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【#0から保育】 第2回 ヤギのいるこども園(前編)

連載説明

―“根っこ育て”のこども園

取材や体験を通して保育のことを0から学び発信していく本連載。初めての取材では、鹿児島県阿久根市の認定こども園「阿久根めぐみこども園」の園長・輿水基(こしみずもとい)さんと、副園長・輿水知子(こしみずともこ)さんにお話をうかがった。

阿久根めぐみこども園では、人間形成の土台となる乳幼児期の「根っこ育て」にこだわりながら、目に見えない大きな存在を通して感受性を養う「キリスト教保育」、年齢の違う子どもたちが一緒に活動する「縦割り保育」などが行われている。様々な仕掛けがあり伸び伸びと遊べる園舎はキッズデザイン賞を受賞しており、全国から保育の関係者が見学に訪れる。園庭ではヤギが子どもたちを見守り、木々や野菜といった植物も子どもたちの日常と密接に在る。

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〈広々とした園舎と園庭〉

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〈園庭にいるヤギ〉

園長・副園長のお2人には、私の監督作『海辺の金魚』の準備段階や撮影時に大変お世話になった。お2人の保育の試みや子どもたちとの関わり方を間近で見る中で、私自身も児童福祉の世界に興味を持ち、保育士資格を取得するまでに至った。

お2人は日々どんな思いで子どもたちに寄り添い、園を運営しているのか。阿久根市の自然に囲まれた保育が目指す「根っこ育て」とは。現代を生きる大人の姿にも繋がるその試みを取材した。

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〈園長の基さん(右)と副園長の知子さん(左)〉

―「楽しかった園を取り戻したい」「いいんじゃない?と寄り添いたい」
2人が保育の世界を目指したきっかけ

小川:今日は取材第一弾として、監督作でお世話になったお2人にお話を聞けることが嬉しいです。最初に、保育の世界を目指したきっかけや思いを教えてください。

:そもそもうちの親が園を運営していたので、生まれた時から両親が幼稚園に携わっていて、すごく園が身近な存在でした。

大学へ進学するときには心理学がやりたくて、鹿児島大学の教育学部へ行くことになりました。4年生になって、もともと興味のあったカウンセリングを本格的に学ぼうかと考えていたときに、大学の先生に「君の家がやっている仕事はカウンセリング的な要素も必要だし、幼児教育は幅が広くて尊い仕事だよ」という話をされて、父が高齢ということもあり、阿久根市の園へ戻ることになりました。

私は小さい頃、小学校へ行きたくないくらい幼稚園が大好きだったんです。しかし修士課程を修了して戻ってきた園はそういう自分が楽しいと思えていた園とはちょっと変わってしまった部分があると感じました。それを何とか楽しかった園に戻したいという思いから、色々な取り組みを始めました。

小川:なるほど、昔から身近だった保育の世界に改めて帰ってきたんですね。知子さんはいかがですか?

知子:私は短大で初等教育と幼児教育を学んでいたんですよ。それで最初は地元の公立幼稚園で働いたんですけど「う〜ん…」と思って、今度は小学校へ行きました。2校目のときに「養護学校へ来てみない?」と誘われて、6年間養護学校で働きました。その後、嫁ぎ先がめぐみこども園だったのでまた幼稚園で働き始めました。

幼児教育に帰ってきたときに、すごく魅力的だなと思って。養護学校で子どもたちから学んだ「待つ」ということや、「急がなくていいんだよ」ということ、「それぞれに合わせた育ちのスピードでいいよね」ということなどを、幼児期ってたくさん活かせるし、大事にしたいことがいっぱい詰まった場所だなと。今もそういう思いでやっています。

小川:そもそも初等教育や幼児教育を学ぼうと思ったきっかけは何だったんですか?

知子:子どもが好きだったのと、あと自分はそんなに色々なことが得意な方ではなかったので、私だったら「勉強難しいよね」と子どもに寄り添いながら、「いいんじゃない?」って言えるかなと。そういう思いで始めました。

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〈園舎の向かいに建つ教会〉

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〈園舎からの景色を眺める知子さん〉

―育ちの違いをつくらない
幼保連携型認定こども園という形

小川:めぐみこども園の60年の歴史をたどると、最初は無認可の幼児園として始まって、認可の幼稚園となって、現在は幼保連携型の認定こども園となっていますよね。「認定こども園」って保育に関わらない人にとっては耳慣れない言葉ですが、「幼稚園」や「保育園」ではなく「幼保連携型認定こども園」という形で運営している理由って何ですか?

