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ご指名ありがとうございます!おしゅうまいです!~痴漢喫茶編~

場所は都内。地下にあるそのお店は「痴漢」をテーマにした喫茶店だ。
入口を入ると小さなBARカウンターと少しひらけた空間があり、この喫茶ルームでお茶やお酒を飲みながら利用者同士が談笑している。
部屋の右奥に薄暗く細い通路があり、その先には電車の車内を模した部屋があった。椅子、てすり、吊り革、そして窓もあり窓枠の外側にはモニターがあった。モニターには山手線の車内から外を映した映像が流れている。
そう、この部屋は『痴漢電車』の車内なのだ。
そこで働く「学生」たちは薄暗く細い通路で携帯をいじり各々過ごしていた。

時間が来ると「乗車」が始まり、喫茶ルームにいた利用者が薄暗い通路にいる学生の間を通り次々と電車に乗り込む。
そうしてから、「学生」たちは一人一人乗客の横に立つ。
車掌(店長)の「発車しまぁす」の合図で窓のモニターの映像が動きだし、それに伴いスピーカーからは人々の雑踏や発車ベル、ドアの開閉音、走り出す車輪の音が聞こえてくる。

ここから「フリーの痴漢タイム」が始まるのだ。
電車が駅に停車するたびに、女の子は全員次の乗客の横に移動する。一駅ごとにチェンジするのだ。
そして20分ほどの運行が終了し全員が降車となる。
「学生」はまた薄暗い通路に戻り、利用者は一度喫茶ルームへ戻る。
そうすると車掌(店長)が「指名乗車のお客様はご乗車ください」とアナウンスをし、希望者だけが車内へ乗り込む。その後、指名のあった子は車掌(店長)に指示され車内のお客様の元へ。
ここから15分間は「急行電車」なので駅には止まらず2人だけの時間になる。

ここのシステムは「痴漢」という趣向に対する理解と愛があった。(私はそう感じていた)
AVのような激しく車内で潮を吹かしたり、全裸にさせたり、複数人で攻めまくるような痴漢ではなく、ここで繰り広げられるのはあくまでも ひっそり、こっそりと他の人の目を気にしながらそっと触れてゆっくりと女の子との距離感を楽しむ「痴漢」だった。

女の子たちは全員「学生服」で、下着もきちんとつけている。
この車内では「キス、脱がす、自身が脱ぐ、下着の中に手を入れる、射精する」といった行為が禁止されていた。
あくまでソフトなお触りだけが許されている。そのため、安心して働けるという口コミがあったためか女の子たちの在籍もそこそこ多かった。
また、利用者も余裕のある「痴漢プレイ愛好家」がほとんどだったので、いざプレイの時にはこちらの顔も見ずに顔を背けて手の甲で恐る恐る触ってくるような人や、途中から優しく話しかけてくるような人も多かった。

私はこの手のお店で働くのが初めてだったので、「源氏名」というものにピンときていなかった。
自分にどんな名前をつけていいか困っていたら、常連のお客様が「今日から働くの?じゃあ今日子ちゃんでいいじゃん?」そうして私は今日子としてデビューすることになった。

私自身、痴漢の経験もあったし本当に不快な経験だといまだに思っているのだけれど、昔からオナニーの時の妄想はなぜか痴漢のシチュエーションが多かった。
だからなのかはわからないが、この店での「痴漢プレイ」はとても楽しく気持ちよかった。楽しすぎて「痴漢に戸惑う学生」を全力で演じていた。演劇部での経験が役に立ったと思う。
そうして、たくさんのお客様たちとたくさんの痴漢プレイをした。

ある日、見慣れないお客様が来た。フリーで痴漢をされた時「この人はとてもドキドキしながら触ってくれているんだな」とはっきりわかるほど耳まで真っ赤になりながら震える手でそっと触ってくれた。
それが嬉しくてやっぱり「痴漢に戸惑う学生」を全力でやっていた。
その後、指名乗車で2人きりの時間になった。さっきと同じように恐る恐る、震える手でそっと触ってくれた。
正面を向いても目を合わせてくれなかった。喋ることもなかった。とてもシャイなんだろうけど、私に気に入らないところがあったのかな?お話しできなかったなとちょっと気になっていた。
けれど、その人は私の出勤日に合わせて来てくれるようになった。
それでもやっぱり目を合わせることもほとんどなく、喋らなかった。ただ、ゆっくりそっとこちらの息遣いや肌の温度を確かめるように少しずつ触るだけ。それを繰り返していた。
私は無言でも痴漢に没頭していられたし、不快じゃなかったし、そのお客様が1番満足する形を取りたかったからあまり自分からガツガツしないようにしていた。なんとなくそれが、不思議と心地よい時間でもあった。
けれど、それで終わらない日があった。
指名乗車がそろそろ終わるころ、彼は私を正面に向かせた。やっぱり顔は真っ赤で、目もほとんど合わせてくれないけど、そっと私のことを抱きしめた。そして小さい声で「あの…愛してます」と言ってくれた。
心の底から驚いた。だってここは痴漢喫茶で、彼は私のことなんてきっと「今日子」って源氏名以外何も知らない。話したことがないのだから。
だから、私は目を見開いて何のリアクションもできなかった。でも、彼の”痛くないようにしよう”とする抱きしめ方とか、いつもちゃんと手をしっかり洗って来てくれるから石鹸の匂いがすることとか、恥ずかしそうにしながらも通ってきてくれていることとか、愛おしさとなって込み上げてきた。
私は「ありがとうございます」と伝えて、しっかりと抱きしめ返した。
抱きしめ返されることを想定していなかったようで、彼はビクっと身体を硬くした。
そんな反応に思わず笑って、私たちは初めて手を握り合ったのだ。

そんな日から間も無く、店長(車掌)から「近日中にお店を閉めることになりました。」と伝えられた。
驚いて詳しく聞くと、どうやら奥の電車内を模した部屋が法律的にアウトらしいので警察が来そうだということだった。

最終日のイベントは「本当の満員電車」のような混み具合になった。
お店に入りきれないお客様もいた。
そんな中、最終運行が始まった。ひっちゃかめっちゃかな車内で、痴漢なんてなかった。みんながみんな、満員電車の中で別れを惜しんでいた。
常連のお客様が叫んだ。「店長!(車掌)最後だから入ってきてよ!中で挨拶してよ!」全員が拍手で迎えた。
照れ臭そうに店長が最後のお礼を述べていた。
車内は暑く、みんな汗だくだった。感極まって泣く女の子もいた。お客様もみんな笑顔で女の子を慰め、店長を称えた。
私は「みんな正気なのか?」と思いながらも、どう考えてもこの異様な状況は楽しんだ方がいいなと常連のお客様たちに丁寧にお礼を伝えた。

拍手喝采で、痴漢喫茶は最後の営業を終えた。

閉店後、お店のHPにあった掲示板で常連さんや女の子たちがひっそりとお別れの挨拶をしていた。
私の名前が書かれていたものを読むと、愛してると言ってくれたお客様が書き込んでくれていた。
またどこかで会えたらいいですねと返信をした。
でも、それっきりだった。

数ヶ月後、閉店したお店がリニューアルオープンしたと噂を聞いて覗きに行った。
ブルマ着用のガールズバーになっていた。
私も、それっきりだった。

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