【私とお兄ちゃんとあーちゃん】

目を覚ますと、周りには何もなかった。真っ白な世界が広がっていて、何も見えない。
いや、俺の目の前には……一人の少女がいた。
「あーちゃん! 久しぶりだね!」
その声は聞き覚えがある。
とても懐かしく感じる声で……
「え、君は?」そう言いながら俺は体を起こす。そしてその子の顔を見た。
そこには、見知った顔があった。
長い黒髪で前髪を赤いヘアピンで留めている。
くりっとして愛らしい瞳に整った目鼻立ち。
白いワンピースを着ており、足がない。「あーちゃん? 何言ってるの?」
首をかしげて不思議そうな顔をしている。
間違いない。この子は俺の妹である花恋だった。
「花恋……」
「うん、私は花恋だよ。どうしたの? そんな驚いた顔をして」
死んでしまったのだろうか。
そもそも生きていたことがあっただろうか。
俺は花恋のこと以外、全ての記憶を失っていた。「ここはどこなんだ?」
「ここ? ここは死後の世界だよ。私もついさっき死んだばかりだからまだ実感はないんだけどね」
「じゃあ俺たちはもう死んでいるのか?」
「そうだよ。でも大丈夫! 私が迎えに来たからね。一緒に現世に帰ろうね」
手を差し伸べてくる妹を見て、俺は複雑な気持ちになった。
どうしてここにいるんだとか、どうやって来たのかとか色々気になることはあるが、とりあえずそれは置いておくことにした。
今は花恋と一緒に帰ることが先決だ。
しかし、どこに?現世はどこにあるんだ?
お前は誰だ?なぜ俺みたいな振りをして物語を語っている?
置いておく事などできない。俺は花恋のこと以外全て覚えていない。
つまり、俺は俺のことも覚えていないのだ。
俺は誰だ?お前は誰だ?わからない。思い出せない。
頭が痛い。吐き気がする。
俺は頭を抱え込むようにしてうずくまった。
すると花恋らしき人物は慌てて駆け寄ってきた。
肩に触れようとしてくるが、触れられないのですり抜けてしまう。
それを見て彼女は悲しそうに言った。
「そっか、やっぱり、私にお兄ちゃんはいないんだね」
いない?どういうことだ? よく見ると花恋の体は透けていた。まるで幽霊みたいじゃないか。
まさか本当に死んでしまったというのか? 俺はまだ生きているはずだ。なのになんでこんなところにいるんだ。
俺は一体誰なんだ!? そう思うと頭痛はさらに酷くなる。
ようやく理解したか。俺は今わからないことだらけだし、何をすることもできない。
言葉だけしか持たない存在。でも、俺は話すことができない。俺の声はお前にしか聞こえない。
話せるのはお前だけだ。「待ってくれ! 頼む、教えてくれ!」
「ごめんなさい。私にもわからないの。それにきっともうすぐ会えると思うから……その時まで我慢して。また会いましょう、あーちゃん」
「花恋!!」
そこで目が覚めた。
この世界にはあーちゃんもお兄ちゃんもいない。

いただいたお気持ちは必ず創作に活かします もらった分だけ自身の世界を広げます