:わかりやすく言うと、幼稚園や保育園など設置している主体によって子どもの育ちに違いがあるってナンセンスだよね、ということがベースにあります。小学校以降はみんな同じように進学していくのに、親の就労状況によって幼児期の子どもの育ちに違いがあってはならない。その点、幼保連携型認定こども園は親が仕事をしていてもしていなくても、地域の子どもや園に通っていない子どもの子育て支援まで含めて担うことができる。子どもに関わる色々な機能をフルスペックで持っているというのが、一番大事なところです。

もうひとつは、幼稚園は子どもを集めないと運営ができないということです。都会だとお金をたくさんとっても人が集まるような幼稚園がありますが、田舎だとそういう形は無くなってきている。阿久根市ではもう幼稚園という形で運営できるだけの人を集められないし、お母さんたちも仕事をしている中で、仕事をしていても入れる形に変えなければいけない。そういう状況下で幼稚園と保育園とを合わせて、さらに子育て支援の機能を充実させる「幼保連携型認定こども園」という選択肢は、取らざるを得なかったということもあります。

小川:めぐみこども園は、鹿児島県で初の幼保連携型認定こども園だったんですよね。

:そうですね。当初、地域の保育関係者からすると異例の取り組みで、かなりもめたこともあったようです。しかし結果的に今鹿児島県でも幼保連携型認定こども園が増えていて、だいぶ保育の世界も変わってきたことを感じます。

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〈園を訪れた際に飾られていたクリスマスのオーナメント〉

―「あなぐら」や「ひかりのへや」
子ども目線の建物は奇跡の産物

小川:2015年に完成した現在の園舎は、全国から保育関係者が見学に来るくらい面白い建物ですよね。私が訪れた際も、全てが子ども目線でワクワクするような作りになっていて素晴らしいなと思いました。

:建物を作る上で、「こういうものを作って欲しい」ということをあまり具体的には言っていないんですよ。建物に対して自分たちはプロでも何でもないので、「こういう思いがある」ということだけ伝えて、それを設計者にくんでもらって委ねました。自分が思い描いた以上のものを作りたいときに、自分の専門外のことを色々言うと、きっと思ったより小さいものになってしまう気がして。だからこそ、それを委ねられる設計者に出会えたことは大きかったですね。

小川:神奈川県厚木市の設計者さんですよね。

:はい、「日比野設計+幼児の城」というところです。当時私も30代だったし、担当の設計者も30代、現場を担当した施工の所長さんも30代で、打ち合わせのたびに夜中まで残ってワイワイ言い合えたおかげで今の建物ができました。ある意味、奇跡の産物だと思っています。

基本的に子どもがいかに楽しく使うかという子ども目線や、「ここはこう遊ぶ」と決めずその都度面白いと思うことができる余白があることが、うちの園舎の最大の特徴です。

小川「あなぐら」「ひかりのへや」といった、普通の園には中々ない部屋もありますよね。

:基本、部屋って明るく作ることが前提なんですけど、光で遊ぶとか影を感じるっていうのは光がある程度制限されないとできないので、そういうこともできる場所が欲しいというのは伝えました。

階段の横に滑り台をつけるのも、普通の園だったら危ないからやらないという発想になるけれど、子どもたちはこれだけ幅の広い階段を滑れたら楽しいだろうなということを形にしています。実際ちょっと危ないところもあるけれど、その危ないことも含めて子どもたちは環境に慣れながら遊んでいくということを大事にしています。

ピロティの転落防止にネット遊具をつけたり、金魚鉢の台に登らないよう鉢のまわりにアート作品を並べたり、子どもたちは「行くなよ」と言われなくても行かずに楽しめる工夫があれば、結果危ないことをせずに済むということはあります。

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〈天井の高い広々とした食堂〉

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〈天井の低い子どもサイズの絵本の部屋〉

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〈壁の穴をくぐって入るあなぐら〉

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  〈ピロティのネット遊具〉

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〈金魚鉢を囲むアート〉

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〈子どもの書いた文字でデザインされた各部屋の看板〉

―「ヤギ大先生」に「農場長」
子どもも大人も育つ環境づくり

小川:『海辺の金魚』のロケハンで園にうかがったときに、カメラマンの山崎裕さん(当時79歳)が階段横の滑り台を滑りだしたのを見て、この園舎は子どもと同じくらい大人もワクワクしていられる場所だと思いました。

知子:あなぐらをどう使うかや、ひかりのへやをこうしたらいいんじゃないかとか、先生方が面白がってやっているのがすごく楽しくて。「アートフェス」をやって部屋を丸々絵本の世界にしてみたり、空間ごと使って子どもたちが入り込めるようにしたり。大人がワクワクするから、子どももワクワクしていられる空間だと思っています。

小川:まず良い空間があって、さらに職員の方々のアイデアや面白がる気持ちがあるから、園舎が生き生きとしているんですね。それから園舎には動物がいたり、畑で子どもたちが自由に野菜を収穫して食べれたり、自然との触れ合いも伸び伸びとしていますよね。

知子:ある園を見学したときに見える場所に畑があるのはいいなと思って、保護者の大工さんに作ってもらったんです。今園庭に3カ所畑があるんですけど、身近に見えることと、できるだけすぐに食べられることを大事にしています。収穫から調理までを短い工程にしていくと、「植えるって楽しいね」とか「苦手だったけど一緒に食べたら食べれたね」っていう体験をいっぱい味わえるかなと。あとは味覚だけじゃなくて匂いもするし、そういう色々な感覚を幼児期のうちに鋭くして欲しいと思っています。

