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小石川植物園(紀行編)ーーイチョウの精子発見から美女と野獣まで

 小石川植物園といえばなんといってもやはりイチョウの精子発見の場所としておなじみだ。なにも知らない人からすると、「イチョウの精子発見」というそのインパクトのある言葉に強い興味をそそられる。しかし、これは決して安易な下ネタで来園者の気を引こうとしているわけではなく、日本の、いや世界の植物学の歴史を語る上では欠かせない偉大な研究成果そのものなのである。そもそも植物に精子があること自体に疑問を持つ人も多いだろう。だが、地球上に早期に出現したコケ植物、シダ植物にはべん毛を使い卵のもとへと泳ぐ精子が確実に存在する。重要なのは発見当時の1896年、コケやシダよりも後に出現した種子植物(裸子植物と被子植物)に精子はないと一般的には考えられていたことである。イチョウはマツなどと同じ裸子植物である。つまり、裸子植物において精子が発見されたことは、世界中の植物学者が驚く世紀の大発見だったのである。少し踏み込んだ話をしてしまったが、小石川植物園は、そんな偉大な研究に使われたイチョウが現在も残っており、植物学の歴史上、大変重要な立ち位置にある場所だということを強調しておきたい。その他にもここには、同じく裸子植物、ソテツの精子発見に用いたソテツの分株や、遺伝学の祖であるメンデルが実験に用いたブドウの分株があったりする。

精子発見のイチョウ

 私たちは庭園好きである。庭園を、来園者を楽しませる施設、すなわちテーマパークと捉え、日々庭園鑑賞に勤しんでいる。しかし、この日は植物園に訪れていた。庭園と植物園の決定的な違いは、同じ植物を扱う中でも、植物園が植物を科学的に研究する場であることだ。ここまでの説明でも、小石川植物園の科学色の強さを感じていただけたかと思うが、事実、小石川植物園の正式名称は東京大学大学院理学系研究科附属植物園なのである。イメージ的には、せっかく研究で多種多様な植物を扱っているのだから市民にも見てもらおう、それで植物の知識をつけてもらおうといった感じであろう。もちろん植物園も楽しい場所であることに違いはない。しかし、来園者を楽しませることが主目的の庭園とは少し果たすべき目的の優先順位が異なると言える。とはいえ現在の日本では、植物園と名乗っておきながら庭園のようにテーマパーク的要素の強い施設は多く、その線引きは難しくなっている。だから、私たちも鑑賞場所を選ぶ際には、これが庭園か植物園かを定義することは行わず、訪れた先々で庭園のテーマパーク的要素も、植物園の学術的な要素も臨機応変に両方楽しもうというスタンスをとっている。そういった意味で、私たちは庭園好きでありながら、同時に植物園好きでもある。

バショウ
ソテツ

 最後に、植物が持つ演出力の話をしたい。ここ小石川植物園の正門をくぐると、まず出迎えてくれる植物はバショウ、次にソテツ、そしてヤシ類・・・と熱帯植物が続き、さっきまで都内にいた私たちは、たちまち南国の世界に来たような気分になる。この演出力こそ植物の凄さであると私たちは考えている。目に入る植物が変わるだけで、私たちはまるでどこでもドアでも使ったかのような異国感を味わうことができるのである。小石川植物園と同じように、京都の桂離宮にもソテツが存在していることは庭園好きとしてはぜひ言っておきたい。それらを見た瞬間は、日本庭園にいながらトロピカルな気分に浸ることができる。おそらく当時の人々も、植物には人々をどこか別の世界へ送り込む力があることに気づいていたに違いない。また、小石川植物園本館の向かい側にはヒマラヤスギという樹木がある。スギと言いながらマツの仲間で、枝先が垂れ下がるのが特徴の樹である。この樹、一本見ただけだと特になんとも思わないのだが、何本も集まると急に森の奥、しかもファンタジーな世界の森の奥に迷い込んだような気分になる。不気味と言えば不気味。しかし、なぜかこの先になにかがありそうな予感がする。その先にあるものは何か。野獣の住むお城か。それとも魔法の世界か。言うまでもなく、ヒマラヤスギはディズニーランドの美女と野獣エリア、そしてUSJのハリーポッターエリアの舞台演出として植栽されている。

ヒマラヤスギ

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