺激のない場所であったが。
神代高校の校舎は3階建てのA棟、B棟、C棟の3棟で構成されており、学校の正門から中庭を通るとまずは正面にA棟が建っている。A棟は通称”中央棟”と呼ばれており、正面玄関や職員室、校長室、進路指導室、図書館など学校にとって重要な部屋が配置されている。B棟は通称”教室棟”で、1階に三年生、2階に二年生、3階に一年生と一般的な校舎と同様にそれぞれの学年が異なる階に教室が配置されている。最後にC棟は通称”実習棟”で、理科室、美術室、家庭科室、技術室、書道室など生徒たちの実習授業の部屋が配置されている。これらB棟(教室棟)とC棟(実習棟)は、1階と3階の渡り廊下によってそれぞれA棟(中央棟)と接続されている。
今日は10月31日。ハロウィンの日である。
ちょうど今日は祝日で、しかも神代高校の教師達全員が参加する教員研修が重なっているため、部活などの学校のイベントもすべて休止となる”完全休校日”となっていた。時刻は夕方午後5時をまわり、神代高校の校舎はA棟(中央棟)、B棟(教室棟)、C棟(実習棟)とまったく静かなものだった。
休校日で静寂に包まれた神代高校ただ一つの例外は、B棟(教室棟)校舎の1階にある3年A組の教室である。3年A組の生徒は本日学校から特別に許可された“ハロウィンパーティ”のために教室に集まっているのだ。そのためB棟(教室棟)の3年A組の教室だけは生徒たちで賑わっていた。
神代高校は比較的自由な校風として知られる学校ではあったが、さすがに教師も全員不在となる完全休校日に生徒たちだけのハロウィンパーティーを学校で開催することは難しいであろう。しかし、今日のハロウィンパーティーはただのお祭りパーティではなく特別なものだった。なぜなら3年A組の担任の教師である桜坂マリ先生の婚約を祝う会も兼ねていたのだ。そのことを3年A組の学級委員長であり、神代高校の生徒会長でもある隅田川 尊(すみだがわ たける)が粘り強く”学校側”と交渉して、見事学校でのハロウィンパーティー開催の権利を勝ち取ったのである。
隅田川は非常にまじめな生徒で成績優秀であったが勉強だけでなく生徒会活動にも熱心で、校長や教頭、生活指導などややもすると一般の生徒たちからは煙たがられるような類の先生たちからも絶大な信頼を得ていた。今日が休校日であるにも関わらず、生徒たち主体のハロウィンパーティーを学校の教室で開催できたのは、まさに日頃の隅田川の行いが管理側にたつ先生たちから評価されていたのと、3年A組の担任である桜坂マリ先生の強力な後押しも味方にできたことが勝因であろう。
そんな”先生側”に多大な影響力を持つ優秀な生徒の隅田川ではあったが、その神通力もいかんせん”生徒側”には通用しないようだった。現に隅田川はここ3年A組の教室で悪戦苦闘を強いられていた。
「皆さん!お静かに!どうか聞いてください!ハロウィンパーティーの開始まであと1時間ありますが、今しばらくお待ちください!そして午後6時から速やかにパーティーを開始できるように教室からはできるだけ出ないようにご協力お願いします!」
隅田川尊は3年A組の教壇に立っていた。午後6時開始予定のハロウィンパーティーのちょうど1時間前であったが、教室のおよそ半分程度はクラスメイトたちで埋まっていた。3年A組の生徒たちは一人でいるもの、グループで雑談しているものなど様々だが、共通していえるのは"誰も隅田川の話を聞いていない"ことである。
クラスメイト達には教室に留って欲しいという隅田川の願いもむなしく数名の生徒がひっきりなしに教室を出入りしていた。
しかしそんな空気にも負けず、隅田川は持ち前の責任感でなんとかこの集団の秩序をハロウィンパーティーの開始時刻の午後6時まで維持しようと懸命の努力を続けていた。
そんな3年A組のB棟(教室棟)から遠く離れたC棟(実習棟)の1階、誰もいない美術室で二人の男子生徒が何やらゴソゴソと活動をしていた。
「・・・おい、早く電気つけろよ」
一人目の男子生徒の声は命令口調だったが、それは威嚇ではなく焦りによるものであった。