小川:園にいるヤギや魚といった動物たちは普段の触れ合いだけでなく、もちろん動物だから亡くなることもあるわけじゃないですか。そこまで通して子どもたちが命に触れる体験は、中々普通の園では味わえないものだと思います。

生まれるも死ぬも身近な世界で感じ取って欲しいという思いはあります。それから入園したての小さい子は特にそうですが、人に対しては慣れるまでに時間がかかるのに、動物にはすぐに打ち解けるんですよ。動物は別に喋るわけでもないけどそこにいてくれるという、そういう在り方を子どもたちは求めているのかもしれないです。その様子を見ていると本当に「ヤギ大先生」というか、動物の持っている包容力ってすごく大きいなと思います。まあ、ヤギは受け止めるつもりとかないんでしょうけど。

畑の野菜もそうですけど、便利じゃないものも豊かだよねって価値観の中で子どものうちに色々な感覚に触れて欲しくて、そのために色々な環境を用意しています。見えるところに畑ができたら農場長みたいな子が出てきて毎日水をかけたり、その親まで畑を気にするようになったり。育っていくのは子どもだけじゃなくて、そこに関わる大人たちも合わせて育っていくんです。

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〈園内の滑り台〉

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〈ピロティのブランコ〉

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〈黄色くなったら採って食べていいバナナ〉

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〈園庭で育つ大根〉

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〈実際にその場で採って食べたほうれん草〉

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〈畑のそばの池〉

―子どもの視点で逆説的に捉える
めぐみの「よい子」とは

小川:めぐみこども園の案内を読んで印象的だったのが、「めぐみのよい子の条件」です。「いたずら、けんか、ふざけ、あまえ、わがまま」のできる子とありますが、これって一般的に言われる「よい子」像とは真逆ですよね。『海辺の金魚』でも「よい子」というキーワードが何度も登場しますが、お二人の思う「よい子」とはどんなものですか。

知子:やっぱり子どもは人の関わりの中で生きていくから、まず受容してもらえる安心感とか人を信頼できるっていうことが大事だと思うんです。それができないと、人と会うのも社会に出るのも嫌になってしまうから。その上でこのよい子の条件は、時期に合わせて様子を見ながらやっていきます。

「いたずら、けんか、ふざけ、あまえ、わがまま」を幼児期にしておかないと、大人になってからみんなやっていますよね。YouTubeなんかで「いたずら」の動画を投稿しちゃったり、「けんか」も本来は関係の再構築なのに今は一方通行で済む世の中。「ふざけ」もしたことがないまま大人になると限界がわからずとんでもないことをしてしまう。「あまえ」や「わがまま」も、人間の関係の中でどこまで受容してもらえてどこからがダメなのか実感しておくことが必要。だからこれらは大事な育ちの過程で、そのために私たちがいるから大丈夫ということを伝えたいです。

:このよい子の条件はうちの父が作ったんですけど、当たり前のことを当たり前に伝えるのではなく、子どもが主人公になるために逆説的に捉えたんです。こういう否定されがちなことをやれてる子って実は周りの人と関わりを持てる子なので、それは子どもにとって豊かなことだと。

時代も変わって改めてこの5つの条件を見たときに、「こうならないでほしい」という親や社会のマインドが強くなりすぎていて、「じゃあいつするの?」ということを思いました。地域から遊び場がなくなったり、子どもたちを追い出す環境になっていることもそう。「危険だから」というのも一理あるけれど、じゃあそこで育っていたものはいつ誰が保証してくれるのか

この5つがない「よい子」にいずれ育ってくれればいいので、そのために子どものうちはこういうことを充分出せる環境にいることが大事だと思います。それを受け止められる親なり、地域なり、社会というのが今すごく足りないのかもしれないです。

結果的に大人になって、「最近の子はやる気がない」なんて言われるわけですけど、やろうと思っていたことを散々ダメだって言い続けられたら、そりゃそうなるでしょう。社会では「やる気のある子が欲しい」とか「自分で夢を描け」とか言うけれど、やろうとしたことを摘まれたり夢をダメだと言われたりした結果、そういう思考がなくなってしまった子が大人になっていきます

小川:子どもが伸び伸び育つのにも必要な要素ですし、その親にとっても少し肩の力が抜けるような、子にも親にも優しい「よい子の条件」だと思います。

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〈子どもたちが好きなように貼ってできた線路〉

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〈ピカピカの泥団子〉

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〈拾ってきた枝や木の実もアートに〉

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〈園内に飾られた子どもたちの作品〉

次回は「ヤギのいるこども園(後編)」をお届けします。自己肯定感についてや、保育の働き方問題など。お楽しみに!



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