【明日のコミュニティ・デザイン 長屋文化編】近世・大坂の活力を支えた都市居住文化に学ぶ
こんにちは、エネルギー・文化研究所の弘本由香里です。
私はこれからの地域・社会を支える文化やコミュニティ・デザインのあり方について考え、実践的な研究活動に取り組んでいます。
今、人口減少や少子高齢化、財政の逼迫等を背景に、高度経済成長期に築かれてきた住まい・まちづくりのありようが大きな見直しを迫られています。そのために、何をすべきでしょう。大切なことの一つが、足元を見つめ直すことではないでしょうか。今回は歴史をぐっと遡って、近世の大坂で営まれていた都市居住の知恵に学びたいと思います。
1.ソーシャル・キャピタルを育む借家・長屋
近世の大坂の町は、天下の台所とも称されたように、商いの合理的な考え方が住まい・まちづくりにも強く反映されていました。その典型が借家・長屋の多さです。借家は商いや暮らしの変化に合わせて融通が利きます。また、職住一体の高密なまちをつくるには、長屋建てが理にかなっていました。大阪では、借家・長屋文化が高度に発達して、裏長屋だけでなく、表通りに面した表長屋で商いをする借家人が多数を占めていました。他都市に比べても、群を抜いて借家の比率が高く、元禄時代の記録でも、8割以上が借家住まいでした。そんな町の仕組みが、近世・大坂の活力や住まい・暮らしの規範、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を育んでいたといってもよいでしょう。
各町では、核となる家持層によって町ごとのルール「町定(ちょうさだめ)」がつくられ、防犯・防災・防火をはじめ、清掃・し尿処理・道路や橋の管理・町並み規制・職業規制等々、高度な自主管理が行われていました。とりわけ、大坂の町定は詳細にわたり、流動性の高い都市ならではの、さまざまなリスクへの対応が知恵としてアップデートされ継承されていたのです。
また、町内のお地蔵さんやお稲荷さんなど身近な信仰を中心にしたコミュニティ、神社を中心にした氏子のコミュニティ、檀家寺を中心にしたコミュニティ、同業者のコミュニティ等々、さまざまなコミュニティが重層的に存在していました。家持層も借家人たちも、それらを介して、ともに住み・暮らすための規範の共有が行われていたのです。
2.プライベートとパブリックの共存空間
軒を接して建つ、町家・長屋の大きな特徴が、不特定多数に開かれたスペースとしての店の間と、プライベートな生活空間が共存していることです。また、内部を貫く通り庭は、屋内にありながら屋外とつながる道でもありました。さらに、軒下空間は現代と違って、パブリックスペースでした。
職住一体の住空間で、通り庭も、軒下も、公私の境目がファジーに設定されているところに注目したいと思います。通り庭や軒下空間を介して、住まいとまちは相互に浸透します。つまり、プライベートな空間にパブリックな意識が持ち込まれ、時と場面に応じて一定の緊張感が働きます。一方、バブリックな空間に一時的にプライベートな領域を拡張することで、商いを盛り立てることもできます。こうした空間が、ともに商い・ともに暮らす作法を育む、学習装置として機能していたと見てもよいでしょう。
3.借家人の能動性を引き出す流通システム
現代に目を向けると、昨今中古住宅のリノベーションが随分盛んになって、内装は借主が工事する例も増えてきました。そこで改めて近世の大坂を見ると、理にかなった流通システムが、広く一般に普及していました。「裸貸(はだかがし)」といって、室内の畳や建具を付けずに、スケルトンだけ貸す賃貸方式です。そのため、住宅内部や建具の寸法が標準化され互換性があり、借家人は自分に合った建具を調達して使い回し、商いの種類や暮らしぶりに応じた住空間を自らコーディネイトしていたのです。
近世の大坂から近代・戦前の大阪まで、この「裸貸」が抜きんでて発達していました。このように高度な互換性を前提とする流通システムを可能にしていたのは、産業を支える信頼のネットワークであり、借家人たちの豊かなニーズであり、賢い市場が育っていたからでしょう。
4.多階層の共存とインキュベーション
都市の発展には、多階層の共存を支えるソーシャル・ミックスの仕組みや、個々の成長を促すインキュベーションの場が欠かせません。
近世・大坂の町は、表通りに面した、家持の町家と借家人の表長屋が軒を連ね、路地奥の裏長屋を抱き抱えて、一つの街区を形づくっていました。裏長屋から表長屋へのサクセスストーリーもあれば、その逆もあります。それこそが、都市の活力の源といっても過言ではないでしょう。流動性を受け止めつつ、町の持続性を担保していく、住まい・まちづくりに込められた、先人たちの知恵に驚かされます。
こうした町の姿に触れてみたい方は、ぜひ「大阪くらしの今昔館(大阪市立住まいのミュージアム)」を訪ねてみてください。近世・大坂の町並みが当時の工法で再現され、商いや暮らしの様子を体感し、これからの住まい・まちづくりへ、想像力を鍛えることができます。
ご参考:大阪くらしの今昔館(大阪市立住まいのミュージアム)HP
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