「おう・・・ちょっとまってくれ。あ、これか」
二人目の男子生徒が部屋の入り口にあったスイッチを入れると、うす暗かった美術室の中に照明が灯った。美術室が明かりで満たされるのと同時に、部屋の周りには様々な彫刻や絵などのオブジェが一斉に現れ、そこはまさに美術室らしい一種独特の雰囲気を醸し出していた。
「うわ、美術室も誰もいねえとけっこう不気味なもんだな。学校でやる肝試しって言えば理科室が鉄板だと俺は思ってたけど美術室も結構エグいじゃねえか。肝試しの場所を理科室じゃなくてあえて美術室に選ぶとは、さすが”シンシン”の考えることは一味違うな」
電灯のスイッチを入れた男子生徒は感心してそう呟いた。
「なあ。”まこっちゃん”もそう思うだろ?」
”まこっちゃん”と呼ばれた男子生徒、山田 まこと(やまだ まこと)は美術室の中を見渡した。
「そうだな。”シンシン”は今日のハロウィンパーティーのどさくさに紛れて女子生徒の誰かを肝試しに誘うんだとよ。”シンシン”が言うには肝試しの場所が理科室じゃあ女子が最初から怖がって誘いに乗ってくれないだろうから美術室あたりがちょうど良いんだとさ」
山田まことはキョロキョロと周りを見渡し、美術室の掛け時計を見た。
「ちっ、もう5時過ぎかよ。早く肝試しのドッキリを仕込まねえとハロウィンパーティーが始まっちまう。おい外ノ池、急ぐぞ」
外ノ池と呼ばれた男子生徒は少し不満そうな顔をした。外ノ池 大志(とのいけ たいし)は言いたかった。これは“シンシン”に気に入られたい山田の問題であって、俺はその巻き添え食らって手伝ってるだけなんだけどな、と。外ノ池大志はあえてそう口には出さなかったが。
山田と外ノ池の二人があだ名で呼ぶ”シンシン”とは3年A組の男子生徒、神道 信也(しんどう しんや)のことである。神道信也は彼らのいわゆるボスであった。“今日のハロウィンパーティーに便乗して女子に肝試しをしかけるから、お前らはその仕込みをしておけ”という神道からの指令に従って山田と外ノ池は他に誰もいない美術室でせっせと働いているのだ。
せっかくの楽しいハロウィンパーティーの前に面倒な仕事を引き受けたのは外ノ池ではなく山田だ。神道からポイントを稼ぎたい山田まこと本人はそれでよいのかもしれないが、外ノ池大志にとってはそれに自分が巻き込まれるのは不本意なことであった。
そんな外ノ池の不満に全く気づくこともなく、山田は一生懸命働いている。どうやら山田はスマホから肝試しの準備の段取りを確認しているようで、時々スマホの画面を見ながら山田は美術室の奥へと進んでいった。
「あった。あったぞ、外ノ池。これだ、指示された”絵画”だ。・・・ちぇっ、こいつは結構でかいな。おい、二人で運ぶぞ」
「はいはい、わかったよ。わかった」
外ノ池が山田のいるところへ近づくと、美術室の奥のほうにある机に大きな四角い物体が置いてあるのが見えた。
山田が”絵画”と言っていたのだからこれはきっとそうなのだろう。絵画らしき物体はカーテンのような重厚な白い布と、ロープのような頑丈そうな紐でまるで封印でもされているかのように厳重に括られていた。もちろん中の絵は見えない。
山田と外ノ池の二人はその絵画なる物体を二人して持ち上げた。絵画は横2メートル、縦1メートルほどの大きさで、確かに男子高校生であっても一人で運ぶのは少し厳しそうな重さであった。
「こいつを美術室の中央の目立つところに運んで立てかけるぞ。外ノ池、いくぞ、せーのっ」
二人は引っ越し業者のようにテキパキと白い布に包まれた巨大な絵画を運び出し、美術室の中央に置かれた椅子を台座にして立てかけることに成功した。
「よしよし、あとはこの白い布を外して・・・。ああ、紐でグルグルに巻かれていやがる、めんどくせえなあ」
山田は紐を乱暴に引っ張ったが意外にも紐は緩く簡単に解け、スルスルと布は取り払われた。
そこに全容を現した絵画。
それは絵具で写実的に描かれた精密画で古いどこかの洋館の絵が描かれていた。それはあまりにリアルだったのでまるで古い写真のようにも見えてしまう。
