かつて芹沢あさひだった僕たちへ
子供のときから、すべての人間は、外を知っている。本当の自由を予感している。
だからこそ、大空へ飛び出していく者がいるのだ。
子供はみんな、空を飛ぶ夢を見るのだ。
飛べるようになるまで、
あるいは、
飛べないと諦めるまで。
森博嗣『ダウン・ツ・ヘヴン』
先日、芹沢あさひ2枚目となるプロデュースSSRカード【空と青とアイツ】が実装された。
そこで語られたコミュを見た結果、なぜ私が芹沢あさひに惹かれてしまうのか、その答えの一端に触れることができた気がしたので、ひとつ記事を残そうと思う。
※本稿は【空と青とアイツ】に関するネタバレを含みます
序
1年前、衝撃的な個性を引っ提げて登場した芹沢あさひ。型破りで変わり者、それが彼女をプロデュースした者が感じる共通の認識だろう。
かたやぶり
かわりもの
そんなあさひを分かろうとしてきたプロデューサー、そして私たちに、1周年を経て実装された【空と青とアイツ】が叩きつけてきたものは、「子供」と「大人」の間に横たわるどうしようもないほどの断絶だった。
────断絶。
それほどまでにこのコミュのあさひの行動は理解の及ばないものだったのだろうか。
そうではない、むしろその逆だ。
これまでの各アイドルイベントやプロデュースイベントでのあさひの言動には確かに突飛なものが多く、そこを分からないなりに寄り添い、理解しようとするプロデューサーの様子が描かれてきた。
【かしゃーんとがらがら】芹沢あさひ 『ふとした場所にも興味の種』
わからん……
【さかさま世界】芹沢あさひ 『あなたにはどう見えた?』
あさひにもわからんか……
芹沢あさひ Mornnigコミュ③
わからん……ただ可愛いという事しか……
しかし【空と青とアイツ】は違った。
分かってしまう。
あさひがやりたがっていることが、意図が、汲み取れてしまう。
なのに、いや、だからこそ噛み合わない。
なぜならプロデューサーはもう「大人」だから。
コミュ①(基地、なんだろうなぁ)
【空と青とアイツ】は、あさひが事務所の倉庫を無断で占拠していることにプロデューサーが気づく場面から始まる。
秘密基地の展望について楽しそうに語るあさひに強く出ることができずに最初のコミュは終わる。
私にも、秘密基地などという大層なものではないが、押し入れに自分のおもちゃを敷き詰めて遊んだ過去がある。灯りはおもちゃの発するライトだけだったが、その狭い空間を照らすには十分だったし、何より、自分だけの世界を手に入れた気がして楽しかった。
だからあさひの語るワクワクは理解できる。
しかし彼女の場合は事務所の共有スペースだ。しかも無断で使用している。注意して止めさせなければならないのは明白だろう。
でも、もうちょっと────
せめて、あと少し────
『取り上げる』という表現から、プロデューサーもあさひの基地に郷愁のようなものを感じていることがうかがえる。元々あさひのものではないのだから、勝手に撤去したところで何かを奪うことにはならないはずだ。
しかしそれは「大人」の理論だ。
自分が見つけた場所だから、自分だけの場所なんだ
そんなどうしようもなく「子供」のあさひを前にして、プロデューサーの中にある「子供」の部分が少しだけ駄々をこねたくなったのが、このコミュ①なのだろう。
コミュ②(修学旅行みたいだ)
続くコミュ②、ロケ地のホテルだろうか。謎の飛行体を追って外出しようとするあさひをプロデューサーが止める(止められない)。ここで展開する理論は従来のコミュで語られるようなあさひ節だ。
飛んで行ったものを確かめる≠外出する
飛行体を確かめに来たはずのあさひは、灯りにつられ歓楽街へ出てしまう。それを追うプロデューサー。
虫かな? かわいいね❤️
土産物のバットを嬉しそうに振るうあさひ。なんの変哲もないバットも、彼女の手にかかれば未確認飛行体と戦うための武器に変わってしまう。さっき見たものが宇宙船なら明日にでも侵略者がやってくるだろう、うかうかはできない。彼女の世界はいつだって一大スペクタクルだ。
プロデューサーも修学旅行で木刀を買ったクチらしい。私は剣道部だったので、木刀を買う同級生を鼻で笑いながら心理的なマウントに浸っていた記憶がある。
そしてやはりここでも、プロデューサーはあさひを通して過去の自分を見ているようだ。しかし彼が「いらないもの」と称したバットはあさひにとって唯一無二の対エイリアン兵器。「(バットは)いるものっすよ?」と訂正され、二人はすれ違う。
そうだそうだ!