普段から美術などというものには全く関心のなかった山田も外ノ池も、その巨大な絵画を前にして引き込まれるかのように黙って見つめた。
「・・・な、なんだよこの絵」
ふと我に返った山田はそう吐き捨てた。
ヤンチャな高校生というものは何にでも悪態をつくものである。山田まことも外ノ池大志もそんな高校生男子だった。
山田は絵画を指さして言った。
「こんなつまんねえ建物の絵なんて、描いてていったい何が楽しいんだよ。まったくこいつを描いたやつは相当の暇人だよな」
外ノ池はそこは同意したが、別の観点でその絵画を評価した。
「でもよう”まこっちゃん”、この絵の建物はまんまお化け屋敷だな。こいつは雰囲気出るぜ。俺も美術室に入っていきなりこんな絵が見えたらちょっとビビるもん。全くもってうまい演出だぜ、これは。これも”シンシン”のアイディアなのか?」
「まあ・・・確かに外ノ池の言う通りかもな。この絵にお化け屋敷みたいな不気味な雰囲気があるのは俺も認める。とりあえず・・・これで最初の手はずは完了だ」
山田は"シンシンのアイディアか?"という外ノ池の質問には最後まで答えずに再びポケットからスマホを取り出して、”完了”・・・とうメッセージをスマホに入力した。
外ノ池は立ったままぼんやりと絵画を眺めていた。一方で山田は肝試しの準備の続きがまだあるようで、落ち着きなくチラチラとスマホに視線を送っていた。
「おい、絵画のセッティングは終わったぞ。次はどうすりゃいいんだよ」
山田はスマホを見ながら画面に向かって独り言を言った。
ほどなくしてスマホから反応があったようで山田はスマホを見ながら絵画に背を向け、今度は美術室の側面に飾ってある大きな彫刻のほうへと向かっていった。
山田が向かった先にあるその彫刻は男性の頭をかたどって石膏で作られたものであった。この彫刻は全国の高校生が学校の美術室で一度は見たことがありそうな有名な石膏像のレプリカで、モデルとなっている男性はギリシャ時代の何とかという哲学者らしい。だがそんなことは山田にとってはどうでもよいことだった。
山田は手に持ったスマホをもう一度確認し、彫刻の台に置いてあった白い子袋を見つけると、それを彫刻のギリシャ人の額にテープで取り付けた。子袋にはあらかじめ釣り糸がついており、山田は釣り糸を注意深く手に取ると、ゆっくりと美術室の壁をはわせて入り口までそれを引き延ばした。そして釣り糸を使って美術室の入り口に罠を仕掛けた。どうやらこの仕掛けで美術室の入り口に人が入ると釣り糸に足が引っかかって糸が引っ張られるようだ。
「なるほど、これで美術室に入ったやつの足元がこの釣り糸に引っかかると、連動して彫刻の額に付けた子袋が破れて中に入ってる赤い絵の具が流れるわけか。それでギリシャ人の彫刻の頭から血が出ているように見えるってわけだ」
山田はここで神道の言葉を思い出した。
“ええか、頼むでお前ら。俺が美術室であの子とやれるかはお前らの働きにかかっとるからな。成功したらMVPはお前らやから。ホンマ頼むで”
いつものことだが、ボスである神道の”ホンマに頼むで”は山田まことにとっては命令に近かった。神道ははっきりと言わなかったが、この作戦に失敗したときに自分に降りかかるペナルティーについても山田は理解していた。そう、自分のためにも絶対に失敗できないのだ。山田の表情は固くなった。
「おい、外ノ池。俺が仕掛けたこの釣り糸、美術室から出るときにひっかけたりしないように気をつけろよな」
山田はたった今美術室の入り口に仕掛けた釣り糸の位置を指さしてそう言ったが、相棒である外ノ池からの返事はなかった。
「おい、外ノ池、聞いてんのかよ」
山田は無視されたことに少し腹を立てて後ろを振り向いた。
外ノ池は床に倒れていた。
そして、山田は一瞬で理解した。
これは・・・、し、死んでいる・・・!
外ノ池大志が死んでいるのは明白だった。
倒れていた彼の体には首から上がついていなかったからである。
(つづく)
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