かつて「子供」だったプロデューサーと今まさに「子供」であるあさひの対比が浮き彫りになっていく中、BGMも相まってしっとりとした雰囲気でコミュ②は終わる。
あさひからバットを受け取るが何もせず返すプロデューサー
コミュ①でプロデューサーに「子供」の部分があることを示しながら、しかしコミュ②では、彼がどうあがいても子供心の分かる「大人」でしかないことが明示された。寄り添うことはできる、理解することもできるかもしれない。しかし一緒になって遊ぶことは許されないのだ。それをして、いったい誰が彼女を守るというのか。
彼があさひを守ることのできる「大人」でよかったと思う自分がいる。一方で、だからこそ絶対に隣に立つことはできないんだという諦念がある。同じ「大人」である私をしても、それは変わらない。
彼女の世界を一緒にはしゃぎ回ることはできない。
コミュ③(見えるよ)
事務所の屋上でまた何かを画策しているあさひ。
写真を撮っているようだ。いったい何の?
あさひは端から端まで空を撮っていると言う。その意図は読めない。プロデューサーもここでは深く聞かずに、体を冷やさないようにとだけ残して屋上を後にする。
その翌日。
件の秘密基地はまた一歩あさひの世界に近づいていた。
そこにはあさひが撮影したと思われる空の写真が吊るされている。
────瞬間、プロデューサーは理解する。
理解できてしまう。
女神(てんし)
プロデューサーには空を捕まえることなんてできない。少なくとも今の彼には。無論私にも不可能だ。
芹沢あさひにはそれが可能なのだ。写真に閉じ込めた空は自分が捕まえた空だから、持って帰ることだって、それを広げて基地の中に空を作ることだってできるのだ。
目がくらむほどの彼女の眩しさをこらえて、プロデューサーは口を開く。
そこまで聞いたあさひは、いや、そんなことを聞かずに彼女は「後でっす!」とだけ言い残してまた空を捕まえに出てしまう。
そして基地にひとり取り残されたプロデューサーは苦笑する。
当たり前だ。こんな「大人」の言葉が彼女に通用するわけがない。
そしてなによりそれを言う自分自身が────
あさひの世界を諦めたくないと思ってしまっている
(見えるよ)とコミュタイトルにある通り、プロデューサーにはあさひの作る空が見えていたのだ。ただの写真ではなく、基地の天井を覆うまぎれもない空が。このことから彼の「子供」の感性の鋭敏さがうかがえる。
【鱗・鱗・謹・賀】幽谷霧子 『なかみ』 プロデューサーはたぐい稀なる感性を持っている
とはいえ、このままあさひを野放しにしておくことは「大人」として間違った判断だろう。審判の日は刻一刻と近づいている。プロデューサーは彼女とその秘密基地に対して、どんな判決を下すのだろうか。
コミュ④(合掌、いただきます)
ここまであさひとプロデューサー、「子供」と「大人」の隔たりを描いてきたコミュが一転、少しだけ優しくなる。
なぜならこれは、『食』に関するお話だから。食べることに老若男女の差異など関係ないのだ。
肩の力を抜いて見よう。
無論、シャニマスがそんな生ぬるい考えを許してくれるわけもないのだが。
芹沢あさひが給食着で配膳をしているという現実に息の根が止まる
バカ!!食べろ!!!成長期!!!!育て!!!!!
プロデューサーが昼に食べ損ねたコロッケを見るや、食べないなら欲しいと学校から持ち帰ったコッペパンを取り出すあさひ。いったい……
天才の”それ”
ここで特筆すべきは《メンチカツもあるんだ!》を選んだときだろう。「コロッケメンチカツサンドになるっすね!」と色めくあさひに、同じテンションで同意するプロデューサー。しかしすぐに彼は自制する。「大人」だから。
だが前述した通り────
食べることにそんなものは関係ない。
となれば我らがプロデューサーは遠慮しない。
あさひと一緒にとびっきりのコロッケメンチカツサンドが食べたいんだ。
きみのためなら死ねる
あまりに幸せそうなその笑顔に、ハッとさせられる。
きっとこれはひとつの『理想』で、『幻想』だ。万事が万事、ふたりの欲求が同じ方向を向くことなどありえないし、あってはならない。
どんなに楽しい道でも、行きつく先が地獄なら、あらゆる手段を使って引き返させる判断をプロデューサーはしなければならない。確かに「大人」にはできない行動が「子供」にはできる。だが同じように「子供」ではできなかった行動が「大人」ならできるだろう。
このコミュをTrueEndの直前に持ってくるシャニマスの残酷さと周到さを、呪わざるを得ない。
あさひの笑顔を奪う覚悟はできたかと問うているのだ。
お前はちゃんと現実からあさひを守ることのできる「大人」なのかと。
結論はすでに出ている。しかし認めたくなかった。もしかしたらまだもう少し、彼女の世界を一緒に旅できるのではないかという淡い期待があった。
腹をくくらなければならない。
芹沢あさひを守るために、彼女の世界を壊す覚悟を。
TrueEnd(見つけような)
そして審判の日。
こんなことを言っているが────
こうである。彼もまた逡巡しているのだろうか。
無人島と聞いてすぐに魚やヤシの実を採らなきゃなと提案するプロデューサーだったが、缶詰があるから平気と返すあさひ。「大人」の彼ではもはやここまでか。
あさひはそのまま空想の翼を広げ、望遠鏡で海の監視をするのだと言う。すっごい船やすっごい魚や島が来るのを彼女は待ちわびている。
プロデューサーくん!?
あさひの空想に便乗する形で語り始めるプロデューサー。
実はあさひの無人島は船に乗ってきたおじいさんの所有物だというのだ。知らない子が自分の島に基地を作っていたら、おじいさんびっくりするんじゃないか? と。
激おこ
当然反論するあさひに、プロデューサーは空想を取り下げる。そこがあさひだけのかっこいい基地であることを認めながら、認めるがゆえに────
この島が他の誰かのものだったとしても、と。
プロデューサーはズルい。
これは偽らざる彼の本心であるだろうが、同時に非情な「大人」の言葉だ。あさひは聡い子なのでこの言葉が意味することをすぐに察する。
自分の手で壊せと促されている
本当にズルい。
だけど悲しいほど『正しい』。社会の中の多数派であるという意味において『正しい』。
そしてあさひの世界はまだ、彼女以外を納得させられるほど『正しく』ない。それは彼女も、重々承知しているだろう。だから────
こうして、少しの『正しさ』と引き換えに芹沢あさひの空はまたひとつ、狭まった。
────かに見えた。
────結局
私は最後まで芹沢あさひを、理解すらできていなかった。この程度の妥協で、この程度の諦めで、曇るような空ではなかったのだ。
あさひの笑顔を奪う覚悟? 傲慢もいいところだ。
彼女はとっくに知っている。
きよしこの夜、プレゼン・フォー・ユー! 第3話『14:48 PM』
現実というものが自分の手に負えないことを。
Straylight.run() 第5話『FALSE』
「大人」がその現実と戦う強さを持っていることを。
それらを知ってなお「子供」としてしか生きられない少女が芹沢あさひではなかったか。
否応なく「大人」になってしまった私は、だからこそ彼女に強く惹かれたのだ。今まで彼女が見せてきた破天荒な振る舞いも、奇天烈な言動も、すべて私がかつて有していたものだから。そして今はもう失われてしまったものだから。それがもう二度と戻らないことを知っているから。
だから尊い。
失ってほしくない。
守りたい。
芹沢あさひの世界を。
かつての私が見た世界を────
こうして、【空と青とアイツ】は幕を引く。昨日まで芹沢あさひの場所だった倉庫に、忘れ物をひとつ残して。
それが未確認飛行体と戦うための『特別な』バットであったことを覚えているのはもうプロデューサーだけだろう。
でもそれでいいのだ。
過去を嘆き、未来を憂うのは「大人」の仕事だ。無限の今を生きる「子供」のあさひの世界には、数えきれないほどの『特別』が待っているのだから。
────見つけような。
結び
カード名が【空と青と『あさひ』】ではなく【空と青と『アイツ』】であることから本稿の着想を得た。プロデューサーはあさひを通してかつての自分、つまり『アイツ』を見ているのではないかと。
*
生きていく過程で、私たちは大人になることを強いられる。
将来の予定を立てなければならない。
金の勘定をしなければならない。
欲求にそぐわないことをしなければならない。
そうやって色々なことを察し、折り合いをつけて、あるいは開き直って、殺してきた子供の感性の残滓に、芹沢あさひは無遠慮に触れてくる。
彼女がもたらす感情に少なくない割合の不快が混じることを、否定はできない。子供が苦手な人間ならなおさらだろう。
だがそれを補って余りあるほどの憧憬を彼女に感じずにはいられない。
いつか彼女が全く『正しい』道理で自分の場所を見つけることを、
僕は、切に願う。
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